神様
この世界は、数多いる神の内の1人である『私』が任された世界であった。
この世界の創造者である別の神から引き継ぐ形で、『私』は『フラワーロマンス』と名付けられた世界の維持をする事となった。
1人の神が、ある世界で発売されていた『フラワーロマンス』というゲームをとても気に入り、遂には『生きている彼らが見てみたい』と言ってこの世界を生み出した。歴史的背景や国の情勢、街並みなどもほぼ完璧に原作通りに設定し、登場人物達に起こるイベントもあらかじめ用意していた。
創造者である『彼女』は基本的に世界の維持を担当する事は無い。その為、この世界を維持する神として『私』が呼ばれたのだ。『彼女』はご丁寧にもこの世界のあらすじをそれはこと細かく『私』に伝え、『私が見たいのは生きている彼らによるフラワーロマンスだ。もしあらすじに反する行動が見受けられた場合、何をもってしても良い。軌道修正をしろ』と言った。創造者というのは神の中でも上位に位置する存在である。そんな『上』からの指示は従うのが道理という訳で、『私』はもちろんのこと了承した。
『私』は任されたこの世界を維持し、『あらすじ』に沿うように動く存在であり続けようとしていた。
世界の維持を任された後、初めて『軌道修正が必要だ』と感じたのは、マリーナ・ロマンヌの父親であるカルロス・ロマンヌが生き返った事だった。ゲームではここでカルロス・ロマンヌは生涯を終える予定であり、そうでなければならなかった。『何をもってしても良い』とは言え、さすがに生き返った人間を神が殺すなどご法度だ。世界の維持の為、『私』はこの親子に対して制裁を下した。結果としてゲームには無い負荷を2人に強いてしまう事となりどこか罪悪感を覚えるが、マリーナ・ロマンヌの人格形成において、これは必要な『イベント』なのだと自分に言い聞かせた。
この事を報告しようと『彼女』の元へ向かったが、『彼女』は既に『フラワーロマンス』に飽き、別のゲームに夢中になっていた。世界を創造した当初、時折様子を見に来ていたあの頃の『彼女』はもうどこにも存在しなかった。今、目の前にいる『彼女』は『好きなようにすれば良い』と、それだけを言って去っていった。
この時『私』は、今後どれだけゲームと違う展開になろうとも、生きている彼らをただ見届けようと決めた。
それからというもの、この世界はどんどんと変化していった。
9歳時点で婚約破棄を申し入れる予定であったコスモ家は何故かそれを行わず、それどころかララリア・ガーベルとハロルド・コスモは頻繁に交流を持つようにさえなった。高校入学時点で最悪であるはずの2人の仲は、実際には気心の知れたものとなっていた。ゲームではララリア・ガーベルに友人と呼べる存在はいない。しかし現実では、ララリア・ガーベルは大切な友人を得ていた。マリーナ・ロマンヌに心揺れるはずであったハロルド・コスモはそのような素振りすら見せない。ハロルド・コスモが見つめる先には、いつでもララリア・ガーベルがいた。
この世界は創造者である『彼女』が気に入ったゲーム『フラワーロマンス』のあらすじに沿うようにして作られている。その為、『癪気体』なんて言葉を作ったのも、それらしき闇の魔物を作ったのも、それらが300年前にいて殲滅されていたと語り継がれているとこの世界に設定付けたのも、全て『彼女』だ。だから『癪気体』とは何か、とこの世界の者がいくら真剣に研究しようとも分かるはずが無いのだ。この世界は300年の時を過ごしてすらいないのだし、『癪気体』は悪役令嬢であるララリア・ガーベルの体内を侵す為だけに作られ、そんな『あらすじ』を作る為の都合の良い存在なのだから。
『癪気体』に襲われたララリア・ガーベルはそれでも未来を生きる事を望み、何度倒れようとも生きる事を諦めなかった。ハロルド・コスモは意識を失って倒れる婚約者に何度も魔力供給を施し、彼女と共に生きる事を望んだ。自身の手で父を救いながらも同様に自身の手で父の記憶を奪い、酷く落ち込んでいたマリーナ・ロマンヌは、ビトレイ・サーンとの時間やララリア・ガーベルとの出会いによって、少しずつ自分を許せるようになった。記憶を奪われたマリーナ・ロマンヌの父、カルロス・ロマンヌは、長い時間をかけて妻のアマンダと再び心を通わせていた。
毎日を懸命に生きる彼らを見て、『私』は過去の自身の行為を悔いた。そして今、『神』である『私』が彼らに何が出来るだろうかと考えていた時、毎日聞こえる2つの声が『私』に世界の朝を知らせた。
そうだ。まずはこの2人に祝福を授けよう。
毎朝、ロマンヌ夫妻は『神様』に祈りを捧げる。
「神様、どうか彼に祝福を」
「神様、どうか彼女に祝福を」
この日、『神』はようやく2人の祈りを受け入れた。
『長い間、すまなかった。私からの祝福を授けよう』
『全ての記憶を、カルロス・ロマンヌへ』
夫妻には聞こえていないであろう声を出し、『神』はカルロス・ロマンヌへ、奪っていた全ての記憶を付与した。
「え?」
失っていた記憶を取り戻したカルロス・ロマンヌがその事に気付き、そして妻であるアマンダが夫の変化に首をかしげた数秒後、彼らは驚き、涙を流して抱き合った。
そうして夫妻は『神様が願いを聞き入れて下さった』と、娘のマリーナ・ロマンヌへ喜びの声を届けたのだ。
作者都合により、更新に時間がかかってしまっておりますが、これからもお時間のある時に読んで頂けると嬉しいです。




