夢の時間
「――えっ? 彼女?」
その言葉に、私は思わず耳を疑った。
まさか、時也君が私のことを……?
そんなはずないと分かっていても、私は真意を確かめずにはいられなかった。
「ねぇ、時也君。さっき……彼女って……」
思い切って質問してみる。
すると、時也君の顔がみるみる赤くなっていくのが分
かった。
これは、もしかすると、そういうことなのかな。
胸の中で期待を大きく膨らませていると、彼はぷいと顔を背けて言った。
「……ああいう時はさ、彼女って言った方が効果的なんだよ」
そうだよね。
時也君が私なんかのことを、そんな風に思ってくれているわけがない。
そんな自己嫌悪に駆られそうになった、その時だった。
「それより今日、オシャレしてきたのか? 似合ってるよ」
それは、私が一番望んでいた、何よりも嬉しい言葉だった。
「っ……ありがとう!」
これだけで、さっきまでのどんよりとした重い気持ちが嘘みたいに吹き飛んでいく。
遊園地じゃなくて水族館になっちゃったけれど、今日一日、全力で楽しまなきゃね。
そんなことを考えていると、「よし、行こうか」と時也君が歩き出した。私たちはそのまま並んで歩いていく。
……あれ? でも、こっちの道って水族館の方角とは違うような……。
「ねぇ、時也君。道、こっちで合ってるの?」
「合ってる合ってる。心配せずに俺に任せなさい」
時也君がそう言うなら、間違いないのだろう。
二人で向かう、楽しい行き道。
そのはずなのに、私の頭の片隅には、どうしても「遊園地に行ってみたかったな」という気持ちが少しだけ残ってしまっていた。
しばらく歩くと、目の前に大きな観覧車やジェットコースターが広がってきた。
「ねぇ、時也君……ここ、水族館じゃないよ?」
「まぁいいからいいから。お前は黙ってついて来いって」
不思議に思いながらもついて行くと、私たちはそのまま遊園地の敷地内へと入ってしまった。
「時也君、水族館に行くって言ってたよね?」
改めて確認する。
すると、時也君はニヤリと意地悪く微笑んだ後、園内の一角にある小さなコーナーを指差した。
「ほら、あったろ? 水族館」
そこにあったのは、ただの水槽が一つだけ置かれた、本当に小さな小さな展示スペースだった。
「……これが、水族館?」
遊園地に来られたという本物の嬉しさと、これを水族館だと言い張る彼の強引さに、私は思わず吹き出してしまった。
「あはは! なにそれ!」
「何笑ってんだよ。ほら、アクアリウムって英語が書いてあるだろ。アクアリウムは日本語で水族館なんだよ」
お腹を抱えて笑っている私の顔を見て、時也君はさっきまでの張り詰めた表情を緩め、安心したように優しく笑った。
「……そうだよ。俺は、その顔が見たかったんだよ。時雨、本当は遊園地がよかったんだろ?」
「えっ……なんで、わかったの?」
不思議だった。
まさか、私の心でも読まれているのだろうか。
そんなありもしない妄想をしてしまうほど、自分の本当の気持ちを正確に言い当てられたことに驚いてしまう。
「なんでって、そりゃあれだけ『遊園地に行きたいです』って表情されてたら、誰だって嫌でもわかるよ」
「私って、そんなにわかりやすいタイプなのかな……。うまく隠せてるつもりだったんだけど」
だけど、そこで私は一番肝心なことを思い出した。
「でも、時也君。本当によかったの? 時也君は水族館がよかったんじゃないの?」
「言ったろ? 俺は水族館か遊園地、どっちかに行きたいって。だから別にどっちでもよかったんだよ」
「でも……」
やっぱり、時也君に無理をさせて悪い気がする。
そんな風に眉を下げている私を見て、時也君は少しまっすぐな目で私を見つめた。
「別に、本当は場所なんてどこでもよかったんだよ。俺さ、昨日のメッセージで『次は俺の行きたい場所に付き合ってくれ』って頼んだだろ?」
「うん」
「俺の行きたい場所は――時雨が楽しめる場所なんだよ」
本当に、嬉しい。
時也君が、そんなに私のことを考えてくれているなんて。
「ほら、いつまでこんなちっぽけなところで立ち止まってるんだよ」
「え、水族館じゃなかったの?」
「こんな水族館、小さい子しか喜ばねぇよ。それよりも何乗りに行く? ジェットコースターか? コーヒーカップか? 色んな物あるぞ」
時也君が楽しそうに園内を見渡す。
私は少しいたずらを思いついて、彼に言った。
「じゃあ……お化け屋敷行きたい」
「まじかよ……。俺、お化けだけはガチでNGなんだよな……」
普段から頼りがいのある時也君にも、こんなに可愛らしい一面があったんだ。
そう思うと、もっと意地悪をしたくなってしまう。
「私の行きたいところが、時也君の行きたい場所なん
でしょ? ――行くよ? 怖いの?」
「くっ……!」
「大丈夫。何かあったら、私が守ってあげますから」
「誰が時雨に守られるかよ! そこまで言うなら行ってやろうじゃねぇか!」
こうして、私の人生で初めての、最高の遊園地デートが始まった。
私はこの瞬間の輝きを、きっと最期まで忘れることはないだろう。




