5 正式に重力
「も、も、も……、」
ザオが、壊れかけのように震え、
「あぁ”?」
「も、もう、ダメだ……、デオ……」
と、絶体絶命だと諦めようとしたとき、
「おい!! 諦めんじゃねぇ!!」
と、またデオが強引に、
――ぐ、いッ!!
と、ザオを引っぱる。
こんな、幽鬼が目の前にいるという状況にも関わらず、
――ダッ、ダッ――!!
と、ふたたび逃げんとする。
運よく、“空に落とす謎の力”を発動される前だったのか、この場から離脱して、
「ハァ、ハァッ!!」
「ま、また走んの!? ゼェ、ゼェ!!」
「う、うるせぇぞ!! 黙って走れっての!!」
「痛てッ――!?」
と、デオがザオを小突きつつ、走り続ける。
「ハァ!! ハァッ……!!」
息が上がりそうになりながら走る中、
「空に落とす力――、ハァ、ハァッ……!! て、ことは、屋根の、ある、ハァ、ハァッ……、建物の中に、入っぞ」
「あ、ああッ!! ゼェ、ゼェッ……!!」
と、ふたりは判断した。
目の前に、いまにも壊れそうということはないものの、朽ちて久しい、鉄筋コンクリートの建物が見える。
廃屋は、水が漏れ、汚れ、ガラスや何かの破片だったりが散乱していた。
あまり足を踏み入れたくないが、背に腹は代えられず、
――ドタ、ドタ、ドタッ!!
と、中へと踏み込んでいく。
「う、うっわ!! きったな!! 靴、汚れんの嫌なんだけど!!」
ザオが騒ぎ、
「ああ”!! うっせぇな!! もう手遅れだろが!!」
と、デオが苛立つ。
走ると靴が汚れるのは避けられない場所だが、それよりも、何かに躓いたり、破片が靴底を貫いたりなどの危険もあった。
ライトで照らしながら、薄暗い廃屋の中を駆けまわりながら、
「てか? 空に落とすっていうのが、幽鬼の能力なんでしょ? ゼェ、ゼェ……、なら、もう、天井があるから大丈夫じゃね?」
ザオが、楽観的に言うと、
「バッ、カッ!! そんな、油断できるかよ!! ほかに、どんな能力があるか分かんねぇだろ!?」
「そ、そだな、」
と、デオに怒鳴られる。
まあ、これは、デオの言うことが正しい。
幽鬼という得体の知れない存在で、空に落とす謎の力が封じられても、他の手段・能力で襲ってくる可能性というのも、充分に考えられる。
油断しないほうがいいのは、間違いない。
「ゼェ、ゼェッ……、そ、そろそろ、撒いたかな?」
ザオが、
――チラッ、
と、うしろをすこし見た。
「そう、だな……、ハァ、ハァ……。とりあえず、幽鬼のヤツが追ってくるかもしれねぇ……、ハァ、ハァ……、どっか……、隠れっぞ」
「お、おう、」
ふたりは、もう体力も限界で、どこか良い隠れ場所を探そうとした。
だが、その時
――ゆ、らぁ……
と、幽鬼が、うしろのほう……、すこし離れたところに現れる。
「「――!?」」
ふたりは、気配を感じる。
振り返るなり、
「うっ――!?」
ザオが、顔が引きつり、
「くっ!? 来やがったか!!」
と、いっぽうのデオは、驚くものの、引かずに我を保ち、
「や、ヤバいッ!! こ、こっち来る!! こっち来るよ!! デオ!!」
「分かってって!! もっかい、逃げっぞ!!」
と、ふたたび走り出す。
――ドタ、バタ!!
と、暗い廃屋の中を駆け巡る。
「ゼ、ゼェゼェッ!! も、もう勘弁して!! は、走れないよ!!」
「う、うっせぇぞ!! 黙って走れって!! ハァ、ハァッ……!!」
と、ふたりはずっと走り回っており、すでに体力の限界を超えているものの、角を曲がって、また角を曲がり、なるべく幽鬼をくらませようと走る。
そうして、すこし逃げて行ったところ、
――ドゴッ――!!
「「うぉッ――!?」」
と、何かを踏み外したのか――!? あるいは、老朽化して壊れかけていた床が抜けたのか――!?
――ヒ、ュッ――
と、ふたりが次に感じたのは幽鬼の、奇妙な反重力でなく、正式に重力であり、
「「う、うわぁぁっ――!!」」
と、叫び声をあげながら、空ではなく、下へと落ちて行ってしまう!!
数秒もする間もなく、
――ゴッ、シャァンッ――!!
と、おそらく下の階の、何かの上にでも落ちた音が響いた。
そんなふうにして、ふたりがいたであろう場所を、
――ゆら、り……
と、現れた幽鬼は、
「……」
と、無言で、見おろした。
――スッ……
と、幽鬼は、宙にすこし浮く。
落ちていった下の階へとふたりを追いかけ、始末するべきか、考えているのだろう。
しかし、その時、
――ウゥ~ッ!! ウゥ~ッ――!!
「――!?」
と、これは誰かが通報したのか――、警察のパトカーの音が、廃屋の外からけたたましく鳴り響いてきた。
「ちっ……」
幽鬼は舌打ちし、そのまま、
――ゆ、らぁ……
と、消えるように、その場をあとにした。




