【第6話】繭(まゆ)の中のバチラス、起動する星の盾
大炎上と豪雨の嵐が去り、俺たちが地下シェルターのハッチを開けて外に出たとき、そこには奇跡のような光景が広がっていた。
空気の匂いが、変わっている。
燃えたメタンが残した適度な気圧と、温室効果。水が蒸発せずに「液体」として存在できる環境が整い、地表の低いクレーターには、すでに小さな「海」や川が姿を現していた。そして、雷の熱で毒を洗い流された土壌は、黒く瑞々しい輝きを放っている。
「……あれを見て!」
奈美が叫び、空を指差した。
地表のいたるところから、真っ黒な、だけど不思議と美しい植物のようなネットワークが、爆発的なスピードで這い回っていた。
地下の「芽胞」状態で大爆発をやり過ごしたカーボンキノコたちが、水分と肥料を吸って一斉に目覚めたのだ。さらに、その菌糸をエサにした遺伝子操作クモたちが、炭素繊維を含んだ強靭な「サイバーシルク」を3次元の網のように編み上げ始めている。
「がっはっは! 網の目のように綺麗に繋がってやがる! まさに惑星規模の巨大な電子回路だ!」
須佐さんが地表の導電ネットワークを見て快哉を叫ぶ。
「よし、仕上げだ。須佐さん、赤道の誘導コイルに、最初の初期電流を流してくれ!」
「任せな、凪! スサノオ・ドリルの全出力を、このカーボンベルトに直結する!」
須佐さんが魔改造重機のレバーを最大まで押し込む。
キノコとクモが赤道全周(2万キロ)に編み上げた巨大な導電性カーボンベルトに、強烈な電流が走り抜けた。
その瞬間――火星そのものが持つ「自転エネルギー」という巨大な回転運動が、このカーボンベルトと電磁気的に干渉を起こした。惑星規模のオルタネーター(発電機)が、ついに起動したのだ。
キィィィィィィィィン……!
耳鳴りのような、だけど大気を震わせる壮大な電磁音が響き渡る。
火星の赤道上空へ向けて、目に見えない巨大な「磁気のバリア(地球磁気圏と同等の盾)」が、ブワッと扇状に広がって惑星全体を包み込んでいくのが、俺の開拓UIにハッキリと映し出された。
『人工磁気バリアの展開を確認。太陽風および宇宙放射線の遮断率:99.8%』
『大気流出の完全停止を確認』
『火星開拓率:85.00%』
「やった……やったよ、凪くん! 太陽風が止まった!」
奈美が興奮のあまり、かけていた分厚い丸メガネを跳ね飛ばして俺にしがみついてきた。
その瞬間、メガネの外れた彼女の素顔が間近に迫る。長い睫毛に、吸い込まれそうなほど大きな瞳。地球にいた頃は地味なボトルネックメガネに隠されていた、息を呑むような美少女の顔がそこにあった。
「あ……ご、ごめん!」
赤くなって離れる奈美に、俺もドギマギしながらも、空を見上げた。
太陽風が遮断された火星の夜空に、磁力線に沿って、見たこともないほど美しく巨大な緑と紫の「人工オーロラ」が、カーテンのように揺らめいていた。
「綺麗だな……」
「ああ、俺たちが、この星の新しい神話を作ったんだ」
須佐さんが静かに呟く。
盾は完成した。大気はもう宇宙へ逃げない。
俺たちは、地球から送り込まれた数万人の植物・藻類プレイヤーたちと合流し、雷が耕した肥沃な大地へ、一斉に緑の種を撒き始めた。30年の制限時間に向けて、火星が本当の「第二の地球」へと加速していく。
(第7話へ続く)




