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本に映る心


「時雨、本好きだったんだな」


俺たちは、時雨が行きたいと言った本屋に来ていた。


「……うん。今の自分とは違う世界を読めるから」


――あと少しの時間だから、いろんな人生を体験したいな。


……やっぱりだ。


時雨は何かを隠してる。


でも、今はまだ踏み込むわけにはいかない。


「そうなんだ。なんかさ、静かで本が好きって、いかにもって感じだな」


「……うん。そんなとこ」


――いじめられてたって言ったら、なんて思うかな。


「まあ、本好きな人って賢そうでいいよな」


それから少し、沈黙が流れた。


時雨の中には、何か大きな重りがある気がする。


……それを、俺は取り除けるのか。


「ねえ、これ見て」


時雨が一冊の本を差し出してきた。


タイトルは――『最後の花火』。


「この本の主人公ね、最後に最愛の人を命をかけて守るんだよ」


「すごい愛だよね」


「……そうか?」


気づけば、思ったことをそのまま口にしていた。


「命をかけて守るって聞こえはいいけどさ」


「結局、それって相手を一人で生き残らせるってことだろ?」


「一生、後悔させることになるかもしれない」


少しだけ間を置いて、俺は続けた。


「俺だったら、そんなことはしない」


「どんな状況でも、生き残って――一緒に最後まで生きる」


言ってから気づいた。


――だめだ。


――反対のこと言っちゃった。


――嫌われちゃう。


時雨の不安が、一気に流れ込んでくる。


……しまったな。


「……でも」


俺は少しだけ言い直した。


「命をかけてまで守りたいって思えるのは、すごいことだと思うけどな」


「……うん。そうだよね」


どうやら、なんとか取り繕えたらしい。


……ほんと、不器用だな。


こいつは。


人に嫌われることを、ここまで怖がってるのか。




「なあ、時雨」


「……なに?」


「ちょっと休憩しね?」


「あそこのカフェでさ」


「……うん」


そうして俺たちは店に入った。


中は静かで、他に客はいない。


まるで、この空間だけが切り離されたみたいだった。




「時雨」


「……なに?」


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


時雨の手が、わずかに重なる。


「……なに?」


「なんでそんなに、人に嫌われるのを怖がるんだ?」


「……え?」


一瞬、時雨の動きが止まった。


「そんなこと、ないよ」


そう言いながらも、手は強く握られている。


――どうしよう。


――バレてる?


――このままだと嫌われる。


……やっぱりだ。


これは、一人で抱え込めるもんじゃない。


「頼む、時雨」


俺は真っ直ぐ見た。


「絶対に、お前を嫌ったりしない」


「ただ知りたいんだよ」


「時雨のことを」


そこまで言い切る。


あとは、待つだけだ。




沈黙が落ちる。


重い空気が、空間を満たしていく。


時間の感覚が、少しずつ曖昧になっていく。


どれくらい経ったのか分からない。


やがて。


時雨は、ゆっくりと口を開いた。


「……昔ね」


その瞬間。


周りの空気が、すっと冷えた気がした。

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