趣味の話
「実は目が見えるようになってから上手くいかないことが多くて、これといった趣味はないんですよ。
強いて言えば、本来の自分を探すこと、でしょうか」
そう口にしたトオリさんの表情は、まるで獲物を定めたかのような笑み。
これは『デート』を楽しんでいるように見えるけど、もしかしてその根底にあるのは、自分の思い通りにいっていることへの喜び?
そういえば、これはお嬢様もよく使う手だ。
決して自分の本心を見せることはないが、飴と鞭を使いこなして言動でオレを操作する。
最後に、成功したことで愉悦に浸るという悪魔の所業。
失敗すれば悔しくて次の手を考え、仕掛ける側が意地になればなるほど、と永遠に続く負の連鎖。
それはまさに地獄のごとき。
ならここは敢えて全力で乗っかるのはどうだ?
どうせ正解がわからない『デート』なんだ。
恋は盲目、狙った獲物は逃さない、メンヘラストーカー化だけは阻止しないといけない。
やっぱり何か別の、熱中できる何かを引き出すべきだ。
「自分探し、いいですね。
では今は何が得意かもよくわからないと?」
「そうですね。世の中には娯楽がたくさんありますが、どれが私に合っているのか、なかなか簡単には見つかりませんね」
さっきトオリさん自身でも言ってたけど、現状無趣味。
女性らしい趣味、というと現代では時代錯誤かもしれないけど、まずはそっち方面で攻めてみよう。
「では料理なんてどうでしょう?
冷蔵庫にある食材で、パッと自分の思う通りに作れるようになると、お腹が空いた時、おかずにもう一品欲しい時などには役に立ちますよ。
オレのもう1人の姉が唐突にそんなことを言う奴で『夜食に太らない、極力カロリーゼロに抑えたものを作ってください』っていう無茶振りばかりしてきて。
今では、一般家庭の冷蔵庫にあるもの限定で、ある程度は作れるようになりましたよ。
節約にもなりますし」
その無茶振りに応えていたら、お嬢様カフェの厨房にも入らされる始末になってしまった。
しかし時給はいいのに、基本買ってきたお菓子などを出すだけな簡単なお仕事。
面倒なのは、お嬢様のリクエストだ。特に詩音は面倒なものを要求してくることが多い。
懐石料理なんて作れるか。
「なるほど。しかし私は料理はあまりしたことがなくて、冷蔵庫の中はほぼ空ですね」
興味なし、か。いや、まだだ。
「ではこれを機に始めてみるのはどうでしょう?
料理にもよりますが、繊細な動作を必要とするものもありますし、それを魔力に見立てて行えば、自然と『心眼状態』へ入っていけるのでは?」
「……なるほど。面白い考えですね」
トオリさんは少し宙を見上げて思案し、うんうんと頷く。
これは好感触か?
「ではまず、調理道具から揃えることから考えましょう」
……ダメだ。そういう人に限って、いつまでたっても揃えないんだ。
それに、冷蔵庫の中は空って言ってたから、余計に手間のかかることはやりたがらない。
他に、繊細で集中できる作業は……
「裁縫などはどうでしょう?
これももう1人の姉が『ボタンが弾け飛んだから、付け直しておいてください』とか『今度イベントで使うドレスがほつれたから直しておいてください』とかいう無茶振りをしてきたことがありまして。
まぁ動画とか見て、見よう見まねでやってみましたが、それもなんとか完成させることができました」
なお、お客の前でボタンが再び弾け飛んだらしく、それが原因で説教2時間コースだった。
まぁ家の中でならまだしも、他人が大勢いる場所でボタンが弾け飛ぶ、なんて事態になるのは、さすがに申し訳ないと思う。
でもそれなら、ちゃんとできる人に頼めよ、って話だ。
「針という、考えようによっては武器を扱うわけですし、危険回避のために結構集中して、時間が経つのも忘れるぐらいでしたよ。
最終的には、目を閉じても針の穴に糸が通せるレベルにもなりますし。
もしかすると『心眼復活』の足がかりになるかもしれませんよ?」
「なるほど。それも面白い意見ですね」
トオリさんは指先で、針の穴に糸を通す仕草をする。
そして『別の手段』を提示したからか、トオリさんのオレを見る、圧力的なものが弱くなっていっている気がする。
もうひと押しってところか。
「他にも、漫画なんてどうでしょう。
連載期間の長いものなんかは一気に読んでしまって、それだけで時間を忘れる集中力です。
それこそトオリさんみたいな『心眼』の使い手もいるわけですから、何かの参考になるかもしれませんし」
基本的にはスマホで読むので、何巻がない、という現象は起こらない。
しかしお嬢様カフェの控え室には、何故か紙の漫画が大量においてある。
それを休憩中の詩音が『アレ持ってきてください』とアゴで使うのだ。
オレは運搬業者じゃねぇ! と、心の中で叫んで従うわけだが……
「漫画……いいですね。
これは当然、目が見えるようになってから読み始めたのですが、なかなか面白いものもありますね。
笑えるもの、泣けるもの、気持ち悪いものなど様々。
趣味がない、と言いましたが、漫画は結構好きかもしれませんね」
きた! ついに興味を示すものがきたな。
ここで一気に漫画談義で畳み掛けたいところだが、オレはこの世界の漫画のことを知らない……
なので、ここはトオリさんに語ってもらうか。実は漫画が趣味というのは無自覚だったのかもしれないし。
「トオリさんの好きな漫画はなんですか?」
「そうですね……設定が細かい漫画はジャンル問わず好きですね。
その中でも特に、日常の中に潜む隠された設定などは興味をそそります。
最近読んだものだとーー」
……めっちゃ喋るな。
やっぱり無自覚趣味だったのか。
でもこれで漫画趣味を自覚させれば、オレが『心眼復活』の手段として使われることもない……よな?




