ももよばやし(二)
外に出ると、日が高い。
「大人はさ」とざるが言う。「どこ行ったんだろね」
なまずが振り向く。
「また言ってる」
「だって、いないじゃん」
「いねえよ」
「なんで」
「知るか」
「なんでいないの」
「知るかって言ってんだろ」
ざるは口をとがらせる。それから、わらしの顔を見る。
「ねえ、そらわらしは、大人みた?」
わらしは、首をふる。
「ほらね」
「ほらねじゃねえよ。そいつ今朝来たんだぞ」
「じゃあ探そうよ」
「はあ?」
「探そう。いるかもしれないもん」
なまずは、しばらく黙っている。
通りの先を見て、それから、うしろを見る。どっちも、おなじように家が続いている。
鼻を鳴らす。
「……しょうがねえな」
四人で探す。
暖簾をめくる。
覗く。
いない。
次の家に行く。
戸を引く。戸は軽い。指をかけただけで、すっと開く。開いたあと、少し戻ってきて、そこで止まる。
土間。板の間。奥に段がある。段は急で、幅がせまい。ほおずきが四つん這いで上がる。わらしも四つん這いで上がる。板が冷たい。
上には部屋がある。
部屋には布団が敷いてある。
布団はふくらんでいる。まん中のあたりが、人のかたちに盛り上がっている。掛けているものの端が、めくれずにきちんと入りこんでいる。枕にはくぼみがある。
なまずが、掛けているものをめくる。
いない。
「いねえ」
わらしは、くぼみに手を入れる。
つめたい。
次。
火鉢がある。灰は白い。白い灰の中に、赤いのが埋まっている。表面は灰をかぶって黒くなっているが、風が来ると、そこだけがふっと明るくなる。
なまずが手をかざす。
「あちっ」
「あついの?」
「あついよ」
ざるも手をかざす。
「ほんとだ」
ほおずきもかざす。わらしもかざす。
あたたかい。
顔にあたる。
しゃがんで顔を近づけると、目のあたりまであたたかくなる。灰の匂いがする。
なまずが立ち上がって、部屋の中を見まわす。
「さっきまでいたんじゃねえのか」
「じゃあどこ行ったの」
「知るか」
次。
湯屋がある。ほかの家より戸が大きくて、上に木の札がぶら下がっている。札には字が書いてある。
戸を開けると、白いのがもわっと出てくる。
顔にかかる。
熱い。
中は暗い。天井が高くて、ずっと上の方に小さな窓があって、そこから光が斜めに一本落ちている。落ちたところに白いのが立ちのぼっていて、光の中でだけ、それがぐるぐる動いているのが見える。
目が慣れてくると、大きな四角い湯船が見える。
湯がはってある。
たぷん、と音がする。
誰も入っていないのに、水面が少しだけ動いている。
なまずが指を入れる。
「あちー」
「はいる?」
「あとでな」
わらしも指を入れる。
熱くて、すぐに抜く。
抜いた指を、着物でふく。
次。
履物が脱ぎっぱなしになっている。土間に、向きもばらばらに。片方だけひっくり返っているのもある。
大きいのばかりだ。
わらしは、そのうちのひとつに足を入れてみる。
大きすぎる。
歩くと脱げる。
ほおずきが笑う。
わらしは、もう一度入れて、もう一度歩く。また脱げる。
ほおずきがまた笑う。
ざるも笑う。
なまずが戻ってきて、「何やってんだ」と言う。言いながら、自分も足を入れる。
脱げる。
四人で笑う。
そのうち、誰も戸を開けなくなる。
ざるが井戸のところで水を汲みはじめる。桶を落とすと、下の方で音がする。ずいぶんしてから音がする。それから綱を引く。重い。ほおずきが手伝う。わらしも綱を持つ。三人で引くと、綱がぎしぎし鳴って、桶が上がってくる。
上がってきた水は、冷たい。
手を入れる。
冷たくて、指が痛くなる。
ざるが手ですくって、なまずにかける。
「うわっ、てめえ」
「あはは」
なまずが桶をかたむける。ざるが逃げる。ほおずきが逃げる。わらしも逃げる。
通りを走る。
足の裏が、平らな土をつぎつぎ叩く。石も落ちていないし、水たまりもないし、つまずくところもない。走っても、走っても、道は同じかたちのまま前にある。両がわの格子が横に流れていって、格子の黒と、家と家のあいだの暗いところが、かわりばんこに目の端を通っていく。
上では赤いのがいっせいに揺れる。
日があたる。
風が通る。
わらしは走りながら、上を見る。
赤いのが流れていく。
ずっと流れていく。
そのうち、日が傾く。
赤いのが、ほんとうに赤くなる。
日がだんだん低いところから射すようになって、通りの片がわだけが明るくなる。明るい方の家は、格子の一本一本まで、はっきり見える。もう片がわは、屋根から下がぜんぶ影に入っていて、格子も戸も、まとめてひとつの黒い面になっている。
その黒い面が、少しずつ広くなる。
なまずが立ち止まる。
急に立ち止まったので、ほおずきがぶつかる。
「なまず?」
なまずは答えない。
通りの先を見ている。
先の方は、もう青くなっている。日の当たっていない青が、家と家のあいだに溜まって、それが道の上まであふれてきている。あふれたのがこっちに向かって伸びてくる。伸びてくるといっても、見ていると分からない。目を離して、また見ると、さっきより近い。
「戻るぞ」
「えー、まだ明るいよ」
「戻るっつってんだろ」
なまずの声が変わっている。
戻ったのは、いちばんはじめに膳のあった家だ。
なまずが戸を閉める。
つっかい棒をかける。
かけてから、両手で押してみる。動かない。もう一度押す。それから、やっと手を離す。
奥の部屋に四人で入って、そこの戸も閉める。
暗い。
窓には板が打ちつけてあって、そのすきまから、細い線みたいな明るさが何本か入っている。線は畳の上に落ちていて、だんだん色が変わっていく。白から、黄色になって、それから赤くなる。
なまずが、わらしの前にしゃがむ。
「そらわらし。よく聞け」
わらしは見る。
「もうすぐ暗くなる。暗くなったら、やばいのが来る」
「やばいの?」
ざるが言う。
「おまえは黙ってろ。何べん聞いたと思ってんだ」
なまずは、わらしから目を離さない。
「いいか。見るな。とにかく見るな」
わらしは、まばたきをする。
「音がしても、見るな。窓の方も見るな。呼ばれても見るな。呼ばれるからな、ときどき。名を呼ぶ。それでも見るな。下だけ見てろ。板でも、自分の足でも、なんでもいい。下だけ見てりゃ朝になる」
ほおずきが、わらしの袖を掴む。
今度は、掴む。
「見たら、来る」
なまずは、そこまで言うと、立ち上がる。
「あかりはつけねえ。しゃべるのもなしだ。寝てもいいけど、寝返り打つときに顔上げんじゃねえぞ」
四人で座る。
膝を抱えて、下を向く。
板の目が見える。
赤い線が細くなる。
細くなって、切れる。
板の目が見えなくなる。
外で、赤いのがかさかさ鳴っている。
それも、そのうち聞こえなくなる。
そして、ずっと遠くの方から、お囃子の音が聞こえる。




