あなたの
朝。今日も変わらずハロルド様は女子寮の前で私を待ってくれていました。
「ララリア、おはよう」
「おはようございます。ハロルド様」
「ララリア、今日の放課後、俺に時間をくれませんか?」
「・・・分かりましたわ」
了承の返事をするとハロルド様は見るからにホッとした表情をされました。
「ハロルド様、私、昨日は言い過ぎましたわ。ごめんなさい。ハロルド様を覚えていないのは、そうならなければいけない理由があったからですもの。皆から何度も聞いていたのにどうして覚えていないのか、なんて恨み言のような事を・・。申し訳ありません」
「いや、良いんです。ララリアの素直な気持ちを知る事が出来て良かったとさえ思っていますよ。ですから今日、お互いに本心で話し合いたいと思っています」
そう言ってハロルド様は私の顔を覗きこみました。
「俺を好きになる事を諦めた、という気持ちに、変化はありませんか?」
「ええ、もちろん。ありませんわ」
「そうですか。では、放課後、サロンで待っています」
そして放課後、私はハロルド様に言われた通りにサロンへと向かい、ユノの淹れてくれたミルクティーを飲みながら彼の言葉を待ちました。
「まず始めに。俺が好きなのは、ララリア・ガーベルという1人の侯爵令嬢であるあなたです。俺に関する記憶があっても無くても、ララリア・ガーベルというご令嬢はたった1人、あなたです」
ハロルド様の表情と声色はとても真剣でした。
「はい。ですが、ハロルド様にとってのララリア・ガーベルという侯爵令嬢は、私ではありませんでしょう?」
「少しだけ、頭の理解に心が付いていけなかった事もありました。また記憶を得る事が出来れば、俺を思い出してくれるララリアにまた会えれば、と思ってしまった事もありました。申し訳ありません」
「謝らないで下さい。当たり前の事ですもの」
ずっと傍にいた、両想いであった婚約者を取り戻したくない人などいないでしょう。ハロルド様にとってのララリアは、私ではないのですから。
そんな事を思っている間も、ハロルド様は変わらず真剣な顔で私を見つめています。
「俺にとってのララリアは、今、目の前にいるララリアです」
「そっ・・!そんなはず、ありませんわ」
私は動揺して、持っていたカップを落としそうになり、カップの中のミルクティーはぐるぐる円を描いていました。
「私は、ハロルド様の事を覚えていません。ハロルド様のいない17年を過ごしてきたと思っています。皆の話で聞く、ハロルド様と私にある絆のようなものは生まれていませんわ」
そう。だから、ハロルド様にとってのララリアは、私ではないのです。それに・・。
「私はハロルド様をルドと呼べる程の時間を共にしていません」
私はハロルド様とララリアが愛称で呼び合う程想いを通じ合わせていた事を知っています。貴族として生まれ、政略結婚と言われる婚姻をした夫婦は少なくない事を知っています。その中で、お互いに想い合える婚姻を果たした貴族はどれだけいるでしょうか。私の両親を含め、全くいない訳ではないでしょう、それでも多くはないだろうと、垣間見える社会に対し、思ってしまうのです。
だから、ハロルド様とララリアは奇跡のような幸運を持っていて、そのララリアは、私ではないのですわ。彼をルドと呼ぶララリアは、私ではないのです。
この気持ちが、どうすればハロルド様に伝わるのだろうと思っていると少し表情を緩めたハロルド様が諭すような口調で話しました。
「ララリア、あなたが俺に関する記憶が無いのは、あなたが、俺をとても大切に想ってくれていたからです」
「確か、『ララリア・ガーベルにとって1番大切な人に関する記憶を奪う』、ですよね」
「そうです。ララリアは17年間、俺との交流は一切無く、数週間前に初めて出会った、と感じていますよね?」
「ええ。私の記憶が無くなった結果そうなったのだと理解していますが、体感としてはハロルド様の言う通りです」
「ですが、ララリア。俺達は本当に長い間、手を伸ばせばお互いにすぐに触れ合える程の距離で過ごしてきたんです。・・・ララリアから俺の記憶が消えても、消えきれないくらいには」
私には、ハロルド様の言葉の意味が分かりませんでした。
「・・?私は本当にハロルド様の事は一切覚えていませんわ」
覚えていないから、ハロルド様の知るララリア・ガーベルと私は違うと感じているのです。
私の頭から疑問が消えないでいると、ハロルド様はゆっくりとミルクティーを飲みながら、私に優しい笑顔を向けました。
「以前、お互いの好きな色について話した事を覚えていますか?」
「ええ、覚えています。私の好きな色をハロルド様が当てて下さいましたわ」
「もう一度だけ聞かせて下さい。ララリアの好きな色は、何色ですか?」
「ハロルド様は知っているのに答えるのですか・・?」
「お願いします」
不思議に思いながらも、私は何のためらいも無く答えました。
「青ですわ」
「どうして青色が好きなのか、教えてくれませんか?」
「どうしてって、それは・・・。ええっと、だから・・・」
おかしいですわ。理由くらいあるはずなのに、理由らしい理由が全く浮かんできません。
---ダアン!
「見つけた!!マリー!!!・・・・ってあれ?」
私がハロルド様からの質問にまごついている丁度その時、勢いよくサロンの扉が開き、ビトレイ様がやってきました。しかし彼の予想に反してこのサロンにいるのは私とハロルド様のみです。
「マリーはここにはいませんわ」
「申し訳ございません!あいつまた迷子になってまして!もし見かけたら首根っこ捕まえておいて下さい!それでは!」
勢いはそのままに、あっという間にビトレイ様はサロンから飛び出ていきます。いつもの光景ではあるものの、少しの驚きを落ち着かせていると、またもや勢いよくサロンの扉が開きました。
「リア様!!」
そこには先程からビトレイ様が探し回っているであろうマリーナ本人の姿がありました。
「マリー。1人でここに?よく辿り着けたわね」
「リア様に言いたい事があったんです!迷いましたけど無事お会いできました!」
ビトレイ様が探し回っている事を知らないのか、マリーナは1人でサロンに行き着いた事に少し自信を持ったようでした。
「リア様、私考えたんですけれど、やっぱり今のリア様に記憶を戻す事は出来ません。でも!リア様が本当の意味で記憶を戻したいとお考えになられたら、その時は喜んで協力します!ですから、リア様のお気持ちに何か変化があれば、いつでも言ってください」
マリーナはそれから私とハロルド様を交互に見て、にこっと笑いました。その笑みはとても可愛らしくて、やっぱりヒロインちゃんね、と思わずにはいられませんでしたわ。
「余計かもしれませんが、お2人は本当にお似合いです」
そんな言葉を残して去ろうとした時、ようやくビトレイ様がやってきました。
「マリーナ!!!今度こそ見つけたぞ!!!!!何度でも言うけど1人で出歩かないで!!!」
「あっ、ビトレイ様!」
「『あっ』じゃないよ本当に・・。この俺がどれだけ探し回ったと思ってるんだ・・・。まあ良いんだけどね、もう趣味とか特技とかそういう域に達しそうだよ・・」
それではお邪魔致しました、と言って2人は今度こそ揃ってサロンを後にしました。そしてハロルド様と2人、仕切り直しましょう、とマカロンに手を伸ばしながらも私はマリーの言葉を心に留めました。
「ララリア、前に話した俺の好きな色は、覚えていますか?」
「ええ。オレンジでしたわ」
「そうです。どうしてオレンジが好きか、分かりますか?」
「いいえ。私はハロルド様の事をほとんど知りませんもの。分かりませんわ」
「ヒントは、ララリア。あなたです」
「私ですか?私が、ハロルド様の好きな色と関係しているという事ですか?」
「そうです。あなたが持つオレンジが、俺は世界で一番好きなんですよ」
「私の持つオレンジ・・?」
その時、私は気付いてしまいました。
「あ、あの。ハロルド様」
「なんでしょうか」
「私の好きな色は・・、青色ですわ」
「そうですね」
「私の・・私の、好きな青は・・・」
「はい」
「あなたの瞳の色ですわ」




