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終わりを告げる秒針


「いや、まじ危ねぇ……」


まさか本当は時雨が『遊園地に行きたい』と思ってるなんて、とんでもない勘違いだったじゃねえか。


まぁ、あいつの顔を見ていたら、流石に出発する時に気づけたとは思うけど。


……顔を見たら?


自分の考えに、ふと違和感を持つ。


そっか。


俺も心の声を読むだけじゃなくて、普通に時雨のことが少しは分かるようになってきたのか。


そう思うと、なんだか足取りが急に軽くなってくる。


「時也君、はやいよー。そんなにお化け屋敷行きたいの?」


「あ……」


そうだった。

今からお化け屋敷に行くんだった。


「そ、そうだな。お化けに会いに行くの、楽しみだな」


「時也君、無理してるのばればれだよ。急に動き硬くなってるじゃん」


「とにかく、はやく行くんだよ」


「楽しみだね」


「そうだな……」


前まであの雨空みたいだった君が、今は太陽みたいに輝いている笑顔をしている。


今日一日、俺はこの笑顔を見続けることができるのだろうか。


そう考えると、なんだか少しじれったい気持ちになってくる。


浮ついた気持ちになるのをなんとか抑え込み、俺たちはお化け屋敷に到着した。


「じゃあ、入ろうか」


「うん、そうだね」


「ん? どうかしたか?」


さっきから時雨の足取りが、まるでひよこみたいにちょこちょこした動きになっている。


「いや、なんでもないよ」


そんな時、俺の脳裏にある悪戯が浮かんだ。


気づけば、自分でもニヤついているのが分かる。


さっきまでの浮ついた気持ちからではない。


まるで、いたずらっ子のような笑みだ。


「そうか。何にもないのか。じゃあ、俺は先に一人で進んで行こうかな」


「ちょっと! お願い、待ってよ!」


一度、時雨の目から映らないところまで素早く進んでみる。


トトト、と焦って走ってくる足音が聞こえてくる。


「バァ!」


「キャー――ッ!! 助けて時也君!」


俺に全力で助けを求めてくる時雨を、本当にかわいいと思ってしまった。


今その怖がらせた原因が、目の前にいる俺だというのに。


「時雨、俺だよ」


「……もう! なんでそんなことするのよ!」


「さっきまで俺を馬鹿にしてた仕返しだよ。それより時雨、お化け苦手なのか?」

「い、いや、そ、そんなわけないよ……っ」


「そうか。じゃあ、その声と足が震えてるのは俺の気のせいなんだな。じゃあ、また後で」


「ちょっと! 私が悪かったから置いて行かないでよー!」


必死に俺の服の裾を掴んでくる。


「なんでそんなにお化け怖いなら、行きたいって言ったんだよ」


「だって……遊園地って言ったら、お化け屋敷じゃないの?」


「普通、遊園地って言ったらジェットコースターとかだろ」


「そうなの……?」


「そうだよ。本気で言ってたのか?」


「私が嘘つくわけないでしょ……」


お化けより、時雨の世間知らずさに驚かされる。


「じゃあ、次はジェットコースター行こうよ」


「そうだな」


「……怖いから、手繋いでいい?」


「ちっちゃい子じゃないんだから、一人でがんばれよ」


そうぶっきらぼうに言いながらも、俺は時雨に向かって手を伸ばした。


ここが暗闇で本当によかったな。


赤くなっている俺の頬を見られずに済むから。


そうして、俺たちはお化け屋敷を出た。


時雨は終始叫びっぱなしで、出口に着く頃には半泣きになっていたけれど。


その後も約束通り、ジェットコースターに行ったり、メリーゴーランドに行ったり、色々なアトラクションを周った。その度に、時雨は輝かしい笑顔を振りまいている。


「ねぇ、時也君。次は何に乗ろうか?」


「そうだな……」


顎に手を当てて考えに浸っていると、突然、時雨が視界から消えた。


それと同時に、どさっと鈍い音が響く。


「何してるんだよ」


「……ごめん、ちょっと転んじゃって」


「ちょっと休憩でもしようか」


「そうだね……」


この時、俺は時雨の心を読むことをしなかった。


いや――できなかったのかもしれない。


なんだか、えぐられるような胸騒ぎがして、落ち着かなくなったのだ。


この夢のような楽しい時間に、輝く君の笑顔に、蓋をしたくなかった。


そして、代わりに『残り一年』という、頭に浮かび上がってきた不吉な言葉に、俺は無理やり蓋をした。


それからの時雨は、少しだけ元気がないように見え

た。


話しかければ笑顔になるし、アトラクションに乗れば楽しそうにしている。


俺の気のせいなのだろうか。


ただ、静かな水面に石が落ちたように、胸騒ぎだけが静まることなく、心の奥深くにまで染み渡っていく。


――カチッ。カチッ。


そうして、非情にも時間は過ぎていき、この楽しい時間の終わりを告げる「黒」が辺りを覆い始めた。


「もうこんな時間だし、帰ろうか」


「そうだね。……次も、また遊びに行こうね」


「ああ、約束だ」


そんな会話を交わし、俺たちは駅前で別れを告げた。そうして、時雨は人混みの中へと消えていく。


さっきまでの楽しさが、ざわめく足音と他人の波に押しつぶされていくようだった。


遠ざかる距離とは裏腹に、もう二度と会えなくなるんじゃないかという不安が、濁流のように押し寄せてくる。


……いや、考えすぎだ。


ああ、やっぱり俺の中で、時雨は特別なんだな。


帰り道、一人になりながらそう思い始めていた。


このどうしようもない、他人の真っ黒に染まった本音だらけの世界の中で、ようやく見つけた輝いている光。


学校という場所が、初めて楽しみになった。


早く明日になって、時雨と話をしたい。


――だが、時雨はあの日以来、学校に姿を見せなくなった。


次の日も、その次の日も。


そして数日後、俺は風の噂で、時雨が入院したことを知った。


冷たい壁に囲まれたこの空間で、今は静寂だけが俺の胸に響いている。

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