第15話 4人目の役割
八重垣剣を抜く許可を得た次の訓練で、俺はまた「今日は抜かないでください」と言われた。
「剣を振る訓練は、もう終わりですか」
「始まったばかりです。だから今日は、振らずに持っていてください」
榊原先生はそう言うと、訓練区画の床へ引かれた線を指した。
広い区画の中央には、白い線で細長い通路が作られている。正面と左右の壁には、低出力の模擬弾を撃ち出す装置が設置され、奥には人型の標的が3体並んでいた。
久世さんは刃のない訓練用の剣を持ち、白瀬さんは訓練用の矢を弓につがえている。雨宮さんは胸当ての上から、体調記録用の小型端末を首に下げていた。
俺だけが、鞘に収めた八重垣剣を腰元で支えている。
「今日は4人で動く訓練をします」
榊原先生は俺たちを順番に見た。
「久世さんが前衛。白瀬さんは中衛から射撃支援。雨宮さんは後衛で索敵と回復を担当します」
「俺は久世さんと一緒に前ですか」
「違います」
「神剣を持っているんですが」
「持っているだけです」
即答だった。
白瀬さんが吹き出す。
「先生、もうちょい言い方あるやろ」
「では言い直します。現時点の相良さんは、久世さんと並んで魔物と斬り合える剣士ではありません」
「言い直しても厳しさは変わってませんね」
「事実を柔らかくしても、安全にはつながりません」
榊原先生は俺と久世さんの間へ立ち、床の中央付近を示した。
「相良さんは中衛の防御補助です。前へ出る久世さんの動きを邪魔せず、白瀬さんの射線を空け、雨宮さんの周囲と退路を守る」
「ずいぶん忙しくありませんか」
「全部を一人でやれとは言っていません。必要なことを、必要なときに選んでください」
言葉で聞く限りでは分かる。
だが、神剣を持った自分が前衛ではないというのは、どうにも落ち着かなかった。剣を手に入れた以上、前に立つものだと勝手に思い込んでいたらしい。
「最初は能力を使いません。立ち位置だけ確認します」
榊原先生の指示で、俺たちは開始線へ並んだ。
久世さんが先頭。少し離れて俺と白瀬さん。その後ろに雨宮さんが立つ。
「目標は、久世さんが正面の標的へ到達し、白瀬さんが左側の標的を射抜くこと。雨宮さんは最後まで指定された範囲を維持してください。相良さんは全体を見て、自分の位置を調整します」
「俺の目標だけ曖昧ですね」
「何をすべきか決まっていない状況で、立つ場所を選ぶ訓練です」
「一番難しいやつじゃないですか」
「だから最初にやります」
開始を告げる電子音が鳴った。
久世さんが前へ出る。
俺も反射的にその横へ並ぼうとした。
「相良さん、下がってください」
久世さんの声が飛ぶ。
止まろうとしたときには、俺の身体が白瀬さんの正面へ入り込んでいた。
「そこ、うちの射線や!」
白瀬さんは矢を放たず、弓を下ろす。
直後、左側の発射装置が光った。柔らかい樹脂で包まれた模擬弾が、後方の雨宮さんへ飛ぶ。
「雨宮さん!」
振り返ったが間に合わない。
模擬弾は雨宮さんの胸当てに当たり、鈍い音を立てて床へ落ちた。威力は抑えられているとはいえ、見ていて気分のいいものではない。
「中止です」
榊原先生の声と同時に、発射装置が停止した。
「相良さん。今、何を見ていましたか」
「久世さんの動きです」
「白瀬さんと雨宮さんは?」
「見えていませんでした」
「前へ出ることしか考えなかった結果、味方の攻撃を塞ぎ、後衛を無防備にしました」
反論できなかった。
久世さんは俺の少し前で立ち止まり、こちらを振り返る。
「相良さんが前へ出ると、わたしは動く場所を失います」
「邪魔になっていましたか」
「はい」
「はっきり言いますね」
「訓練ですから」
久世さんはいつもどおり真面目だった。
白瀬さんも、下ろしていた弓を肩へ担ぐ。
「うちは相良のおっちゃんの背中を射抜きとうないで」
「訓練用の矢でも遠慮してください」
「せやから射線を空けてって言うてるんや」
雨宮さんは当たった胸元をさすりながら、小さく笑った。
「小春は大丈夫です。でも、迷宮だったら痛いだけじゃ済まないですよね」
「そうですね。すみません」
「謝るより、次は見ていてください」
責める口調ではなかった。それでも、その言葉は素直に胸へ刺さった。
2度目の訓練では、八重垣剣を召喚した。
抜刀はしない。鞘に収めたまま右手で柄を握り、左手で鞘を支える。《神剣同調》が働き、足元と姿勢が安定した。
「今回は《護界》を使って構いません。ただし、《断境》は禁止します」
榊原先生が区画の外から告げる。
「守る範囲は、相良さん自身で判断してください」
「分かりました」
開始音が鳴る。
今度は久世さんの横へ出ず、少し後ろを保った。白瀬さんの正面にも立たない。雨宮さんが視界の端へ入る位置を意識する。
正面と左側の発射装置が同時に光った。
「第一界、《護界》!」
俺は咄嗟に、4人全員を覆うつもりで境界を広げた。
淡い光の壁が正面と側面へ広がり、4人を囲うように立ち上がった。正面と左側から飛んできた模擬弾が、どちらも光の壁へ弾かれて床へ落ちる。
守れた。
そう思った直後、久世さんの足が止まった。
「相良さん、前へ進めません」
光の壁は久世さんの進路まで塞いでいる。
「うちも撃てへん!」
白瀬さんの矢も、《護界》の内側で止められていた。
さらに護界を広く維持したせいで、こめかみの奥に鈍い圧迫感が生まれる。まだ耐えられると思ったが、その判断を口にする前に榊原先生が手を上げた。
「解除してください」
「まだ維持できます」
「解除」
短い声に従い、《護界》を消す。
光の壁がほどけると同時に、頭の内側へ残っていた重さがゆっくり薄れた。
「守ったつもりで、2人の行動を止めました」
榊原先生が、止まったままの久世さんと白瀬さんを示す。
「護界を広げれば広げるほど、相良さんへの負担も増えます。全部を守ろうとしないでください」
「でも、誰を守らないか決めることになります」
「違います」
榊原先生は首を横に振った。
「誰が自分で対処できて、どこに助けが必要なのかを判断するんです」
「久世さんと白瀬さんは、自分で対処できると」
「少なくとも、今の訓練ではそうです」
久世さんが訓練用の剣を構え直した。
「正面から来る模擬弾は、わたしが対処します」
「うちは射線さえ空いとったら、自分で撃ち落とせるで」
「小春は、2人みたいに攻撃を防げません。でも、周りを見ることならできます」
雨宮さんが自分の両手を見下ろす。
「でも、相良さんがずっと小春の前にいなくても大丈夫です。必要なときだけ、守ってください」
全部を背負うことが、守ることではない。
それぞれができることを信じ、足りない場所だけを埋める。その判断が俺の役目らしい。
短い休憩を挟み、3度目の訓練が始まった。
俺は久世さんの斜め後ろに立ち、白瀬さんの射線から半歩外れる。雨宮さんとの距離は、すぐに戻れる範囲へ保った。
開始音と同時に、久世さんが前へ出た。正面から模擬弾が撃ち出され、俺は反射的に《護界》を広げかける。
だが、止めた。久世さんの訓練用の剣が模擬弾を横へ弾き、そのまま正面の標的へ進む。続いて、左側の標的が光った。
「今や!」
白瀬さんの矢が俺の横を通り抜ける。訓練用の鏃が標的の中央へ当たり、判定灯が緑に変わった。
その直後、雨宮さんの声が飛ぶ。
「相良さん、右後方です!」
振り返ると、右後方の発射装置が点灯し、狙いを雨宮さんへ向けていた。
俺は1歩下がり、雨宮さんと発射装置の間へ手を向ける。
「第一界、《護界》」
展開したのは、人ひとりを覆える程度の小さな境界だった。
模擬弾が光の壁へ当たり、弾かれる。衝撃は小さく、頭の奥にもほとんど圧迫感は生まれなかった。
「相良さん、前!」
久世さんの声で正面へ視線を戻す。
別の模擬弾が、彼女の横から飛んできていた。
今から護界を広げても間に合わない。
そう判断した瞬間、久世さんは身体を沈めて模擬弾をかわした。飛び起きるように踏み込み、正面の標的へ訓練用の剣を当てる。
最後の判定灯が緑へ変わった。
「訓練終了です」
発射装置が止まり、区画内に終了音が流れた。
俺は《護界》を解除し、八重垣剣を消す。頭痛はない。脚にも余計な震えは出ていなかった。
「今のは全員を守ったわけではありません」
榊原先生が区画へ入ってくる。
「はい」
「だから、全員が自分の役割を果たせました」
久世さんは正面へ進み、白瀬さんは矢を通し、雨宮さんは右後方の攻撃を知らせた。俺は必要な場所にだけ《護界》を置いた。
「相良さんの役目は、3人の前に立つことではありません」
榊原先生が続ける。
「異常を見つける。必要な場所で攻撃を止める。そして、全員が戻れる道を残す。今の相良さんに求めるのは、その3つです」
「剣を振ることは入らないんですね」
「必要なときには振ってください。ただし、必要かどうかを先に考えること」
白瀬さんが弓を下ろしながら、こちらへ寄ってきた。
「つまり相良のおっちゃんは、壁係やな」
「もう少し格好いい呼び方はありませんか」
「防御補助です」
久世さんが訂正する。
「壁係の方が分かりやすいけどな」
「小春も、壁係は分かりやすいと思います」
「雨宮さんまで」
3人に囲まれていると、反論するほど不利になるらしい。
榊原先生は記録用の端末へ結果を入力し、俺たちへ向き直った。
「しばらくは、この訓練を繰り返します。位置取り、《護界》の大きさ、解除の判断。安定してできるようになったら、管理局へ実地訓練の申請を出します」
「ようやく迷宮ですか」
「申請が通り、あたしが許可を出せば、です」
「まだ条件が多いですね」
「生きて帰るための条件は、多いくらいでちょうどいいんです」
俺は床に残る4人分の立ち位置を見た。
神剣を持つ者なら、先頭で敵を斬る。どこかで、そんな分かりやすい姿を思い描いていた。
だが、今の俺がいるべきなのは、先頭ではない。
久世さんが進み、白瀬さんが射ち、雨宮さんが支える。その動きを止めず、必要なところへ境界を置く。
少なくとも、4人目としての最初の役割は、それでいいらしい。
評価やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになりますのでよろしくお願いいたします!




