15 血の味と何か果物の“甘い味”と激痛と
(4)
“幽鬼”は、すこし、腹立たしいようだった。
「……」
スマホで、SNSやネットニュース、あるいは動画サイトでマスコミなどの公式ニュースを見るに、昨夜のデオとザオのふたりの動画が、思わぬほどに拡散していたのだ。
また、入ってくる情報によると、ふたりは、生きている可能性があるということだ。
下に落ちる瞬間を、幽鬼自身も見ていたのだが、あいにくのタイミングでパトカーの音が鳴り響いた。
警察も来てしまうため、ふたりの生死を確認しにいかず、その場を退散した。
いっぽう、彼らは、悪運が強かったのか――、落ちた先が、それほど高さもなく、何かクッションのようになっていたのだろう。
それで、彼らも現場から脱出し、どこかに身を隠した。
イタズラを配信している活動ゆえ、警察からも身を隠したかったのか――? あるいは、幽鬼である“この私”に、“自分たちが死んでしまったもの”とでも思わせたかったのか――?
いずれにしろ、“生きている”なら、“始末”したほうがいいだろう。
「……」
しかし……、とここで、幽鬼はすこし考えなおす。
昨夜のことが、ここまで大きく拡散してしまったとなると……、幽鬼の、この私自身の“活動”というのを、すこし抑えたほうがいいのか?
いや、そうもいかない。
あのふたりには、万が一の、姿を見られた可能性もあるし……、それに、いままで、ターゲットとした者は、落とし損ねたことなどなかった。
なので、すこし気分が悪かった。
「……」
と、幽鬼は、フラストレーションを感じながらも、思考を続ける。
姿を見られ、その情報が、広まってしまう可能性がある――
まあ、それでも……、人間を“落とす”のは、すこし、控えたほうがいいのだろうか――?
そうして、自制をしようと思った。
その時、
「――?」
と、幽鬼は、“あるSNS”を見た。
地元の、パルクーラーの青少年たちの投稿だった。
高低差のえぐい重慶の、様々な屋上や構造物で、パフォーマンスをしているという。
幽鬼は、見て、
「――♪」
と、ニヤリ――と、嗤った。
いや、やはり……、この“衝動”は、抑えきれないというべきか。
そうして、幽鬼は、
――ふわり……
と、宙に浮いて、向かった。
***
場面は変わって、同じく重慶市内の“ある地区”でのこと。
一帯には、一世代以上も前と思しき、古い中層マンションが並ぶ。
高さは、20メートル以上はあるだろう、屋上にて、
――シュタッ……! タン、タン、タンタンッ……!
と、軽快な音を立てながら、若い青年たちが、まるでアクション映画顔負けに、危険な屋上をアクロバティックに駆けまわり、跳び回っていた。
屋上から屋上へ飛び移るというのは朝飯前で、さらには、別の建物の下の階に向かって、際どいジャンプをキメたり――、はたまた、細いコンクリートの立ち上がりや階段の手すりの上を駆けたり滑たりとの、命知らずのパフォーマンスをやってのける!
もし、踏み外し、着地に失敗などすれば、下の地面に叩きつけられ、命を落としてしまうだろう。
彼らは、ここ重慶で活動をしている、パルクーラーの集団だった。
なお、“パルクール”とは本来、れっきとした競技のようだが、彼らのような、死と危険と隣り合わせのパフォーマンスをする者も少なくないゆえ、危険で過激なイメージがついたのも確かだった。
それはさておき、
「よっし……! 『今日も、軽快にパルクーリング中!』っと――」
と、先頭を切っていた青年が、上機嫌で、スマホで自撮りした。
彼は、グループいちの腕をほこり、SNSで発信していた。
「おいおい……? あいつら、遅っせぇな……」
青年は振りかえる、まだ遠くにいる仲間たちを眺めた。
彼は、仲間たちは、喋りながらダラダラと練習しているなか、先へ先へとコースを進んでいた。
「まあ、いっか――♪ 先に、一周するか」
青年は、言った。
ウォーミングアップ程度のこのコースを終わらせ、また、喉が渇いてきたこともあり、さっさと終わらせたかった。
「よっ、し!」
青年は気合を入れるとともに、助走した。
――ダッ、ダッ、ダッ!! タンッ――!!
と、宙がえりしながら、隣のビルに飛び移る!!
まさに、1080°の如く――!! ダイナミックに――!!
しかし、その時、
「ひッ――!?」
と、突如――
青年は空中で、ゾクリ――とした。
まるで、スローモーションのように時が流れる中、何あろうことか――!? 自分と並走するような格好で、隣に、恐ろしい黒づくめの姿があったのだ!!
――ゾクッ――!!
と、全身が、本能的にヤバいと感じる。
同時、
「ゆっ、幽ッ――モゴォッ!?」
と、口に無理やり、“ナニカ”をねじ込まれる!!
歯が折れ、血の味と何か果物の“甘い味”と激痛とともに、塞がれる口――
「も、もごォォッ――!!」
青年は叫ぼうとするもむなしく、
――ヒュー……
――ス、トン……
と、血とリンゴのような甘味を生涯最後の味覚としながら、空に落ちて消えていってしまったのだ。
すぐ続けて、
――スタッ……
と、屋上の立ち上がりに、黒づくめの者は――、幽鬼は、降り立った。
「……」
と、幽鬼は、ニヤリ……♪ と嗤った。
その手には、赤いリンゴが――
ちなみに、いま落とした青年の仲間たちは、つい先ほど、みんな空に落としてしまっていたが。




