交渉
街とバベルの塔を茨が覆い尽くし、雲より高い場所に薔薇のつぼみを結ぶ頃、
恋夜達は島の外円部にある、この島最標高の高地に逃れてきていた。
途中何度か、茨の攻撃にあったが、ここまでは茨も伸びてきておらず、恋夜の発作も収まっている。
「大丈夫ですか?恋夜君」
「そんな事より、侑季を、侑季の所に。」
「残念だが、ここまでだ、少年。後は私たちの出番だ。」
恋夜達の目の前に現れたのはから揚げだ。
相も変らぬ威圧感と眼光をもって、今にも駆け出さんとする恋夜の前に立ちふさがった。
「そうしていると様になりますね、から揚げさん。」
ただ異なるのは、あの時のようなマントに身を包んだ姿ではなく、軍服を身に着け、その威風堂々たる精神に見合った、何とも様になった姿だ。
そしてえび天を除き、目出し帽をかぶった数人の軍人たちが無線で、から揚げの指示をより具体化し、どこかに伝達している。
「……どうでもいいことだ。」
「ここはいったい?我が物顔でこんな拠点を作ったり、あなたいったい何者ですか」
「家族が家族として成り立つには家族のルールが必要だ。
そして人が人らしく暮らしていくには法が必要だ。
自分は他者ではなく、他者は自分ではない、縛るルールが必要だ、秩序が必要だ。
この古代種が現れた今の世界を魔道戦争と称するものがいるが、俺はそうは思わない。
生存競争、これはただの秩序の維持、多数を守るための民主主義。
ただの社会を維持するための行動。
我らは何物にも属しない、世界の秩序そのものだ。」
「……そういう事ではなく」
「かつてより世界は一つに近づき、より一つの価値観、より一つの世界に。
その過程で争いが起きる、だが、次代の進歩と共に争いはより大規模により凄惨になった。
善悪どちらが出はない、一方が力を手にすればもう一方も程なく力を手にする。
一人の人間が手にする力は大きくなり続ける。
少数の人間の意志が世界を支配し、常識を作り出し支配する。
そうして今目の前にある力の脅威が、魔法だ。
強大な魔力は人を支配する肉体も心も、
そしてやがて世界を壊す。かつての魔女がそうだったようにただの一つの意志によって」
「だからそういう事ではなく、」
「はるか昔の時代から古代種は人類の船頭であり、進むべき未来を指示してきた。
今に始まった事じゃない、古代種は昔から世界を支配してきた。そして今という機を待って行った。いや作り出して言ったといったほうが正しいかな。
この人たちはそうしたものに抗うための新しい人間の秩序だそうだ。
恋夜が目の前の女の子を魔女にしないために、古代種に刃向うように、ある意味それと同じ、ただそれをもっと規模が大きく、長期な計画を持った集団なんだって、
言うなればすげぇ強い魔法協会の天敵。だそうだよ」
「ヒナギク、それに小太郎も、無事でよかった。」
「何とかね。」
「少年、約束したな、彼女はお前が救う。だが救えなかった場合、世界の秩序を乱すなら、」
「まだ終わっていない!」
「だが、彼女は魔女として覚醒した。お前は救えなかった。」
「まだだって言ってるだろ!」
「感情的になるな、噂と違うな、葬儀屋。」
「な、」
「私たちの情報網を甘く見るな。お前ほどの手練れ、ただの守護者などとは思っていない。それに君の事も、イロハ君。あれだけ派手に証拠を残している。裏にも表にも我々は目も鼻も利く。」
「情報網ね、大将、人から聞いた情報を鵜呑みにするもんじゃないよ。恋夜はいつも感情的だ。ただ結果がうまくいってそう見えているだけ、今まで救えなかったのはイロハちゃん。それで今回で二人目、対象が思うほど恋夜はプロでも非道でもないよ。」
「ならば慣れる事だ。今までがうまくいった、そして今回はうまくいかなかった。そしてこれから先もそのようなことではうまくいくわけがない。
それとも何か?お前はあの子に特別な感情でもあるのか?」
「興味、同情、好意、嫌悪、いずれにしても小さな特別な思いそれから時間をかけてだんだん嫌な部分も、素敵な部分も見えてくる。そうしてかけた時間で特別になっていく
初めは恩義、助けたいそう思っていた。でも灰色で変わらない僕の人生で、彼女が暮れた時間は特別な時間だった。、たった一か月、そう思えるかもしれません。
俺は自分の事を好きだって言ってくれる女の子を諦めるほど、達観していないんです。
これでも男です。好意を寄せる女の子を守りたい、これは僕の意志です」
「その結果がこのざまだ。襟を正せ、葬儀屋。
お前が守るべきは秩序、己の欲を満たすために過去の己の意志を否定するか。」
「俺はあなたじゃない。いつだって助けたいだけです、今も昔も、目の前にいる子を犠牲になんかしたくない。それだけです。」
「そう、そして救えなかった、いや最初から救えるはずなどない。お前の追い求めるものなど所詮は幻影。
全ならざれば、善なる多数を救う。俺の義だ。さりとて、全なる可能性があるのならと、俺はお前に賭けた。だが、事ここに至りて、選択肢はお前が狩るか、俺が消すかそれだけ」
「僕が彼女を説得します。」
「勝手にすればいい、ただ俺は、自らのなすべきことをなし、お前ごと消し飛ばすだけだ。」
「でも、」
「交渉とは対等な立場で行うものだ。俺はお前の中に修羅を見た。お前もこちら側の人間だと。だから今までのは温情。だが、ここまで、所詮お前は。夢見る子供、」
「対等な立場なら、」
「?」
「対等な立場なら、交渉の余地はあるんですね。」
「イロハさん、」
「魔女?いや、何者だ?」
「下郎が、王たる我に名を呼応などとは恥を知れ!」
「アステリア、」
「くくく、イロハ、お前もやるのう、まさかここまでとは、十全とはいかぬが、この感覚、心地いい戦場の空気が肌になじむ。」
「兄者、」
「今までの古代種とは次元が違う。なんだこの感覚は、だが、」
から揚げは、腰のホルダーからナイフを取りだし力を込める。
だが、力が思うように発動しない。
「がっつくな、小僧、」
「……何をした。」
「自分の手をよく見てみろ、」
言われるままにつぶさに観察するとわずかだが、手とナイフの間に隙間がある。確かに握っているはずなのに、ナイフには届いていない。
だが、から揚げはそうと分かるとさらに力を込め、ナイフに手を振れ、あの時同様、光の刃を形成する。
「私の魔法障壁を、力づくで、人間如きの及ばぬ英知を獣の如き方法で。」
「ちょっと、アステリアちゃんどうするの!やばいよ」
「慌てるな、今お前に四の五のうろたえられるとこっちが安定せん。というよりお前が割り込んできては、恰好が掴んだろ!」
「獣と評すか、だが、人の意志、確固たる信念、意志の力。獣如きには及ばぬものぞ。」
「やってくれる、人と評して、獣と評して悪かったな。化け物。」
「俺は人だ。どこまで言っても人だ。理性と可能性こそ人の力、まぁ、化け物に何と言われようが興味もないが、」
「言ってくれる。まぁよい、さて小僧、宿主からの純潔の体を身売りしての願いだ。」
「変な言い方はやめて!なんかエロイ」
「だから、今は口をはさむな。んん、では仕切り直しだ。イロハは、それに欲情しておる。それが死ぬのは私としては望むところではあるが、まぁ、ここは器の願いを聞くのも王の務め、少しばかり助力をしてやろうと思ってな。」
「助力?邪魔の間違いだろ。」
「貴様らにとってはそうなるな、だが、ここでこの私とやり合う事の意味、理解できないわけではないだろう。」
「……被害は島の住民俺の仲間を含め無事では済まないな、まぁ俺が勝つが、」
「お前が勝つという点に関して異論はあるが、奇跡的にお前が勝ったとしても、あの花を摘み取るだけの余力がお前に残る可能性は0だ。」
「それでもやって見せるさ。」
「合理的、論理的ではない言葉だな。」
「それでもやり遂げる、この魂にかけて、」
「ふふふ」
「無理だと笑うか?それでもやるぞ。」
「いや、そうではない、お前のその言葉の説得力と、お前が今否定したそれの言葉に難の差異がある。お前らならやれると、それの言葉には信用がおけないと?
実に感情的だ、理屈も道理もなり、ただの感情。なるほど、流石は人間様だ。」
から揚げは、蔑むための『人間』という言葉にあからさまに不快な顔をする。
から揚げにとっては人の姿は理性の姿、獣と人を分かつ象徴。それを感情、本能の象徴と解されたことが深い極まりない。
「彼にかけて見せろ、と」
「期限付きで構わん、いざとなればその力で消し飛ばせばいいだけだろ。そうだな、1刻」
「……10分だ。俺の仲間たちが陣の阻止を遂行中だ。それだけの時間であれば、こちらの作戦遂行に支障はない保証された時間だ。それ以上は不測の事態を招きかねない。」
「それはそちらの必要な最低時間だろ、この私が、助力してやろう、こんな風にな」
アステリアが呼びを鳴らすと、数十の闇の魔力を帯びたの漆黒の矢が町へ飛んでいく、町ではその矢が届くと淡い緑色は消え失せ、黒い闇が目視を阻む。
「お前の仲間に暁まで近づくなと言っておけ、まぁ近づいても構わんが、そのゴミ屑のような命は保障せん。調べようとも思うなよ。お前たちが認識している、魔素と私が使う魔素は別物だ。この世界に満ちているのはいわば人工の魔素、私が使うのはかつてこの世界に満ちた本当の魔素。枯渇し、失われたが、消費するものがなく、長い時間をかけて、再びこの星に満ちた。お前たちの認識の外だ。私の魔法はお前たちの魔法では防ぎようがない。さてどうする。あの花如きにそこまで怯える必要はないだろ」




