気付いた事
「詳しく説明してくれるかな?」
ウィルネスターがその詳細を尋ねると、ビトレイが答えた。
「俺達もついさっき寮に届いた手紙で知らされたんで詳しい事はまだ分からないんですけど、マリーナの父親の記憶が戻ったって書かれた手紙と一緒に、レコーダーも届けられていて」
「そうなんです!お父さんが、昔と同じ声色で『やっと、全部思い出したよ。もう大丈夫だ』って話していて!」
マリーナは『これがその手紙とレコーダーです!』と言いながら、2人にそれらを見せた。娘であるマリーナが手紙は母の字でレコーダーは父の声だと確信しているのだからそれらが真実である事を疑うべくも無く、ウィルネスターとミイナは興味深そうに話を聞いた。
「マリー、そのレコーダーをここで流してもらう事は出来るかしら?」
「もちろんです」
そう言ってマリーナはレコーダーの再生ボタンを押した。
『あー、あー。こちら、カルロス・ロマンヌ。マリー、聞こえているかな?お父さんだよ。僕はやっと、マリーと君のお母さんを思い出したんだ。今までごめんな。沢山の苦労や心配をかけて、本当にごめん。・・やっと、全部思い出したよ。もう大丈夫だ。マリー、僕は今まで余り信じた事は無かったけど、神様はいるんだな』
「これで全部です」
そしてマリーナは続けた。
「私、明日から学園をお休みして実家に帰る事にします!」
心底嬉しそうに話すマリーナに対して、穏やかな笑みを崩さずウィルネスターは話しかける。
「それは良いね。・・・マリーナ嬢、ご実家に帰るのであれば、カルロスさん、と言ったかな。彼に、レコーダーの最後の部分について詳しく聞いてきてくれないか?」
「最後の、部分ですか?」
マリーナがそう聞き返すと、ビトレイが少しはっとしたように言った。
「『神様はいるんだな』・・でしたよね」
すると、『神様、』と呟いたマリーナは目を大きく見開き、
「もしかして!・・もしかして!」
と、声を大きくして何かに思い当たったようであった。
「わ、私、とにかく明日、実家に帰ります。私を娘だと理解してくれるお父さんに会うのは久しぶりなので、とっても楽しみです。それで、どうしてお父さんの記憶が戻ったのか、ちゃんと聞いてきます。・・・もし『神様』が助けて下さったのなら、リア様の状況も打開できるかもしれません」
そう言い終わると、4人の視線は自然とサロンでララリアの定位置となっている1つの椅子へと集まった。
「———俺達は9歳のある日から、週に1度は必ずガーベル家で会ってたんですよ」
「仲が良かったんですね?」
「ああ、いや、最初はそうでも無かったんですが、週に1度っていうのは俺達の両親が決めた事で、従わざるを得なかったんです。それでも少しずつお互いの事が分かってくると、そうですね、良い関係性を築けていたと思います」
学園に戻る前日、ハロルド様は私と2人で過ごしたこれまでの思い出をガーデンテラスで話してくれました。
「今みたいに一緒にミルクティーを飲んだり、お菓子を食べたり、家庭教師に出された宿題を教え合ったり、本を読んだり、かくれんぼをしたり、口喧嘩になったり、仲直りしたり・・・色んな事があって、色んな言葉を交わしました」
「・・じゃあ、私の好きな色、知ってますか?」
少しの好奇心から冗談半分で聞いてみると、ほとんどの間を置かずにハロルド様は微笑んで口を開きました。
「ララリアは、青の色が好きで、ユノが淹れるミルクティーが好きで、夕日が海に沈み切る直前の景色が好き・・・ですよね?」
「・・!凄いですわ!その通りです!」
驚く私と目を合わせたハロルド様は真正面からにっこりと笑顔を向けてくれます。私は何だか楽しくなって、ハロルド様へ質問を続けます。
「それでは、ハロルド様は何色がお好きですか?好きな食べ物は?好きな景色は?」
「1番好きな色はオレンジ色です。食べ物は何でも好きですよ。それと、朝焼けの景色が好きかな」
1つ1つに頷きながら、私はハロルド様の好みをノートに連ねました。これは『大好きなルドへ』とハロルド様への言葉が残されていたノートです。『ララリアが持っていて下さい』と言ってハロルド様はノートを受け取らず、また1ページ以外空白であった為、ハロルド様に関する全てをここに書き記そうと決めました。
「私達の思い出についてもそうですが、ハロルド様自身についてもまだまだ知らない事ばかりですから、沢山教えて下さいね」
「もちろんです。何でも聞いて下さい」
そう言って私達はミルクティーを飲みながら、再び思い出話を聞いたり、ハロルド様について質問したりと和やかに過ごしました。
翌日、ハロルド様と2人で学園に行くと、同じA組であるマリーが何故か見当たりませんでした。彼女が学園を欠席する姿を見た事が無かった為不思議に思いましたが、誰かに確認する暇も無く1時間目の授業が始まりました。
お昼休憩の時間になりハロルド様とサロンへ向かう途中、ミイナとウィルネスター様が声を掛けてくれました。
「リア、元気そうで良かった」
「ええ、とっても元気よ」
4人で話しながらサロンに到着すると、部屋には既にビトレイ様がいました。私は気になっていた事をミイナに尋ねます。
「マリーの姿を見ていないのだけれど、今日はお休みなのかしら?」
「マリーはね、今、ご実家に帰っているの」
「何かあったの?」
「マリーのお父様が、失っていた記憶を取り戻したようなの」
「記憶を・・?」
「ええ」
その瞬間、ガタン、と大きな音を立ててハロルド様が立ち上がりました。しかしそれは無意識の行為であったようで、我に返ったように元の位置に座り直しました。その一連の動きで、私は何となく、ハロルド様のお気持ちを理解出来てしまいましたわ。
「ハロルド様」
「な、何でしょう?」
「私も、いつか記憶が戻れば良いですね」
私はそう言うべきなんでしょう。そう言って、私にあったはずだというハロルド様の思い出話の中にいるララリア・ガーベルをどこかから呼び戻してもらう事を望むべきなのでしょう。
例えそれが、『私』だと思えなくとも。
ハロルド様と共に過ごしたという思い出話は、記憶を失った私に心当たりがあるはずも無く、しかしハロルド様が嘘を吐いている訳でも無く、ただただ、聞けば聞く程に『私』の名を持つ別人の話のように思えてしまいました。ハロルド様との思い出を持つ、私とは別の『ララリア・ガーベル』を彼は愛しているのだと、そう思ってしまいました。ですから、彼が望むのは彼との時間を過ごしたララリア・ガーベルで、それは私では無いのだと理解しました。
「そうですね」
「マリーナ嬢もララリア嬢の状況を打開出来るかもしれない、と言っていた。良い報告を待とう」
ハロルド様の返事の後、ウィルネスター様が私達に対して優しく労わるように話してくれました。




