Я:ある令嬢の企みがあっけなく失敗に終わった話。
今日は、俺がこの世で最も嫌いな日だ。
アイリシア帝国の建国記念日。女神アイリスの助力によって創られたとされるこの国の始まりを祝うということは、あの忌々しい神話を讃えることになる。それが嫌だった。
だってあの女神は、俺と姉さんの運命を引き裂く存在だから。
「星の運命を守護する煌き。レイオン」
多くの貴族が集まる夜会の中で、セカンドダンスを踊らせるために母様が俺を呼ぶ。
なんて嫌な響きなのだろう。星の運命なんて、誰が護りたいと思うものか。けれどそんなことは決して口に出せない。この国の第三皇子であり、あの愚かな信仰の枢機卿でもあるこの俺が本音を口にしてしまえば、この国は大きく揺らぐだろう。
俺はなんともないような顔をして、フロアの中央にいた姉さんの隣に立った。例えこの鼓動が伝わったとしても、本当の願いを口に出さなければ問題ない。
母様の合図で姉さんに手を差し伸べ、音楽が始まればステップを踏む。
いつも通りの動き。いつも通りの視線。
全てがいつも通りだ。
いつか終わる、いつも通り。
建国記念日は大嫌いだが、夜会自体は好きな方だった。
俺と姉さんが共に在ることをたくさんの人に見せつける機会だし、害虫をまとめて駆除できるチャンスでもある。鬱陶しいことも多いけれど、その分リターンも少なくなかった。
社交用の顔をしながら踊る姉さんを目に焼き付けつつ、視界の端々に注意を向ける。
あいつは報告書に名前があったな。
あの男の話は側近から聞いた。
あそこにいる奴は要注意リストに入ってる。
ダンスの前半が終わる頃には、もう全員の顔を確認し終えていた。
後で側近に指示して処理させよう。
──それから、父様からの指示も忘れちゃいけない。
「……この後、どう動く?」
参列者に唇を読まれないよう、姉さんの耳元で小さく囁いた。
「様子を見るわ。侯爵より、そのご令嬢の方が気になるの」
姉さんはその女の方に視線をやったまま、凛とした声を控えめに落とす。広い会場の中で、俺だけがそれを拾っていることに優越感を感じているのはきっと気付いていないだろう。
「令嬢? もうおかしな動きがあった?」
「ううん。でも表情が……何か思い詰めてる感じがする」
俺のことなんてお構いなしに、任務のことだけを考えている姉さん。
けど実際、俺たちは幾度となくこういう経験を乗り越えてきたからなんとなくわかる。あれは絶対に何かやる顔だ。
「長らく帝国に貢献してきた名家だから、勘違いだと良いんだけど……」
「父様が目をつけてるってことは、勘違いじゃないだろうね」
「うん……でもご令嬢の方は……従わされてるだけかもしれないわ」
こういう時、姉さんはどうにか相手を助ける道を探す。いつもそうだった。少しでも俺たちに危害を加える気があるのなら、まとめて粛清した方が楽じゃないか。
「何するか分かってるのに、助けたいって言ってるように聞こえるよ」
「そうね。ああいう顔でレイを見つめる子はたくさん見てきたから」
姉さんは自己犠牲が強いタイプだと思う。それはきっと、生まれた時から星渡りという使命を背負わされていたせいだ。
それが国のためになるなら自分が死ねば良い、自分が傷つけば良い、と判断する傾向がかなり強いように感じる。
そして、その自己犠牲には俺も勘定されていた。
「なんで俺ばっかり……」
姉さんを守るためなら何だってするけれど、他人に近づくのは好きじゃない。
思わず不満を漏らせば、俺と同じ錫色の瞳が柔らかく細められた。
「大丈夫、何かあったらすぐに助けるから」
「……姉さんがいつも俺を犠牲にして他の人間の潔白を証明しようとする」
「ごめんね。でも狙われてるのはレイだもの」
──どうして俺だけが狙われていると思う?
そう言いたいのをぐっとこらえて、無防備に俺の胸へ入ってきた姉さんへ笑顔を向ける。
「……良いよ」
何も知らないままで良い。
俺の願いも、していることも。
「いつも通りやろう、姉さん」
何も知らないまま、俺だけを振り回して。
もう少しЯターンが続きます。




