川崎愛未のリアル(2)
桧山美月は、奈津美の一番の親友だった。
奈津美のいるところには常に美月がいた。奈津美が話すと美月が笑い、美月が話すと奈津美が笑った。
私から見て、奈津美と美月は似た者同士だった。明るくて社交的な半面、心の内はよく分からないところ、真面目な優等生な半面、大胆で、ルールを破ることにも抵抗がないところがよく似ている。私とは正反対である。
そして、二人とも容姿端麗で、男女問わず、クラスメイトから人気があった。
奈津美は美月に私を紹介し、私も美月と親友になった。気が付くと、奈津美、美月、私の三人でいる時間が増えていた。
奈津美と美月はコンピューター部に所属していた。
文武両道のお題目を掲げる私達の中学校では、部活は強制加入制で、誰しもが必ず一つ以上の部活に所属しなければならない決まりだった。
そのため、どの部活にも加入したくなかった奈津美と美月は、最も拘束の緩いコンピューター部に一応籍を置いているらしい。
もっとも、月二回しかない活動にすら二人は参加していなかったようで、
「私、キーボードで文字打つのよりも、スマホで文字を打つ方が俄然速いからね」
と、美月は自慢げに語っていた。
私はバドミントン部に所属していた。運動部の中では活動頻度が少ない方といえども、火曜日、木曜日と週二回の放課後の練習があり、対外試合で休日が潰れることも少なくなかった。
「愛未は、私と奈津美とは違ってアクティブだね」
と、美月はよく茶化したが、私から見れば、部活に縛られることなく、放課後に自由を謳歌している二人の方が余程アクティブだ。
私は決してバドミントンが嫌いなわけではなかった。しかし、シャトルに神経を集中している時間よりも、奈津美や美月と一緒に過ごす時間の方が有意義であることは間違いなかった。
二人に手を振って体育館に向かうのは憂鬱だった。一秒でも長く二人と笑い合っていたかった。
それでも、部活を辞めたり、サボったりすることはできなかった。別に誰かに咎められたわけではない。私は私がしたいことができないのである。その度胸がない。
自分の生き方を自分で決められない。私の人生は何かによって規定されている。私以外の何かに。
私が部活のない日の放課後は、三人で屋上に繰り出すのが定例だった。
本来屋上は生徒が立ち入り禁止の場所である。しかし、奈津美が職員室からくすねた鍵で合鍵を作ったため、私たち三人は自由に出入りすることができた。こういう点での彼女の行動力には舌を巻く。私には決して真似できない。
開放感を味わうため、それが特に用事も無いのに三人が屋上に上がる目的だった。
しかし、私の目的は徐々に違う方向へと変わっていった。
「愛未はキャプテンの人が好きなんでしょ」
「え?」
「愛未はキャプテンの人が好きなんでしょ。白石君」
屋上に吹き荒ぶ風の音によって先ほどの発言は私に聞こえなかったとでも思ったのか、奈津美は今度は大声でハッキリと言った。
「いや、別にそんなこと…」
私は俯いた。顔が赤くなるところを見られたくなかった。
「まさかバレてないとでも思ったの?いつもジッと見つめてるのに?」
屋上からはグラウンドの様子が隅から隅まで見える。グラウンドではサッカー部と野球部がそれぞれ半面ずつを使って毎日練習している。
白石君はサッカー部の二年生で、三年生が引退した七月以降、キャプテンを務めている。
私は白石君とは直接面識はないが、わずか四階の高さしかない屋上からはグラウンドにいる人の顔も掛け声も認識できたので、白石君の顔と名前は一致していた。
目はパッチリとしていて、まつ毛が長い。顎が小さく、中性的な顔をしている。スタイルは細身で背が高い。いわゆるイケメンだ。
白石君がキャプテンとして部員から慕われていること、明るい性格でムードメイカーであることは、屋上にまで聞こえてくるサッカー部員の会話の内容からなんとなく把握できた。
「別に白石君を見てるわけじゃないよ。サッカーが好きだから、練習を眺めてるだけ」
自分自身でも声が上ずっているのが分かる。
「でも、白石、って掛け声が下からすると、愛未はビクって反応するよね」
美月が横槍を入れてきた。
二人には隠し事ができないようだ。一緒にいる時間が長過ぎて。
私は白状し、二人に白石君への想いを吐露した。
奈津美と愛未と三人で過ごす時間が一番幸せだった。
間違いなく、私の今までの人生の中で絶頂の時間だった。私はこの時間が永遠に続いて欲しいと願った。
しかし、そんな刺激的でいて落ち着ける、奇跡的で平凡な時間はそう長くは続かなかった。
私がどれだけ強く願ったとしても、私の人生は違った方向へと舵を切ってしまう。
こんな大切な場面なのに、私は私の人生をコントロールできなかった。