Я:ある令嬢の企みがあっけなく失敗に終わった話。②
俺たちの番が終わり、いよいよオープンダンスが始まった。
姉さんはあの女に近づくため、端へ寄って機会を伺う。
今日は父様からの指示があるから、いつもより時間がない。俺もやるべきことを済ませてしまわなければ。
飲み物を取りたいような顔をして、中心から少し離れた。こういう時は表情作りが大事だ。油断しているとすぐに気付かれるから。
「俺にも一杯貰える?」
姉さんとは逆の方にいた使用人に、わざと大きめの声で話しかける。
「もちろんでございます、猊下。どちらになさいますか。他のものがよろしければ、ご用意いたします」
使用人が敢えて長ったらしいセリフを吐いている間に、そいつのポケットへ手を翳した。ほんの少し魔力を込めれば、紙に書かれた文字が手に伝わってくる。
《リスト 十三名》
《内、緊急度高 一名》
内容を把握して頭を抱えそうになり、咄嗟に前髪をかきあげる仕草で誤魔化した。
姉さんがこちらを見ていないことを横目でうっすらと把握する。
怪しまれていない。気付かれていない。
「……そうだな。他のものを」
「かしこまりました。お席にお持ちいたします」
一礼する使用人のポケットをぽんと叩いてから、皇族が座るための椅子へ向かった。途中でまた姉さんを盗み見たが、まだ女の様子を伺っているようだ。俺にはもう少し、猶予が与えられているらしい。
こっちで処理しておくべきなのは、この中だと……
「……随分な視線だな、ポワティエ卿?」
一人の若い男が、遠く離れた姉さんへ気を向けていた。
ああ、そうだ。こいつだ。
リストにあった、緊急度高ってのは。
俺が座ったまま声を投げれば、その男は慌てて俺の元へ膝をつく。
「申し訳ありません。猊下。不躾な真似を……」
ポワティエ伯爵家の次男であり、帝国騎士団でもそこそこ有能な部隊に所属するこの男の所作は如何にも分を弁えた騎士らしい。
ただ、浮ついた視線のみが玉に瑕だった。
「帝国の煌き、レイオン猊下にご挨拶を申し上げます。我が拙き名をその御心にお留めおきいただき、身に余る光栄です」
「面を上げろ。お前は先の魔獣討伐遠征で、武勲を立てたそうだな」
──この男が参戦した遠征の指揮を取っていたのは姉さんだ。
国境付近の森で暴れていた魔獣たちを、姉さんが鎮めに行った。別に姉さん一人で済むのに、隣国への対外的な狙いもあってわざわざ帝国騎士団を何部隊か連れて行ったのだった。
相手が顔を上げれば、俺はわざとらしく頬杖をついて見下すような姿勢をとる。
俺は姉さんとは違う。
優しくなんてしてやらない。情けなんてかけてやらない。
「お前が褒美に何を望んだか、俺の前で言ってみろ」
叶わぬ願いに身を灼かれ、絶望の中に堕ちればいい。
「……っ」
俺を見上げる平凡な瞳が大きく揺れる。
怒りを感じ取ったからか。それとも、責められるような何かを抱えているからか。
「出過ぎたことを申し上げました、心より謝罪を……」
「そんなものは必要ない。俺に向かって、お前が望んだことを言えと命じたんだ」
「……はい、猊下」
男は肩を震わせて唾を飲んだ。それはここからでも分かるくらいに大きな動作だった。
「……次回の遠征で、リリエン皇女殿下の護衛の任を賜りたいと申し出ました」
声が上擦っている。何かに怯えているらしい。
「それから?」
「いえ、他には何も……!」
「彼女に騎士の誓いを立てようとしたんじゃないのか?」
動揺に揺れる瞳の色が明らかに変わった。
どうしてそれを知っているのか、とでも言いたげな顔だ。
だが、それをこいつに教えてやる義理はない。
「崇高な“星渡り”様に、お前如きが何をしてやれる?」
立ち上がって、ゆっくりと、一歩ずつ男に近づく。
「騎士になれば、彼女の命を守れるのか?」
追い詰めるように距離を詰めた。
「お前に何か出来ることがあるなら、俺に教えてくれよ」
──俺にだって、何も出来ないのに。
その言葉は喉に痞えて出てこなかった。
ただ、声が詰まったそこで、怒りだけが燃えていた。
俺が更に近づこうと踏み出したところで、男は勢いよく頭を下げて床に両手をつく。
「私のような一介の騎士団員が、皇女殿下の御付きを望むなど……烏滸がましい願いでした。申し訳ありません。皇女殿下は帝国で一、二を争う魔力をお持ちだと言うのに……!」
並べ立てられる言い訳のような謝罪。
……そうじゃない。
こいつはまだ、分かってない。
「謝ることはないさ。だが理解出来なくてな。騎士の誓いは、自身の命が尽きるまで相手を必ず守り抜くってもんだろ?」
「はい、仰る通りです」
「そうだよな? なら……」
俺は男の前にしゃがむ。そして耳元で小さく、他の誰にも聞こえないように囁いた。
「お前はどうやって姉さんより先に死ぬ?」
言ってから、ちらりと姉さんの方を見る。
「地球へ渡る前日に、自害でもするつもりか?」
「──え……」
大丈夫だ、こちらに意識は向いていない。あの女の様子を伺うことに夢中だから。
「誰も彼女の騎士になれないのは、そういうことだよ」
俺が立ち上がって再び椅子に座ると、男は青ざめた顔で唇を噛んだ。どうやら、割と本気で姉さんのことが好きだったらしい。
「分かったらもう下がれ。これ以上、彼女を望むな」
「……はい。御助言、心より御礼申し上げます」
男はもう一度深く頭を下げ、フロアの方へとぼとぼと歩いていった。
その後ろ姿はかなり落ち込んで見えるが、姉さんの死を今更意識したのだろうか。
地球への星渡りが全員死んでいることは周知の事実であり、姉さんだって恐らくそうなることは誰もが分かっているはずだった。
だが、“女神に選ばれた栄誉”という側面が強いせいで、誰も異を唱えない。
皆、地球への星渡りが背負うものを、美しい夢のように感じている。姉さんがいなくなったその先を──俺たちには変わらずやってくる、色のない明日のことを考えていないのだ。
でもあの男は、ようやく現実として考えた。
好いた女がもうすぐ死ぬということを。
「……待たせたな」
俺は後ろに控えていた使用人に告げる。
飲み物を差し出しながら、わざとポケットに触れられやすい位置に立つ使用人。俺は片手でグラスを取りながら、またポケットに手を翳して魔力を込めた。
瞬間、手のひらに短い文字列を感じる。
《リスト五名、阻止》
例の女と話す姉さんを横目で見やり、手をぐっと握りしめてその文字列を噛み締めた。
……あと七人も残ってるじゃないか。
少しだけ責めるように睨めば、使用人の男は目を閉じて小さく頷いた。こいつは俺の怒りに慣れすぎている。
「今夜はまだ、盛り上がれそうだな?」
俺も、リストに名前が並んでいる男も、ここからが本番みたいだ。
「じゃあ、引き続きよろしく」
言いながら立ち上がって、フロアの中心へ向かう。
使用人が視界の端でほんの少し眉を下げた気がした。
でも俺の目にはもう、何も映らない。
「レイ、お願い」
申し訳なさそうな顔で俺を振り回す、清らかな白以外は。
関連楽曲
https://youtu.be/vWmJxvAliBw?si=JclRHeZ4VRFRytj6




