ももよばやし(六)
行き止まりだ。
正面に壁がある。左にも壁がある。右にも壁がある。家と家のあいだに入りこんだところで、その先は塞がっている。
わらしは壁に手をつく。
押す。
動かない。
振り返らない。
しゃがむ。
膝を抱えて、顔を膝のあいだに入れて、目を閉じる。
囃子が入ってくる。
狭いところなので、音が壁に当たって返ってくる。太鼓が二重に聞こえる。笛が耳のすぐ横で鳴っているみたいに聞こえる。
足音が近づく。
いくつも近づく。
ずるずる。
しゃり、しゃり。
ひた。
ひた。
何かが、すぐ前で止まる。
息の音がする。
低いところから聞こえる。わらしの顔の高さと、同じくらいのところから。
匂いがする。
地面が鳴る。
どん。
囃子が、少しだけ止まる。
どん。
もう一度。
近い。
わらしのしゃがんでいる地面が、鳴るたびに震える。膝の下の土が、細かく跳ねる。
どん。
すぐそこだ。
風が来る。
上から来る。何か大きなものが動いたときに起きる風だ。
前にあった息の音が、ふっと遠ざかる。
わらしは目を閉じている。
体が浮く。
脇の下に、何かが入る。太くて、硬くて、その外側が毛でおおわれている。
持ち上げられる。
高い。
上がっていく。
わらしは目を開ける。
黒い。
目の前が、ぜんぶ黒い。
毛だ。
顔のすぐ前に毛がある。わらしは、そこに入れられている。腕と、胸のあいだのくぼみのようなところだ。腕がまわされていて、落ちないようになっている。
外は、ほとんど見えない。
毛のすきまから、細く見えるだけだ。
そのすきまから、通りが見える。
通りには、たくさんいる。
大きいのがいる。平たいのがいる。足がたくさんあるのがいる。細長くて、途中で折れているのがいる。明かりを提げているのもいる。
ぜんぶ、止まっている。
こっちを向いている。
それが、下がる。
一つ、下がる。
そのうしろのも、下がる。
明かりを提げているのが、明かりごと後ろへ動く。
囃子が、少しずつ小さくなる。
太鼓の間が空く。笛が途切れる。
止まっていたものが、向きを変える。
のっぽは、動かない。
立っているだけだ。
腕をふりまわしもしないし、声も出さない。
ただ、そこに立っている。
通りのものが、行ってしまう。
音が、遠ざかっていく。
角を曲がって、聞こえなくなる。
静かになる。
わらしは、毛の中にいる。
あたたかい。
獣の匂いがする。濡れた獣の匂いだ。昨日、裏で嗅いだのと同じ匂いだ。
顔の前の毛が、息をするたびに動く。
わらしの息ではない。
その下で、大きな音がしている。
どく、どく、と、ゆっくり鳴っている。
わらしは、毛を掴む。
両手で掴む。
掴んだまま、動かない。
わらしは、毛のすきまから外を見る。
通りは暗い。
明かりが一つもない。囃子も聞こえない。
わらしは、来た方を見る。
家と家のあいだの暗いところが、いくつも並んでいる。どれも同じかたちをしている。どこを走ってきたのか、分からない。
ほおずきは、そのどこかにいる。
わらしは、自分の手を見る。
さっきまで、ほおずきの手を掴んでいた方の手だ。
ひらいている。
指のあいだに、何もない。
手のひらに、爪の跡が四つついている。ほおずきの爪ではない。自分の爪だ。
汗は、乾いている。
歯が鳴る。
上と下の歯が、細かくぶつかって、かちかち鳴っている。止めようとして口を閉じると、こんどは顎のあたりが震える。
息が、うまく入らない。
吸うところで引っかかって、途中で止まって、それからまた少しだけ入る。
目は開いている。
まばたきをしていない。
わらしは、毛に顔を押しつける。
押しつけて、こすりつける。
顔をぜんぶ埋めて、左右に動かす。表の毛は硬い。奥の方はやわらかい。やわらかい方まで顔を入れる。
濡れた獣の匂いがする。
あたたかい。
頬も、耳も、首のうしろも、あたたかい。
わらしは両手で毛を掴んで、もっと深く顔を入れる。
その向こうで、どく、どく、と鳴っている。
のっぽが、しゃがむ。
しゃがんで、それから、地面に座る。
腰を下ろすとき、地面が一度だけ鳴る。
どん。
そのあと、動かなくなる。
背中に、何かがあたる。
大きい。
手だ。
指の一本が、わらしの背中いっぱいくらいある。
その指が、背中を叩く。
とん。
しばらくして、また叩く。
とん。
同じところを、同じ強さで叩く。
胸の奥で、音がしはじめる。
低い。
ずっと低いところで鳴っていて、耳よりも、頬骨のあたりに響く。
声ではない。
うなり声でもない。ただ、同じ高さの音が、切れずに続いている。
節がない。
囃子には節があった。同じところを何度も繰り返していた。これには、それがない。
上がりもしないし、下がりもしない。
はじまりも、終わりもない。
とん。
外で、音がする。
引きずる音が、遠くを通っていく。
こっちには来ない。
とん。
歯が鳴らなくなる。
いつのまにか、鳴らなくなっている。
顎の震えも、止まっている。
息が、下まで入る。
入って、出る。
もう一度入って、出る。
指がひらく。
掴んでいた毛が、手のひらから離れる。離れたところに、毛が何本か残っている。
わらしは、その手を見る。
暗くて、よく見えない。
もう一度、毛を掴む。
こんどは、そっと掴む。
外で、囃子が通る。
近い。
家の前を、笛と太鼓が通り過ぎていく。明かりが動いて、毛のすきまから細い赤が入ってくる。
のっぽは動かない。
わらしも動かない。
囃子は、そのまま行ってしまう。
長い。
何度も、音が近づいて、遠ざかる。
そのたびに、背中に指が来る。
とん。
わらしは、まばたきをする。
一度する。
それから、もう一度する。




