CAST(五)
明るい。
扉が、四面すべてにある。
床に、図がある。
私が書いた図だ。
壁に、線が三本ある。
「……戻ってきたか」
私は図の脇にしゃがみ、線をもう一組、離して刻む。こんどは二本。
そして、別の扉を押す。開く。またぐ。
図がある。
線が三本ある。
その離れたところに、二本ある。
同じ部屋だ。
私は三度、これをやる。
四度目に入ったところで、壁の前にしゃがみこむ。
三本の刻みの隣に、もう一本ある。
四本目だ。
私はそれを、指でなぞる。
深さが、同じだ。
間隔も、同じだ。
角度も、線の入り口の潰れ方も、私が鋲を当てたときにできる、あの特有の返しの向きも、まったく同じである。私は自分の手癖を知っている。二十年、土器に番号を書いてきた手だ。この四本目は、私が刻んだと言われれば、私自身が信じる。
私は刻んでいない。
三本にしたのは、偶然と見分けるためだった。
見分けられなくなった。
私は座ったまま、部屋を見ている。
四つの扉。どれを押しても開き、どれをくぐっても、ここに戻ってくる。戻ってくるたびに、私の印は残っている。残っているのに、増えている。
考えるべきことは、扉ではない。
これまでの部屋では、扉を抜けた瞬間に、背後で必ず、かちり、と鳴っていた。閉まる音だ。私はそれを、通り過ぎたものの音として聞き流してきた。だが、この部屋で起きていることを、閉まる音の側から見ると、話が変わる。私が閉じたから、ここに戻されているのではないか。
確かめる方法は、一つしかない。
閉じさせないことだ。
私は残った靴を脱ぐ。それを持って、いちばん近い扉の前に立ち、押す。
開く。
私は扉と枠のあいだ、床に近いところに、靴をねじこむ。爪先を上にして、踵を枠側にして、体重をかけて押しこむ。
手を離す。
扉が戻ってくる。靴に当たる。止まる。
かちり、とは、鳴らない。
私は靴を残したまま、部屋を横切り、反対側の扉の前に立つ。
背後の扉は、開いたままだ。
指をくぼみにかけて、押す。
開く。またぐ。
背後で、かちり、と鳴る。
***
明るい。
床に、図はない。
壁に、刻みもない。
私はしばらく、その何もない壁を見ている。
足の裏が、冷たい。
私は壁際まで歩いて、いつものように靴を脱ごうとして、脱ぐべき靴がもう無いことに気づく。
片方は、穴に落とした。
もう片方は、扉に挟んできた。
鋲は、あちらにある。
私はもう、壁に名前を刻めない。
そのことを、私は扉をつっかえたときには考えていなかった。考えていたのは扉を閉じさせないことだけで、代わりに何を失うかは勘定に入れていなかった。勘定に入れていたとしても、たぶん同じことをした。それでも、失ったものは失ったものである。
書けないなら、見るしかない。
私は壁の前に立つ。
これまで、私は部屋に入るたびに、扉を数え、寸法を測り、条件を見きわめてきた。何が私を殺しにくるのか、どこから出られるのか。そればかりを見ていた。
いまは、それをやっていない。
やることがないので、私はただ、壁を見ている。
継ぎ目が、走っている。縦に一本、横に一本。それが、格子を作っている。
私は歩きながら、その格子を目でたどる。壁の下から一メートルのところに横の継ぎ目が一本。そこから上へ、等間隔で三本。縦は隅から数えて、四本目だけがわずかに寄っている。四本目だけが寄っているのは、型枠の板を一枚、幅を詰めて使ったからだ。最後の一枚は必ずそうなる。壁の幅と板の幅は、割り切れないのが普通である。
私は、次の壁へ歩く。
同じところに、同じ継ぎ目がある。
四本目が、同じだけ寄っている。
私は足を止める。
似ている、では済まない。
同じ板を、同じ順に、同じ向きで並べたのでなければ、こうはならない。板の幅は職人が現場で決めるもので、詰める一枚をどこに入れるかは、その日の気分でも変わる。それが四つの壁で揃うということは、四つの壁を同じ型で打ったということだ。
そして私は、いま初めて、思い出す。
前の部屋の壁も、こうだった。
その前の部屋も。
水が湧いた部屋と、天井の下がってきた部屋については、確かなことが言えない。あのとき私が見ていたのは扉と、水位と、天井の縁だけで、壁の面をまともに見た覚えがない。
だが、そうだったと言われれば、そうだったような気がする。
違っていたと思う理由が、何一つない。
私は天井を見上げる。
隅に、ざらついた一画がある。
私は、しばらく動かない。
型枠の角まで材が回りきらず、砂利が表に出て、肌が荒れている。どんな現場でも隅にはできるもので、直すほどのものでもない。私は最初の部屋でそれを見て、ここを打った職人は隅の締めが甘い、と思い、そのことだけを思って、目を離した。
同じ形をしている。
同じ大きさで、同じ隅にある。
職人の癖ではない。
部屋がいくつあるのかを、私は知らない。八つか、八十か、それとも数えることに意味がないほどあるのか。だが、いくつあろうと関係がない。それらは一つずつ作られたのではなく、一つの型から出てきたのである。
私は、自分が何を数えてきたのかを考える。
歩数を数えた。扉を数えた。線を数えた。
数えるというのは、目の前のものを一つずつ、別のものとして扱うことだ。私はこの場所を、部屋の連なりとして数えてきた。暗い部屋、音のない部屋、水の部屋。一つずつ違う場所として、一つずつ攻略してきた。
違った。
型に弱いところがあるなら、その型から出たものすべてに、同じ弱いところがある。
同じ隅に。
同じ大きさで。
材が回りきっていないということは、そこだけ密度が低いということであり、密度が低いということは、そこだけが他よりもろいということである。私は道具を持っていない。だが、道具を持っていない男が硬いものを割る方法を、我々の仕事は昔から知っている。弱いところを、一点だけ、何度も叩く。
問題は、天井の隅に手が届かないことだ。
私は笑う。
届かないという問題なら、私はもう一度、解いている。
天井の下がってくる部屋が、この場所には確かにある。
そこへ戻る道は、分からない。分からないが、扉はいくつもあり、私は扉を開けることだけは、これまでずっとやってきた。
「なるほど」
私は裸足で、扉の前に立つ。
「やってみよう」
指を、くぼみにかける。
押す。




