L:ある令嬢の企みがあっけなく失敗に終わった話。②
レイはいつも貴族の令嬢から狙われている。自国内でも他国からも、他惑星でさえも、だ。
立場と現状を考えたら当然のことなのだけど、夜会のたびに視線を集めるものだから本人はうんざりしていた。視線だけでは終わらないことも多かったから。
今夜、私が危ないと思ったご令嬢は何度もドレスの下を不自然に触っていた。このパターンもよくある。惚れ薬とかそういう類のものを仕込もうとしている時だ。
魔力は感じないから、おそらく特別なハーブやスパイス、アルコールを使った薬だと思う。魔薬の類ではない。仮にレイが飲んだとしても、身体に悪影響はなさそう。
でもそれを使った時点で、私たちは彼女を捕らえなくてはならなくなる。不安げな顔をしているし、おそらく侯爵の指示に従っているに違いない。だからどうか、どうかそれを使わないで。レイとダンスを踊って、成果を侯爵へアピールして。そこで止まって。
「……ああ……」
ガゼボから彼女の様子を宙に映して覗き見ていた私は盛大に溜息を漏らし、レイが隣で笑った。
「姉さんのその反応、あっち系の薬の時だね」
「いっそ魔薬や毒なら事前に対処できるのに……」
「解毒も解呪も出来ないからこそよく使われるんじゃない。普通の魔法使い相手だったらバレないから」
レイは冷静な分析を披露しながらもどこか楽しそうだ。
私たちなら気付けることに自信があるのか、あるいは──
「何を企んでるの?」
「人聞きが悪いな。ほら、そろそろあっちに隠れなよ」
それはレイの言う通りだった。そろそろご令嬢がこちらへやってくる頃だ。
私はガゼボから離れ、また宙へ彼女を映し出した。
彼女がやって来て、飲み物をレイに渡す。
淡い桃色の液体が入ったグラス。見た目は通常のそれと何も変わらず、魔力だって込められていない。これこそ人々が挙って使う理由だろう。
レイは面白そうに少し笑って。
そして。
「……え!?」
あろうことか、中身を一気に飲み干した。
いくら魔薬でないと言えど、れっきとした効果のある薬だ。
こんな量を摂取して、無事で居られるはずがない。
「……なるほど、ね……最初からこのつもりで……っ」
レイが心臓を抑えるのと同時に、私も胸を抑える。
めまいがしそうなほど体温が急激に上がった。息苦しい。ドレスを緩めたい。酸素が上手く吸えない気がして、口を開けたまま必死に肩を上下させる。それでもまだ苦しい。熱い。
「……っ、覚えてなさいよ……、レイ──」
身体へ異常が起きてしまえば解決方法は簡単だ。治癒の魔法でどうにでも出来る。
私は震える手を胸元に置き、そのまま目を閉じた。
すぐに体温が下がって呼吸が整っていく。レイにもかけておいたから、もう互いに苦しむことはない。
「……で? 誰の意思?」
彼女へ不必要に近づいたレイがわざと声を低くして言う。
自白させるために、そこまで演技しなくたって良いのに。
私と一緒に居る時とは別人のようなレイをぼーっと見つめながら、先程までうるさいくらいに暴れていた心臓に手を当てた。心臓に悪いっていうのは、まさにこのことを言うに違いない。あんな悪戯をレイがするから──
静かな庭園で、ひとり溜息を吐く。
早く夜会が終われば良いのに。
誰もいなくなって、誰かを疑うこともなくて。
心を痛める必要もなくて、息が苦しいこともない、そんな静かな夜を求めていた。それが永遠に、死ぬまで続くことを。
「……明日の朝食で、母様に言いつけてやるんだから」
私はガゼボに向かいながら、恨み言のように呟いた。




