5.9 あの日から…さらに1年。来々軒
「ヘイ、らっしゃい。」
入り口のドアが開き、30くらいの男が2人、一緒に入ってきた。
「おや、お二人お知り合いでしたか、どうぞお好きなお席へ。」
今、店の中に入って来たのは、最近増えた常連のお客様二人。
一緒になったのは、始めてかな。
この店に客が同時に3人も入るなんて、何年ぶりか…。
ガラ
「あ、ヘイ、いらっしゃい…、こりゃ、雪でも降るのか?。」
まさかの4人目の客が、カウンターに座る。
「ラーメン、チャーハン、餃子ね。」
「いつもご贔屓に。少々お待ちを。注文、ラーメン、チャーハン、餃子!。」
いつもの出前のお客さんだ、注文を受けるようになってから、数年経ったが、お会いするのは二度目かな。
(なんて日だよ、うちのお客さんが、揃ったぞ……これは…。)
「槍がふる?、いや、怪人が降ってくるかも…。」
奥から跡を継いだ息子が声をかける。
「親父、ぼーっとしてないで!。ほい、これ1番さんにチャーシュー麺野菜特盛。」
おっと、いけねえ、仕事、仕事。
いつもの大盛ラーメンを、1番テーブルにお届けする。
「はい、お待ち、チャーシュー麺野菜特盛です。」
1番テーブルのお客さんは軽く頭を下げると、もくもくと食べ始める。
彼も毎日昼と夜に来るが、会話嫌いなのか、何度か話かけたが返事はない。
最近じゃ、昼は「いつもの。」夜は「ご飯とおかずお任せで。」「ご馳走様です。」この言葉のみ。
今日は、昼来なかったので、夜ラーメンだ。
「親父さん、こっちも注文。」
「あいよ。」
振り向けば、さっき来た男性二人が、別々のテーブルに離れて座っていた。
(なんだい、お知り合いじゃなかったのかい。)
一人は、決まっているみたいだが、もう一人はまだメニューを見ている。
「ビールと、餃子、あとチャーシュー盛り合わせみたいなの出来る?。」
「かしこまり、そちらさんは?。」
「俺もビール、後、チャーハンでいいや、いつものスペシャルスープもらっても?。」
「かしこまり。」
「え、何それ、スペシャルスープって?!。」
「あー、いや、そちらさん閉店間際に来る事が多いので、麺が無い時に作った余りものの野菜全部スープにぶっ混む栄養満点スープをお出してから、こちらさんの定番で。」
「えー何それ、俺もそれちょうだいよ~、マジ疲れてて~。」
「ヘイ、スペシャルスープ2丁。」
厨房に声をかけて自分も中に入り息子を手伝った。
と言っても、俺が出来る事は配膳くらいで、ほとんどない。
毎日、厨房に立つ息子を見守っているだけだ。
息子が一緒に店に立つようになって、
(おや、何年たったかな。)
最近、記憶がちょっと曖昧で…。
毎日朝8時。
『おはようございます。○月□日月曜日、モーニングワイドの時間です。今日の最初のニュースはおめでたい話しが飛び込んできました!俳優の…』
テレビ番組を観て、今日は何年何月何日か確認。
そこから今日の俺がスタートする。
昨日のことは覚えてない。
今日が終わる前に、明日の俺にメッセージを宛てる。
明日の俺に伝えたい伝言を記入し、厨房の冷蔵庫に磁石で止める。
(今日への伝言は、山梨の電話は7時頃、孫はスイミングだったな。)
夕方、山梨に住んでる孫とのテレビ電話が唯一の楽しみだ。
最近近所のスイミングスクールに通い始めたので、今日は電話の時間がいつもより遅い時間らしい。
本来なら忙しい時間だが、どうせ客なんて来ない。
と、思っていたのに、まさかの千客万来?
(うちの常連さん、4人だけだけどな)
こりゃ、電話できるのは、8時ごろになるか。
「親父、スペシャルスープ2丁あがったよ」
「あいよ!」
熱々のスープをテーブルの二人に配膳する。
「何これ!うま!」
「はぁ~優しい、癒される」
二人ともレンゲを持つ手が止まらない。
「俺も今度から頼もうかなー?」
「いつもありがとうございます」
厨房に戻るとうれしそうな息子と目が合う。
1番テーブルのお客さんはこちらに背を向けて黙々と食べて顔は見えないが、帰る時は来た時よりちょっと幸せそうに帰っていく。
俺は、毎日その些細な変化を見逃してないぞ。
カウンターのお客さんも、「…たまには出来立てもいいなぁ…」
小さかったけど、思わず出た本音!しっかり聞こえたよ。
美味しそうに食べるお客様を見れる、幸せな時だ。
(この光景が、見たかったんだ)
あの日、突然……
(いや、うまく思い出せないんだよなー、あの日の事…)
地面がカタカタ揺れ始めて…
一瞬だった。
目の前が炎に包まれふっ飛び、叩きつけられて…
気がついたら来々軒の中に立っていて、入り口から入る息子を迎えていた。
(バカだよ、お前、戻ってこなければ)
バカな契約をしてしまった息子を抱きしめる。
(お前の願い、嬉しいよ)
厨房に立ち、戦闘に行き、頑張っている息子を全力で応援すると、あの時決めた。
(頑張れよ、息子。)
どうやら、時は来たらしい
俺は、ここでずっと見守ってるからな。




