ももよばやし(一)
目が覚める。
空が白い。
わらしは通りのまん中に寝ている。背中の下は土だ。乾いていて、あたたかい。
起き上がる。
縞の着物の裾に土がついている。手で払う。払っても色は変わらない。もとから褪せている。
前髪が目にかかったので、指でわける。
通りはまっすぐだ。どこまでもまっすぐで、両がわに家が並んでいる。家はどれも背が同じで、屋根の線が向こうの方までひと続きに揃っている。手前の家も、その次の家も、ずっと先の小さくなった家も、おなじ高さのところで切りそろえられたみたいになっている。
家の前には格子がある。
格子は塗ったばかりみたいに黒い。
指でなぞると、つるつるしている。爪を立ててひっかいても、跡がつかない。
軒には赤いのがぶら下がっている。ずらっと。右にも、左にも。上の方が細くて、下の方がふくらんでいて、底に黒い輪がついている。風が来ると、いっせいに揺れて、かさかさ鳴る。鳴りながら、影が地面の上を右へ左へすべる。
わらしは口をあけて、それを見上げる。
しばらく見ている。
赤いのは、いくつあるか分からない。三より多い。
道には、石ころも、紙くずも、落ち葉も落ちていない。土は平らにならしてあって、箒の筋が細く残っている。筋は家の前から道のなかほどまで来て、そこで止まっている。止まったところから先には、また別の筋がある。それがずっと先まで、少しずつ向きを変えながら続いている。
わらしは、その筋の上にしゃがむ。
指でなぞる。
筋が消える。
消えたところに、指の跡が残る。
わらしは足の裏を見る。
土がついている。
足音がする。
三つ。
向こうから走ってくる。だんだん大きくなって、目の前で止まる。
いちばん大きいのが、腰に手をあてて、わらしを見おろす。
口が横にやたら大きい。笑っていないのに、笑っているみたいに見える。頭のうしろに、寝ぐせが二本、髭みたいに跳ねている。
「おい」
わらしは見上げる。
「おまえ、どっから来た」
わらしは何も言わない。
「聞いてんだぞ」
言わない。
うしろにいた小さいのが、大きいののうしろから顔を出す。ほっぺたがまるくて、赤い。
「なまず、こわがってるよ」
「こわがってねえよ。なあ」
なまずと呼ばれたのが、顔を近づけてくる。近い。口が大きい。
わらしは、一歩さがる。
「ほらこわがってる」
「うるせえ、ほおずき」
もうひとりが、横からのぞきこんでくる。女の子だ。手にちいさな石をいくつも持っていて、話しながらぱらぱら落としている。落としても拾わない。
「ねえ、しゃべんないよこの子」
「しゃべれねえのかもな」
「しゃべれないの?」
わらしは、また見上げる。
女の子が石をもうひとつ落とす。
「ねえ、なまえは」
わらしは何も言わない。
なまずが腕を組む。
「名なんてどうでもいいんだよ。勝手にそう呼んでる。それだけのことだ」
なまずは、わらしを上から下まで見る。
「おまえ、どっから湧いたか分かんねえな。……そらわらしだ」
「そらわらし?」
「空から降ってきたみてえなもんだろ。朝はいなかった。昼にはいた。だったら上から落ちてきたんだ。だからそらわらしだ」
「そらわらしー」
女の子が、そう呼びながら跳ねる。持っていた石が全部落ちる。落ちたまま歩き出す。
「そいつはざるだ」となまずが言う。「なんでも落とす。持たせたそばから落とす。言ったそばから忘れる。水も溜まらねえし、話も溜まらねえ。だからざるだ。そっちの泣いてんのがほおずきだ。すぐ赤くなるからな」
「泣いてない」
「泣くだろ、すぐ」
わらしは、落ちた石を見る。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
あとは分からない。
なまずが顎で通りの先を示す。
「来い。いいもん見せてやる」
歩く。
四人で歩く。
なまずが先で、ざるがそのとなりで喋りつづけていて、ほおずきはわらしのすぐ横にいる。ほおずきはときどきわらしの袖を見る。掴みはしない。
家はずっと続く。同じような格子。同じような赤いの。ときどき、格子のかわりに暖簾が下がっている家がある。暖簾は色が濃くて、下の方だけ日に焼けて薄くなっている。風でめくれると、中が見える。見えるといっても、暗いだけだ。外が明るいので、中はよけいに暗い。
わらしは、めくれた暖簾の中をのぞく。
すぐに閉じる。
また風が来て、また開く。
「ここ」
なまずが立ち止まって、暖簾をめくる。めくったまま押さえて、顎で中を示す。
わらしは入る。
外の明るさが目に残っていて、はじめは何も見えない。まばたきを何度もする。だんだん、床の高さが分かってくる。土間があって、その先が一段高い板の間になっている。板は艶が出るまで拭かれていて、暗い中でも、そこだけがぬるっと光っている。
板の間に、膳が出ている。
椀がある。
皿がある。
箸が二本、揃えて置いてある。箸の先が、きっちり揃っている。
なまずが板の間に上がる。上がるとき、足の裏がぺたりと鳴る。
椀を持ち上げて、わらしの方に向ける。
湯気が出ている。
「な。腹が減ったらここ来い。ここじゃなくてもいい、どこの家でもだいたい出てる。膳が出てるとこは入っていい。出てねえとこは入っても何もねえ。それだけ覚えとけ」
ざるが横から手を伸ばして、椀を落とす。
汁がこぼれる。
「ざる!」
「あ」
「おまえ、ほんとに」
ざるは笑っている。
わらしは、こぼれた汁を見る。板の上に広がって、木目にそって細く伸びていく。湯気が細くなって、白いのがほどけて、消える。汁の色だけが板に残る。
なまずが別の椀を取って、わらしに差し出す。
わらしは受け取る。
両手で持つ。あたたかい。
飲む。
しょっぱい。
ほおずきが横に座って、自分の分をとる。ざるも座る。なまずも座る。
四人で食べる。
誰も、これが誰の膳なのかを言わない。
食べているあいだ、外から風の音がする。赤いのが鳴っている音だ。暖簾のすきまから、細い日がひとすじ入ってきて、土間の上に落ちている。日は動かない。ずっとおなじところにある。
わらしは、それを見ながら食べる。




