川崎愛未のリアル(1)
宮前奈津美を殺したのは私だ。
警察に全てを話そう、私はそう決心した。
中学校に入学して、私が一番最初に友達になったのが奈津美だった。
入学当初、私はクラスメイトの誰にも話しかけることができなかった。誰かに話しかけられても、定型句しか返せず、会話にはならなかった。そんな内気で陰気な私の本分が知れ渡ったためか、一か月もすると私の周りからは人は離れていった。
私から話しかけなきゃ。普通にコミュニケーションをとらなきゃ。焦れば焦るほど、クラスメイトとの距離は離れ、自然な関係は築きがたくなっていった。みんなの輪に入ることができなくなっていった。
私はそうしたいのに、私の人生なのに、私の思い通りにはいかなかった。
対照的に、奈津美の周りには常に人が集まっていた。奈津美の明るく社交的な性格が自然と人を惹きつけていた。奈津美の周辺では笑い声が絶えなかった。
同じ教室にいるのに、まるで私とは別世界にいるようだった。
私は奈津美の世界に憧れた。近くにあるのに果てしなく遠いあの世界に。 私の住む世界とは何もかもが違うあの世界に。
私もあの世界に入れれば変われるはずだ。下らない話でバカみたいに笑える、そんな普通の女子中学生になれるはずだ。
そう思いつつも、私は行動に移せなかった。
奈津美に話しかけることができなかった。彼女に話しかけたい。私は話しかけたいのに、何かが私の行動に歯止めをかけていた。
しかし、憧れた世界の扉は突然向こうから開かれた。
「愛未、今度一緒に映画でも見に行かない?」
奈津美は私みたいなはみ出し者に手を差し伸べてくれた。 信じられない出来事だった。
今考えてみると、初めて話すというのに、呼び捨て、しかも、いきなり休日の遊びの誘いだなんて常識外れである。普通じゃない。
しかし、私みたいな異分子をあの世界に無理やりねじ込むためには、これくらいの強引さが必要だったのかもしれない。
私が適切な返事を探して口ごもっていると、奈津美は、今上映中の映画のタイトルをいくつか並べ始めた。断られる可能性を想定していないのだろうか。
もちろん、断るつもりなど毛頭なかった。むしろ私の脳内では感謝の言葉が繰り返し再生されていた。それを口に出すことはできなかったが。
直接映画館で待ち合わせることになった。地元の駅前にある大型の商業施設内に入っている映画館だ。
待ち合わせ時間に少し遅れて奈津美は現れた。少し露出の多い黄色の花柄のワンピースと黒いヒールの靴、頬にはオレンジのチークが塗ってあった。彼女は元々背が高く、大人びて見えるので、今日の彼女は大学生と見間違えられそうである。全くオシャレをしてこなかった私は少し気が引けた。
「宮前さん、今日は二人きり?」
「そうだけど、何か困る?」
「いや、別に」
たしかに他に誰かを誘っているというような話は聞いていなかったが、当然に奈津美が誰か他のクラスメイトを連れてくるだろうと思っていた。
私と奈津美は 一か月間同じクラスで過ごしていたといえども、話したのは、今日の映画に誘われた一度きりである。それなのにいきなり二人きりなんて。
しかも、彼女はクラスの人気者で、皆から引っ張りだこのはずである。そんな彼女の貴重な休日を、私みたいな陰気で退屈な奴が独占してよいのだろうか。
映画は中高生に流行りの少女漫画の実写版だった。私は原作を読んでいたので、いつかは絶対に観に行こうと思っていたやつだった。
しかし、映画の内容はあまり頭に入ってこなかった。隣の奈津美が気になって、彼女の方をチラチラと何度も見てしまった。退屈そうにしていないだろうか。女の子を初デートに誘った男の子のような心境だった。
幸い彼女は映画に熱中しているようで、私の熱い視線に一切気付かないようだった。
映画を観終わった後、同じ商業施設内のハンバーガーショップで昼食をとることにした。
「なんで私なんかを誘ったの?」
塩気の薄いポテトをつまみながら、できるだけさりげなく、ずっと気になっていたことを訊いた。
「私なんか?」
「私みたいな暗い奴ってこと」
「愛未は集団でおしゃべりするのが苦手なだけでしょ?」
「え?」
「愛未は暗くないよ。今日だって、私より喋ってるんじゃない?愛未は集団でおしゃべりするのが苦手なだけ。一対一だとよく話すじゃん。根は明るいんだよ」
たしかに今日の私はよく喋っているかもしれない。小学校時代の昔話をしていた先ほども、奈津美はもっぱら聞き役だった。
「じゃあ、つまり、宮前さんは一対一だとよく話すという私の性格を見抜いてて、だから今日私を二人きりで誘ったということ?」
「そんなことないよ。今日愛未がこんなにたくさん喋るということを知って驚いてるよ」
私は少し焦った。
「ごめんね。普段喋らないのに、キモいでしょ?」
「ううん。私はそんな愛未が好き」
好き、と言われて私は顔が熱くなった。
私ができる精一杯の反応は、俯いて、一言、ありがとう、と呟くことだけだった。
本当は私は奈津美に、彼女が言ってくれたものと同じ言葉を返したかった。私も好きだよ、と。
結局、奈津美が他でもない私を映画に誘った理由は分からずじまいだった。もしかしたら、理由などなく、単なる偶然だったのかもしれない。だとしたら、この偶然に感謝するしかない。
私も奈津美のことが大好きだった。
この日を境に私の世界と奈津美の世界が一つに繋がった。




