ヒロインは盗賊で、自称“幼なじみ”だった
その日の夕方、俺たちは森の近くまで来ていた。
異世界に来てまだ半日も経っていないのに、仲間はすでに増えすぎている。
婚約者を名乗るヒロイン・アリス。
観察者ポジションのユイ。
オフの魔王。
方向音痴の賢者。
ドラゴンのタケシ。
ゴーレムのゴンザレス。
どう見てもパーティーの構成がおかしい。
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「今夜はこの辺で野営にしましょう♡」
アリスがにこにこと言う。
「そうだな……って、その前に一つ聞く」
「なんですか♡」
「お前、今さらだけど名前なんだ?」
「まあ♡」
アリスは手を口元に当てて驚いた。
「私としたことが♡ 夫婦なのに自己紹介がまだでした♡」
「だから夫婦じゃないって言ってるだろ」
「私はアリスです♡」
「もっと早く言え」
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ユイが枝を拾いながら呟く。
「アリス。名前かわいい」
「ありがとうございます♡ 第二夫人さん♡」
「仮」
「何の仮だよ」
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その時だった。
がさり、と茂みが揺れた。
全員の視線がそちらに向く。
次の瞬間――
「もらったぁぁぁ!!」
小柄な少女が飛び出してきて、俺の腰の袋をひったくった。
「うわっ!?」
「盗賊」
ユイが即答する。
「見れば分かる!!」
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少女はそのまま森の方へ走り出す。
「待て!!」
俺も反射的に走り出そうとした。
だが――
「待ってください♡」
アリスが手を上げた。
「なんだよ!?」
「ここはあの子の気持ちを考えましょう♡」
「盗った側の!?」
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「奪わなければならなかった事情があるのかもしれません」
「あとで聞く!!」
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アリスはその場から動かず、大きな声で呼びかけた。
「大丈夫ですよぉぉぉ♡ 返してくれれば怒りませんからぁぁぁ♡」
「信じるやついるか!?」
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すると。
少し先の木の陰から、ひょこっと顔が覗いた。
赤茶色の髪を束ねた少女だ。
「……ほんとに?」
「ほんとです♡」
「アリスそれ以上喋るな!!」
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少女は少し迷ったあと、ゆっくりと戻ってきた。
そして――
俺の顔を見た瞬間、固まった。
「……え?」
数秒の沈黙。
次の瞬間。
「ゆ、悠斗!?」
「なんで名前を!?」
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「やっぱり悠斗だ! 変わってない!」
「何が!?」
「そのツッコミ待ちみたいな顔!」
「どんな顔だよ!」
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少女は勢いよく近づいてきた。
「私だよ! ミナ! 幼なじみ!」
「違う!!」
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「小さい頃よく遊んだじゃん!」
「記憶にない!」
「川に落ちて泣いてた時、励ました!」
「知らない思い出を増やすな!」
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ユイがぽつりと呟く。
「第三ヒロイン」
「増えるの早すぎるだろ」
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アリスは嬉しそうに頷く。
「賑やかになってきましたね♡」
「お前が一番楽しそうなの何なんだ!」
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ミナは急に真顔になった。
「でもよかった」
「何がだ」
「ちゃんと生きてて」
「意味深なこと言うな」
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だがすぐに、いつもの調子に戻る。
「まあいいや! これ返すね!」
袋を差し出してきた。
「返すのかよ!」
「確認したかっただけ」
「何をだ!」
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中身を確認する。
全部入っている。
……なぜかリンゴが増えている。
「なんでだよ」
「サービス!」
「雑だな!」
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ミナは胸を張る。
「盗むだけの盗賊じゃないからね!」
「今盗んだばっかだろ!」
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魔王が興味深そうに言う。
「お前、ただの盗賊ではないな」
「分かる?」
「騒がしさが常人じゃない」
「褒めてないよな!?」
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賢者が尋ねる。
「どこから来たんですか」
「森の向こう!」
「雑だな」
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「でも今は悠斗のところに来た!」
「来たで済ませるな!」
「幼なじみだし!」
「それが崩れない!」
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アリスが手を叩く。
「では歓迎会ですね♡」
「なんでだよ!」
「家族が増えたので♡」
「また家族扱い!!」
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こうして。
またヒロインが増えた。
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俺は焚き火の前で座りながら思う。
まだ一日も経っていない。
なのにヒロインは三人。
このペースで増えたらどうなる。
考えたくない。
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「悠斗」
ミナが小さく呼ぶ。
「なんだ」
「……ほんとに覚えてないんだね」
「だから初対面だって」
「そっか」
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その一言だけ、少しだけ重かった。
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だがすぐに、アリスが叫ぶ。
「ごはんできましたぁ♡」
鍋の匂いが広がる。
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賢者が言う。
「塩を十倍入れています」
「なんで!?」
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ミナが笑う。
ユイが小さく笑う。
魔王が水を足す。
タケシが心配そうに鳴く。
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結局その夜。
俺は鍋の味を調整しながら確信した。
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この異世界では。
まともに休める日は、たぶん来ない。
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――ヒロインは、まだ増える。
第3話を読んでいただきありがとうございます。
ついにヒロインが三人になりました。
しかも今回は“幼なじみを名乗る盗賊”という、また方向の違うタイプです。
この作品は、ヒロインが増えるほどカオスが加速していく構造になっています。
悠斗の苦労もその分しっかり増えていきます。
また、今回少しだけ意味深な要素も入れていますが、基本はコメディなので気軽に楽しんでいただければ大丈夫です。
次回もヒロインが増える予定です。
よければ引き続き読んでいただけると嬉しいです。




