ある令嬢の企みがあっけなく失敗に終わった話。
この帝国には、メラム星系で最も重要とされる人物が二人居る。
一人目は、言うまでもなくシスイ星下。
メラム星系で最も信者が多い“星巡教”の教皇であらせられるお方。
これまでは式典でその麗しいお姿を拝見出来たけれど、後継者が現れてからはめっきり人前に御出座されることはなくなっていた。
そして、二人目の重要人物は──
「アイリシア帝国第三皇子、星巡教枢機卿、レイオン・ソレイラ・ディ・イリス猊下の御成──!」
盛大な拍手に迎えられて、そのお方が姿を現す。
今日は、我らがアイリシア帝国の建国記念日だ。皇城では盛大な夜会が行われており、高位貴族たちが奮って参加していた。私の一族も、その参加者に含まれている。
レイオン猊下はその黒髪を艶やかに揺らしながら着席し、ご兄弟方と談笑されていた。その様子はとても朗らかだ。人懐っこいような笑顔も度々見られる。
この、一見なんでもなさそうな方こそが、二人目の重要人物。女神に選ばれた特別な魔法使い、“星渡り”であらせられる第二皇女殿下の双子の弟君。長い期間を星渡りと同じ胎内でお過ごしになったため、通常は本人しか持たない“女神の加護”を特別な形で継承していらっしゃるらしい。ただ、その詳細は秘匿とされていた。
私たちのようなただの貴族がより権力を得るためには、より高貴なお方の配偶者となるしかない。
帝国には4人の皇子女がいらっしゃるが、皇太子殿下には既に婚約済みだ。第二皇女殿下は星渡りのため、婚姻は許されない。そして、第四皇女殿下は現在候補を選定中──だが、同性の私は候補外。
残るは第三皇子殿下であり、星巡教の現枢機卿、レイオン猊下だけ。
私はお父様から何としてでも猊下と接触するよう口を酸っぱくして言われていた。そのための準備もたくさんさせられたし、もし今日お話すら出来なければ折檻されると告げられた。そして、何とか隙を見てこれをと、ガラスの小瓶も渡されている。
私だって鞭で打たれるのは嫌だ。だから多少の無茶をしてでも、今日は彼とお近づきにならなくてはいけない。
「──音楽を」
女帝陛下の一声で、綺羅びやかなフロアを彩るような美しい旋律が始まった。
夜会の最初のダンスは陛下と配偶者、次に皇子女、それから他国のゲスト。これはもちろん、いらっしゃる場合だけれど。位の高い方々の番が終わればやっと、私たちも踊れるようになる。
最初は女帝陛下と、その配偶者である帝国騎士団長様のダンスを拝観した。相変わらずお二人の息はぴったりで、リードされる側は陛下の方なのにまるで逆のように感じられるから不思議だった。会場の全員が目を奪われる。ファーストダンスは皇族の権威を見せつけるためにあると授業で教わったけれど、本当にその通りだ。
それが終われば、今度は皇子女の番。婚約者がいらっしゃればその方をパートナーに、いらっしゃらければ血縁関係でフロアへ立たれる。
いつも皇太子殿下は婚約者の方と、第四皇女はお父上である騎士団長様と、そしてレイオン猊下は第二皇女殿下とダンスをご披露されていた。
次は私たちもフロアへ進む。少しだけ、ほんの少しだけで良いから猊下に近づかなくては。例え一緒に踊ることが出来なくても。
私は適当な男性と踊りながら、常に視界へ猊下を捉えた。今じゃない。まだ。もう少し。きっといずれチャンスは来る。そう信じて。
「──ねえ」
次の曲が始まろうかという時、ふと、後ろから声をかけられた。
凛とした声が鼓膜を滑る。……この声は。
「……リリエン皇女殿下……っ!?」
振り返れば、第二皇女のリリエン殿下が立っていた。両手を後ろで繋いで、にこやかな笑顔を向けてくださる。
私は慌ててカーテシーをして、無礼のないようにした。大丈夫、お父様にぶたれながら何度も練習したから変じゃない。きっと。
「すごい顔、してたから。思わず声かけちゃった」
皇女殿下が柔らかく垂れている眉をより下げて、冗談めかして仰った。私がしていたすごい顔とは、どんな顔だろう。恐れている顔だろうか、それとも殺気立ったような顔だろうか。
「も、申し訳ありません……」
「謝らないで。もし違ったらごめんなさいね。……レイオンと踊らなくちゃいけない?」
殿下のお言葉にハッとして、青ざめながら頷く。隠した方が良かったかもしれないけれど、このお方に嘘はつけなかった。
「やっぱり。お家からそう言われる子、多いのよね」
いっそレイはダンス禁止にした方が良いかしら。と殿下が続ける。私がぎゅっと腕を握りしめていると、細い指が優しく添えられた。
「次の夜会までに対策しておくから、安心して」
そのまま腕を引かれ、猊下の前へ連れて行かれる。
「レイ、お願い」
「……また?」
「母様に報告して、次回から私以外とのダンスは禁止にしましょ」
「うん、そうしよう。もっと早くそうするべきだったな」
「そうね。その代わり、私が居る間だけよ」
私が入り込む隙なんてほんの少しもなくお二人の会話が目の前で繰り広げられ、私はただオドオドするしかなかった。近くで見る猊下はとてもお綺麗で、どこか寂しそうだ。
「……一回で良い?」
切なげな錫色の瞳が突然こちらへ向けられ、心臓が跳ねる。
「あ、ありがとうございます」
私へと差し出された腕に、習った通り手をかけた。この時のために練習してきたのだから、ちゃんとしなくては。少しでも猊下の気を引くような仕草をしなくてはならない。どこかでお父様が監視しているだろうから。
「身内、どこに居る?」
「えっ、えと……」
一瞬、お尋ねになった理由が分からなくて困惑する。ひとまず言われた通り、周りを見渡して家族を探した。
「あ、あちらの方におります」
「じゃあそっち行くから」
曲が始まって、猊下の手が私の腰へ触れた。夢のような時間だ。私は段々、お父様の言いつけを忘れてその夢に浸り始めた。
猊下の瞳を見つめてぼうっとしている間に、いつしかお父様が居る場所の近くへ移動している。猊下のリードがあまりに自然で気づかなかった。
「これで良いよね」
「えっ?」
「見せつけるのはこれくらいで良いかって聞いてる」
私だけが映るその瞳に、吸い込まれそうになる。リリエン殿下もレイオン猊下も、慣れたご様子だった。このようなことはきっとこれまでも数え切れないほどあったのだろう。じゃあ、その度に猊下はこうして相手に特別な視線を向けられたのだろうか。
私が頷いて頬を染めていると、曲が終わってしまった。束の間のひとときだった。まだこの夢から覚めたくない。
「……疲れた」
気だるげに私の元から離れようとする猊下の腕を掴んで引き止める。
「猊下、休憩なさいませんか。わた、私……飲み物を取って参りますので!」
こちらを向いていた錫色の瞳が一瞬どこかへ離れた。そして何かを確認したあと、また私の方をご覧になる。
「うん」
たった二音の素っ気ないお返事が、私の心を掴んで離さなかった。
続きはR15となっておりますのでご注意ください。




