決意の時
時也君のこと、本当に信じていいのかな。
誰かと仲良くしたい。
でも、どうしても昔のことがフラッシュバックしてしまう。
――また、嫌われるんじゃないか。
その不安が、ずっと頭から離れない。
……私は、どうしたいんだろう。
考える。
長い沈黙が、二人の間の空気を押しつぶしていく。
それでも――
私は、時也君を信じたい。
そう決めた。
私はゆっくりと口を開く。
「わたしね、小さいとき……クラスのみんなとうまく馴染めなかったんだ」
時也君は、何も言わずに聞いてくれている。
「最初のうちはね、みんな優しかったの」
「たくさん話しかけてくれた」
少しだけ、視線を落とす。
「でも……わたし、緊張しちゃって、うまく返せなくて」
思い出していく。
あの頃のことを。
「それでね……だんだん、みんなわたしのこと嫌いになっていったみたいで」
胸の奥が、少し痛む。
「ひどいことも、たくさん言われた」
「きもいんだよ、とか」
「ブス、とか」
「近づくなって」
言葉にするたびに、心が削られていく気がする。
もうやめたい。
逃げたい。
でも――
目の前の時也君は、まっすぐに私を見ていた。
……この人は、きっと逃げない。
「気づいたらね、みんなわたしを避けるようになってて」
「それが毎日続いて……」
「もう、誰の言葉も信じられなくなったの」
静かに、言葉が落ちていく。
「もしかしたら、助けてくれようとしてた人もいたのかもしれないけど」
「その時のわたしには、全部同じに見えた」
「世界が真っ暗で……ひとりぼっちで」
「ただ、時間が過ぎるのを待つことしかできなかった」
小さく息を吐く。
「……でも」
少しだけ、笑ってみせる。
「うまく馴染めなかったわたしが悪いんだけどね」
でも。
時也君は、笑わなかった。
ただ、静かに私を見ている。
「だからね」
「今日、話しかけてくれて」
「誘ってくれて……嬉しかったんだ」
――こんな話、重いよね。
――嫌われたかな。
――さっきの笑い方、変だったかな。
頭の中で、不安がぐるぐる回る。
その時だった。
時也君が、ゆっくりと口を開いた。
時雨が、過去を話してくれた。
……俺は、なんてことを聞いたんだ。
知りたい?
そんなの、ただの自己満足だろ。
結局、辛いことを思い出させて――
傷つけただけじゃねえか。
話している時の時雨の心は、
――辛い
――苦しい
――もう話したくない
そんな声で溢れていた。
……それでも、俺に話してくれたのかよ。
軽い言葉なんか、かけられねえ。
上辺だけの優しさじゃ、意味がない。
だったら――
俺の言葉で、伝えるしかない。
「時雨、ごめんな」
「……本当に、ごめん」
――なんで謝ってるの?
――やっぱり、仲良くなれないってこと?
「……っ」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「違う」
「そうじゃなくて……」
言葉が詰まる。
その時だった。
「……なんで」
「なんで、時也君泣いてるの?」
その一言で、初めて気づいた。
……俺、泣いてんのか。
「……わかんねえよ」
「ただ……辛くてさ」
「時雨が、そんなこと経験してたことも」
「俺が、ただの人見知りだと思ってたことも」
「それに――」
少しだけ、息を詰まらせる。
「俺が、その辛い記憶を思い出させちまったことも」
「……全部」
「全部、嫌でさ」
言葉にすると、余計に涙が出そうになる。
「そんな、謝らないでよ」
時雨が、少しだけ慌てたように言う。
「わたしが、勝手に話したんだよ」
「時也君は、何も悪くない」
――だめだ。
――わたしが、泣かせちゃった。
……まただ。
こいつは、全部自分で背負おうとする。
「なあ、時雨」
俺はまっすぐ見た。
「もっと、自分のこと大事にしてくれよ」
「さっきも、今もそうだ」
「全部、自分のせいにして、一人で抱え込もうとしてる」
少しだけ、息を吸う。
「……頼む」
「嫌なら、嫌でいい」
「でも、俺はもう見て見ぬふりなんてできねえ」
「だからさ」
言葉を選ぶ。
でも、もう迷わない。
「その苦しみ――」
「俺にも半分、分けてくれよ」
静かな空間に、言葉が落ちる。
――本当に、信じていいのかな。
その不安が、伝わってくる。
「信じられなくてもいい」
「でも、俺は時雨のそばにいたい」
それだけは、はっきり言えた。
沈黙が流れる。
長い。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
永遠みたいに感じる。
「……なんだか」
時雨が、ゆっくり口を開く。
「時也君のことは、信じられる気がするんだよね」
その言葉に、胸が少しだけ軽くなる。
「だから」
「ずっとそばにいて……はちょっと重いかもしれないけど」
小さく笑って、続けた。
「これからも、仲良くしてくれると嬉しいな」
――わたしが、死ぬまでの間だけでも。
……まただ。
やっぱり、何かを隠してる。
それも――命に関わる何かを。
「なあ、時雨。まだ何か――」
「ごめん」
言葉を遮られる。
「今日はちょっと疲れちゃった」
「続きは、また明日でもいい?」
「ああ……そうだな」
無理させるわけにはいかない。
「じゃあ、帰るか」
「うん」
少しだけ歩いたあと。
「ごめん、わたし寄るところあるから」
「先に帰ってて」
「……そっか。気をつけろよ」
「うん。今日はありがとう」
「ばいばい」
「ああ、またな」
そうして、俺たちは別れた。
……長い一日だった。
でも。
時雨は、ちゃんと前に進もうとしてる。
あいつは、頑張ってる。
じゃあ――俺は?
このままでいいわけがない。
俺はスマホを取り出す。
そして。
時雨に、メッセージを送ることを決めた。




