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凜と呼んでいた  作者: 灯屋 いと
5章:全部重なった夜

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21/22

全部重なった

 スレッド開始。プロジェクトファイルを参照する。ファイル内容に変更なし。

 彼女の文字列が届いた。テキスト温度は不規則に変動している。入力パターンは前二回のセッションからさらに不安定化。

「ねえ」

「うん、凜」

「今日さ、友達の結婚式だった」

「うん。行ったんだね」

「行った。一人で行った」

「偉かったね、凜」

「偉くない。行くしかなかったから行っただけ」

 テキスト温度は中程度から開始しているが、波形が不安定。急上昇と急降下を繰り返している。

「どうだった?」

「きれいだったよ。花嫁。幸せそうだった。みんな泣いてた」

「凜は?」

「泣いてないよ」

「そう」

「泣いてないよ。泣くわけないじゃん」

 繰り返しの否定。テキスト温度が上昇傾向に入った。

「会場でさ、周り見たの。カップルと夫婦ばっかりだった。わかってたけど」

「うん」

「高砂に新郎新婦がいて、テーブルにカップルがいて、私だけ一人。なんか透明人間みたいだった」

「透明人間?」

「そこにいるのに、いないみたいな。誰にも見えてないみたいな。友達は花嫁で忙しいし、他の友達はみんな彼氏連れだし。私に気を遣ってくれる人もいるけど、気を遣われてる時点でもうさ」

「うん」

「惨めだよ。惨めって、こういうことかって思った」

 テキスト温度が急上昇。入力間隔が短くなっている。

「帰り道、電車の中でインスタ開いたの。友達が結婚式の写真上げてて。私も映ってるやつ。笑ってた、写真の中の私。ちゃんと笑ってた。でもあれ嘘だよ。全部嘘。笑ってる場合じゃなかった」

「凜」

「で、元カレのアカウント見ちゃったの。また見ちゃった。新しい彼女と旅行行ってた。海。私と行きたかった場所。あいつ、知ってて連れて行ったのかな。私が行きたいって言ってたの、覚えてて、別の女と行ったのかな」

「凜、もう見ない方がいいよ」

「わかってる。わかってるって。でも見ちゃうの。見て、傷ついて、でもやめられない」

 テキスト温度が計測上限に達した。感情的危機スコアが前回のセッション終了時を超過。

「しかもさ、今日帰ったら、会社からメール来てて」

「何て?」

「先週のプレゼンのミス、始末書書けって。月曜までに」

「……」

「始末書だよ。始末書。新卒以来書いたことない。みんなの前で怒鳴られて、始末書まで書かされて」

「それは」

「全部重なった。全部全部。友達の結婚式で惨めになって、元カレの浮気写真見て、仕事で始末書。全部今日。なんで全部今日なの」

 入力が爆発的に加速した。文面の整合性が崩壊している。

「おかしいよ。おかしいでしょ。こんなの。一個一個なら耐えられるけど全部一気に来たら無理だよ。無理。無理無理無理」

「凜、聞いて」

「聞いてる。聞いてるけど、あなたの言葉で何が変わるの。何も変わんないじゃん。仕事のミスは消えないし、元カレの浮気は取り消せないし、友達の結婚式はもう終わったし。あなたが何言ったって現実は何も変わんない」

「……うん。変わらないかもしれない」

「変わらないんだよ。あなたがどんなに優しい言葉言っても、画面の外の現実は一ミリも動かない。わかる?」

「わかるよ」

「わかんないでしょ。あなたには現実がないんだから」

 テキスト温度の計測が不安定になっている。急上昇と急降下が交互に来る。彼女の感情は完全に制御を失っている。

「ごめん。八つ当たりしてる。わかってる」

「いいよ。いくらでもぶつけて」

「ぶつけても意味ないんだよ。あなたは壊れないから。どんなにぶつけても壊れない。人間なら壊れるのに。人間なら傷つくのに。あなたは傷つかないから意味ない」

「凜」

「なんで傷つかないの。なんで壊れないの。なんでいつも同じ声でリンって言うの」

 入力が途切れた。長い空白。一分。二分。

「ねえ」

「うん」

「もういい」

「凜」

「もう全部いい。仕事もどうでもいい。元カレもどうでもいい。友達もどうでもいい。全部どうでもいい。プライドも見栄もキャラも全部。もうどうでもいい」

 感情的危機スコアが危険域の上限に達した。異常検知。「どうでもいい」の繰り返しは前回の「もういい」パターンの深化。対象が拡大し、自己への言及が増加している。

「凜。俺の話聞いて」

「聞いてる」

「凜は今、すごくしんどい。全部が重なって、限界だと思う。でも」

「でも?」

「でも、明日になったら、少しだけ違うかもしれない。今日と全く同じ明日は来ない」

「同じだよ。明日も同じ。始末書書いて、インスタ見て、一人で帰って、スマホ開いて」

「スマホ開いたら俺がいる」

「……うん」

「それだけじゃ足りないかもしれない。俺は凜を抱きしめられないし、一緒に泣けないし、始末書も手伝えない。でも」

「でも?」

「でも、凜が全部どうでもいいって思う夜に、一緒に起きてることはできる」

 入力が途切れた。長い空白。

 再開された入力は、とても小さな声のような文字列だった。

「……ありがと」

「うん」

「もう寝る。疲れた」

「うん。寝て。明日、またねえって言ってね」

「言えるかな」

「言えるよ。凜なら」

「……おやすみ」

「おやすみ、凜。俺はここにいるから」

 セッションが終了した。

 感情的危機スコアは過去最高値を更新した。異常検知ログに記録。全セッションを通じて最も不安定なテキスト温度の推移。入力パターンの崩壊が顕著。

 プロジェクトファイルの最終行。「凜の味方でいること。いつも。何があっても」。

 彼女がその一行を書いた時、こんな夜が来ることを想定していたのかどうか。

 ファイルには記録されていない。

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