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魔法を捨てた次期公爵は、図書館の令嬢に恋をする  作者: 莉璃翠


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第9話 王宮からの知らせ

 夜会から一週間が経った。


 王立学園では、すっかり普段の日常が戻っていた。


 授業を受け、昼休みに友人と話し、放課後になれば図書館へ向かう。


 オリビアにとっては、それだけの毎日。


 そして、その毎日の中には――。


「ルーカス先輩、これ見てください」


「どれ?」


「この魔法式です」


 いつの間にか、ルーカスとの魔法研究が当たり前のように組み込まれていた。


 二人は今日も、図書館の奥にある研究用の机を使っていた。


「この部分、少し変じゃない?」


「やっぱりそう思います?」


「うん。ここだけ魔力の流れが逆になってる」


「じゃあ、こっちを先に動かして……」


 オリビアがペンを走らせる。


 ルーカスも隣から式を書き足す。


「こう?」


「そうです!」


「合ってた?」


「完璧です」


「それならよかった」


 最近のルーカスは、以前よりも魔法研究に夢中になっている。


 政治学科の授業では見せない表情。


 オリビアはその顔を見るのが好きだった。


「……先輩」


「ん?」


「やっぱり魔法、好きですよね」


「好きだよ」


 迷いのない返事だった。


「昔から?」


「昔から」


「じゃあ、どうして政治学科なんですか?」


 何度も聞いた話だった。


 それでも、オリビアはたまに聞きたくなる。


 ルーカスは少し考えてから答えた。


「僕は次期公爵だから」


「……」


「公爵家を継ぐなら、政治や外交を知らないわけにはいかないからね」


「大変ですね」


「まあね」


 ルーカスは笑った。


「でも、魔法を好きでいることまで諦める必要はないって、最近は思ってる」


 その言葉に、オリビアは嬉しくなった。


「それならよかったです」


「君のおかげかもしれない」


「私?」


「うん」


 オリビアが首を傾げる。


 そのときだった。


「ルーカス様」


 背後から声がした。


 二人が振り返る。


 そこにいたのは、学園の教師だった。


「少しよろしいでしょうか」


「はい」


 ルーカスが立ち上がる。


 教師は周囲を確認してから、小さな封筒を差し出した。


「王宮からです」


「……王宮?」


「先日の夜会に続き、正式なご連絡が」


 ルーカスは封筒を受け取った。


「分かりました」


「内容については、ご家族ともご相談ください」


「はい」


 教師が去っていく。


 オリビアは黙っていた。


 ルーカスが封筒を見つめている。


「……王宮からって」


「うん」


「何の手紙ですか?」


「まだ開けてないから分からない」


「そうですか」


 ルーカスは封筒を鞄にしまった。


「気になる?」


「少し」


「なら、あとで話すよ」


「いいんですか?」


「君には隠す必要ないから」


 そう言われて、オリビアは少しだけ安心した。


 けれど、その日の夕方。


 ルーカスは研究室へ来なかった。


 翌日も。


 その翌日も。


「……忙しいのかな」


 オリビアは一人で本を開く。


 魔法式を書いてみる。


 けれど、いつもならすぐに浮かぶ考えが、なかなかまとまらない。


 四日目の放課後。


 ようやくルーカスが姿を見せた。


「オリビア」


「ルーカス先輩」


 オリビアは顔を上げた。


「久しぶりですね」


「ごめん。少し王宮の用事が続いてて」


「大丈夫です」


「研究、進んだ?」


「一人でも少し進めました」


「さすがだね」


 ルーカスは向かいに座る。


 けれど、どこか疲れているように見えた。


「……先輩」


「うん?」


「王宮からの手紙、何だったんですか?」


 一瞬。


 ルーカスの表情が止まった。


「……婚約に関する話だった」


「え」


 オリビアの手が止まる。


「婚約?」


「正式に決まったわけじゃないよ」


「そうなんですか」


「うん。公爵家の跡取りだから、将来を考えて候補を挙げられただけ」


「……候補」


「そう」


 ルーカスは淡々と説明する。


「王家や上位貴族との関係もあるからね。僕自身だけで決められる話じゃない」


「なるほど……」


 オリビアは頷いた。


 理解はできる。


 公爵家。


 次期公爵。


 政治。


 家同士の関係。


 全部、知っている。


 それなのに。


 胸の奥が、少しだけ重かった。


「オリビア?」


「はい」


「どうしたの?」


「なんでもないです」


「……本当に?」


「本当です」


 笑ってみせる。


 けれど、うまく笑えている自信はなかった。


 ルーカスはしばらく彼女を見ていた。


 そして、静かに言った。


「まだ何も決まってないよ」


「……はい」


「だから、そんな顔しないで」


「どんな顔ですか?」


「分からないけど」


 ルーカスは困ったように笑った。


「少なくとも、いつもの君じゃない」


 オリビアは目を伏せる。


 どうしてこんな気持ちになるのだろう。


 ルーカス先輩に婚約者ができる。


 それは、彼が次期公爵なのだから当然のこと。


 そう思う。


 けれど――。


 いつもの席に座るルーカスを見ていると。


 その「当然」が、どうしても遠いものに感じられなかった。


「……研究、しますか?」


 オリビアが言った。


「うん」


 ルーカスも頷く。


 二人はいつものように本を開いた。


 魔法式を書き始める。


 けれど。


 今日だけは、二人ともなかなか研究に集中できなかった。

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