この気持ちの名前は?
楽しいお出かけ。
そのはずなのに、気分は少しだけ重いまま朝を迎えた。
「せっかくのお出かけなんだから、しっかり準備しなくちゃね」
そう自分に言い聞かせて、無理矢理に気分を上げようとする。
オシャレをするって、こんな感じでいいのかな?
髪型も、選んだ服も、本当にこれでいいのか自分では全然わからない。
時也君、褒めてくれたら嬉しいな。
もしそうしてくれたら、きっとこの沈んだ気持ちも晴れるだろう。
少しの期待を胸に、私は家を出た。
外はあいにくの曇り空。
本当に、うまくいかないことばっかりだな。
そんなことを思いながら、待ち合わせ場所の駅前に着く。
気分が上がらないなんて思いながら、気づけば一時間
も早く着いてしまっていた。
まだ待ち合わせには早すぎる。
そんなことは分かっているのに、私の視線は無意識に時也君の姿を探してしまう。
キョロキョロと辺りを見回していると、突然、見知らぬ男の人に遮られた。
「お姉さん、めっちゃかわいいっすね。ちょっと俺とお出かけしませんか?」
――どうしよう。これって、いわゆるナンパというやつだ。
とにかく、早く断らないと。
「すいません……待ち合わせしているので」
「いいじゃんかー。待ち合わせしてる人って、まだ来ないでしょ? じゃあそれまで俺と遊ぼうよー」
だんだんと距離を詰めてくる。
このままじゃやばい。
どうしたらここから逃げられるだろうか。
頭の中が真っ白になって、必死に助けを求めようとした、その時だった。
「すいません」
聞き慣れたはずの、優しい声がした。
でも、今日のその声は優しいだけじゃない。
どこか低く、怒りを孕んだ、明確に相手を威嚇するような声だった。
時雨と出かけるのか。
これはデートになるか?
いや、考えるのはよそう。
俺が何を思おうが、時雨はただの友達だと思っている
だろうからな。
俺自身、これが恋心なのかもわからない。
それにしても、早く準備しすぎたな。
待ち合わせまでまだだいぶ時間があるぞ。
……まあいいか。
早く行って時雨を待っていればいいだけだからな。
そう思い、俺は家を出た。
しかし、時雨は本当に水族館でよかったのか?
まあ、行けばわかることか。なにせ俺は心が読めるんだからな。
こんなふうに能力に感謝する時が来るなんて、思いもしなかった。
待ち合わせ場所に近づいてきて、時雨の姿が見えた。
――どうしよう。
なんだ? 様子がおかしい。
ふと時雨の横を見ると、男が時雨に話しかけていた。
なんだ、ナンパでもされてるのか。
最初は、時雨がもしそいつに恋をして、過去を乗り越えられるくらい好きになれるなら、それでもいいと思った。
なのになぜだかモヤモヤする。
時雨を誰かに取られるのが嫌なのか?
――このままじゃやばい。
その心の叫びが聞こえた瞬間、俺の中で何かが切れた気がした。
時雨が取られるかもしれないなんて理由じゃない。
ただ許せなかったんだ。
時雨を怖がらせているあいつが。
――こいつ押せばどうにかなりそうだ。ちょろいな
こんなやつを時雨に近づかせていいわけないだろ。
「俺の彼女になんか用ですか」
――なんだこいつ。喧嘩になれば負けそうだな。ここは強く出るか
「なんですか、彼氏さん。すいません、彼女さん取っちゃいました」
こんな時、心が読めるって便利だな。
ここまでこの能力に救われることになるとは。
「お前、いい加減にしろよ。お前みたいなやつがこいつに近づくな。消え失せろ」
「……チッ、かっこつけやがって」
そうしてそいつは舌打ちをしながら去っていく。
「時雨、怪我ないか?」
「うん、ありがとう」
ようやく、そっと胸をなで下ろす。
しかし――
「ねぇ、時也君。さっき彼女って……」
しまった。
さっきとは違う理由で緊張が解けないようになってしまった。
「どうしたの? 時也君。顔赤くなってるよ?」
純粋な時雨の顔が俺に刺さる。
なんでこんなに純粋なんだよ。
普通、こんな時に顔が赤くなる理由くらいわかるだろ。
そんなことを考えながら、必死に言い訳をする。
「ああいう時は彼女って言った方が効果的なんだよ。それより今日、オシャレしてきたのか? 似合ってるよ」
慌てていたため心を読む余裕もなく、なんとか話題を逸らした。
時雨は俺に「彼女」なんて言われて、どう思っていたのだろうか……。




