8 タバコをスパスパと吸いながら「タバコは絶対やめた」と豪語する禁煙会見
(2)
『うっ、うわぁぁんッ――!!」
『おい!! 逃げっぞ!!』
スマホのスピーカーからは、男ふたりの緊迫した声が響いた。
動画の画面は激しくブレており、暗がりの中、ふたりが“ナニカ”から必死に逃げているのが伝わってくる。
なお、廃墟地区と思しき場所のようで、チラチラと見える背後のほうには、明々とした超高層ビル群と、その手前にホンヤートンが映っていることから、夜の重慶だとわかる。
コメントや引用には、
『ザマァみろ』
『ヤラセだろ、どうせ』
『おお、今回のは、やらせにしては緊迫感があるぞ』
などと、呆れたり、嘲笑するものが多かった。
このインフルエンサーふたり組は、どちらかというと、良く思われていないようだった。
だが、少なくない割合で、
『いや、これ、ほんとうに幽鬼が出たんじゃないか?』
『やっぱ、幽鬼の噂は本当だったんだ!!』
『まあ、AIの可能性もあるけど、それにしてはリアルすぎる』
などと、彼らを擁護するようなものも多くあった。
その中でも、【幽鬼】という単語が多く目についた。
「幽、鬼――?」
ドン・ヨンファが、頭にハテナマークを浮かべた。
「何? その、幽鬼って?」
パク・ソユンも、「は――?」の顔をすると、
「ああ、中国で、妖怪とか幽霊といった類のものが、そう呼ばれるみたいだね。こまかいニュアンスだったり、イメージは、違うんだろうけど」
と、カン・ロウンが、ふたりに答えた。
「ん? キョンシーとか? そんな感じ?」
パク・ソユンが、聞いた。
まあ、中国の幽霊と聞くと、万人が思い浮かぶのはキョンシーだろう。
「うん。そうだね」
カン・ロウンが、うなづいた。
すると、
――ぴ、とっ……
と、パク・ソユンが唐突に、自分の額に、何か紙切れをつけてみせた。
また、
――だ、らん……
と、腕をまっすぐ伸ばしつつ、手を垂らしてみせる。
恐らく、キョンシーのポーズ。
パク・ソユンは、
「ぽよ……」
と、無表情ながらも、キメ顔をつくる。
しかし、
「……」
「……」
「……」
と、三人はポカンとした顔で沈黙するばかりで、それ以上の反応は、返してこなかった。
パク・ソユンも、
「ぽよ……」
と、キョンシーポーズのまま、沈黙を継続する。
そこへ、
「何……? それ?」
と、ドン・ヨンファが、ようやく聞いてやった。
「……」
パク・ソユンは、まだ喋らない。
…………
漂う沈黙をはさんで、ひと呼吸おいて、
「ごめん。ちょっと、さ? 殴っていい? ヨンファ」
と、パク・ソユンが、縦にしたまま拳を構えて聞いた。
「は? 何でだよ?」
ドン・ヨンファが、怪訝な顔をすると、
「いや、オチがないから」
「だからって、僕で回収するなって」
と、締まりが悪いからと言うパク・ソユンに、つっこんだ。
本題にもどる。
四人は、バズっている動画について調べてみる。
すこし調べていくうちに、重慶で噂になっている“人間消失事件”のことを――、“幽鬼”が謎の力によって、人を“空に落としている”のではないかという、都市伝説のような噂が広がっていることを知る。
「まったく……、人を、“空に落とす”幽鬼だと? アホくせぇ」
キム・テヤンが、胡散くさそうに顔をしかめた。
まあ、これまでに、奇妙な事件を調べてきたことなど何度もあるSPY探偵団とはいえ、“人が空に落ちる”、“人を空に落とす力”などと聞くと、さすがに胡散くさく感じずにはいられなかった。
「まあ、目撃された証言から、その可能性が高いようだ。特に、夜に、成層圏くらいの上空で、鬼火のような怪光が多数目撃されているが……、それが、人が高速で空に落ちるときの、燃え尽きる炎なんじゃないかってね」
「逆大気圏突入、みたいな感じ?」
と、パク・ソユンが、そんな言葉が思い浮かんで、
「ああ」
と、カン・ロウンが、うなづいた。
また、
「それで? この、デオとザオって、DZコンビってインフルエンサーのふたり組が、動画の企画なのかな? 肝試しみたいな感覚で、幽鬼ってのを、調べに行ったわけかい?」
ドン・ヨンファが話をまとめ、SNSの投稿のふたり組のことに、話をもどした。
「けっ……、いざ、幽鬼ってのを調べていたら、本物が現れたってわけか?」
キム・テヤンが舌打ちしながら、「アホくせぇ!」とでも言いたげな顔をすると、
「まあ、動画を見たかぎり、本当に、人が空に落ちてるっぽいとこが、映っちゃってるし、ね? まあ、コメントにもあるけど、AIの可能性も、否定できないけど……、けっこう、本物っぽい映像だったじゃん」
と、パク・ソユンが、まだブイブイ酒を飲みながら答えると、
「あぁ”ん? 飲んべえのお前だから、何でも本物っぽく見えんだろ」
「は? 飲んべえって? だから、言ってんじゃん? お酒は、絶対やめたって」
「出た。その、“お酒は絶対やめた”のネタ」
とここで、ドン・ヨンファがつっこんだ。
まるで、タバコをスパスパと吸いながら「タバコは絶対やめた」と豪語する禁煙会見のようなネタに対して。
また、動画を再生してみる。
「どうやら……、動画も、このDZコンビのSNS投稿自体も……、“ここ”で、止まっているようだな」
カン・ロウンが言いながら、動画の、最後あたりを確認した。
ふたりが、幽鬼に追いつめられ、絶体絶命になった場面。
「何? 殺され、ちゃったの? 幽鬼に?」
パク・ソユンが、サラッと言うと、
「いや、何か……、落ちているようにも、見えるんだけど?」
「だから? それが、空に落ちているって、わけでしょ?」
「いや、廃屋に入って行ったから、違うんじゃないか」
と、ドン・ヨンファが、そこは反論する。
確かに、最後のほう、ふたり組は廃屋の中に逃げこんだ。
なので、天井から屋根まで開いた穴があるか――、もしくは、“建物ごと落とす”でもしない限り、人間二人を直接空に落とすのは難しいと考えられる。
「まあ、廃墟だ。床が抜けるような場所でも、あったんだろ」
キム・テヤンが言うと、
「上に、空に落とされたんじゃないって、ことかい?」
「まあ、ふたりが最後にいた場所を見るに……、とりあえず、それが、現実的な答えだろう」
と、聞いたドン・ヨンファに、カン・ロウンが答えた。
そこへ、
「じゃあ? 下に落ちて、死んじゃったんじゃない、ぽよ?」
と、パク・ソユンが、言葉をはさむと、
「いや、何で、死んだことにすんだよ。ソユンは」
と、ドン・ヨンファが、つっこんだ。
すると、その時、
「――いや。“やつら”は、生きているぞ」
と、突然、どこかからした声に、
「「「――!?」」」
男たち三人が、ビクッ――!! と驚愕し、
「ぽよ?」
と、パク・ソユンだけが、「ぽよ」で、気の抜けた反応をした。
そうして、
――ス、タッ……
と、声の主が、宙をふわりと舞って着地した。
そこに、あった姿――
黒の、夏仕様のアサシンドレスを身にまとった、麗しい黒髪の、美女の形をした者。
なお、頭には、キツネ耳がヒョコヒョコし、お尻からは尻尾が覗いてみせる。
「――!!」
「あっ――!!」
カン・ロウンとドン・ヨンファが反応し、
「タヌ、キ――!!」
と、キム・テヤンが思わず声にした。
すなわち――
妖狐の、神楽坂文が現れたのだ。




