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ここからは、本編が始まる前の短編をぽろぽろと置いていきます。
よろしければお付き合いください。
──彼を置いて、私は死ぬ。
生まれた時から、それだけが決まっていた。
女神に選ばれた“星渡り”
他の惑星へ渡って、その星を豊かにする役目を背負った魔法使いのことだ。
歴代の星渡りたちは、メラム星系の様々な惑星でその発展に寄与してきた。
しかし、地球への星渡りだけは今まで一度も成功したことがない。
これまで七人が、地球へ渡ってすぐに死んだ。原因はわからなかった。
それでも、女神の選定は終わらない。
次の星渡りとして生まれたのは、私だった。
「⋯⋯そろそろ休んだら?」
星が瞬く夜のような髪へ、ぽつりと声を滑らせる。
私の声に、彼の肩を覆う黒いモゼタがほんの少しだけ揺れた。
「これが終わったらね」
口ではそう言いながら、全く休むつもりはないらしい。
彼と共銘する私の鼓動がそう告げている。この高揚は、何かを見つけたのだろうか。
「良い発見でもあったの?」
「変に期待させたくないから、言わない」
「言わなくたって伝わってるのに?」
「⋯⋯」
そこでようやく、彼が手を止めてこちらを向いた。
私と同じ、虹を宿した錫色の瞳が諦めに揺れる。どうやら観念したようだ。
「まだ確定したわけじゃないよ」
「うん、それでも良い」
「⋯⋯適応した身体なら、生きられるかもしれない」
ほんの少し掠れたような声。
「地球には、魔力がないだろ。それが、俺たち魔法使いの身体には耐えられないんだ」
「⋯⋯そうね、話には聞いているけれど」
「強い魔力が、地球では“障害”となる」
動揺する私を映さないように、彼は静かに目を閉じた。
「持っている魔力が強ければ強いほど、その障害は重くなって⋯⋯死んでしまうんだよ」
「⋯⋯それで、歴代の星渡りたちは生きられなかったのね」
「うん。でも、魔力がない星で生きるための身体だったら⋯⋯」
──その障害を和らげられるかもしれない。
そう彼が呟く。これは私に言ったんじゃなくて、きっと自分に言い聞かせているのだ。
「それってつまり⋯⋯」
「“転移”じゃなくて“転生”なら、すぐには死なないかもってこと」
星渡りというのは、要するに“異星間転移”を表す。
その人がその人の身体のまま、ただ星だけを移動すること。
でも、転生は違う。その星の生命に成ることだ。それは、その人のままで居られないことを意味する。
「地球人の身体に、まっさらな魂だけが入るなら、生きられる可能性はぐっと高くなるはず」
私の心臓がぎゅっと握られて痛んだ。これは私の痛みではなく、彼の痛み。
「⋯⋯全部、忘れるってことね」
呟いてからまた痛む。今度はどちらの心が痛んでいるのか、はたまたどちらもなのか。私には分からなかった。
「魂も適応させるには、それが一番だよ」
「あなたのことすら忘れてしまうの?」
「うん」
そっけない返事。だけどどれほど辛いかは、この鼓動が証明してくれる。
「ごめん、痛いよね」
思わず胸を抑えた私へ、彼が申し訳なさそうに言った。
「それはお互い様でしょ」
にこりと笑えば、同じ笑顔が向けられる。
ああ、私は今こんな顔をしているんだ。見ているだけで哀しくなる、こんな顔を。
世界で一番、笑っていてほしい人に見せている。
「私、地球で生きられるのかな」
「俺が、そうするよ。死ななくて済むように」
「魂に帰属した魔力までは消せないでしょ。それも障害になるんじゃないの?」
「⋯⋯なるけど、死に直結するようなレベルにはならないと思う」
「そっか」
これ以上、何か言うのは意地悪だと思った。言えば、彼が言いたくないと思っていることも引き出してしまうから。
「私が居なくなったあとも、星下の言うことをちゃんと聞くのよ」
「⋯⋯うん」
「仕事に没頭しすぎないで。ちゃんと食べて、ちゃんと寝て」
「⋯⋯うん」
「何かあったら母様か父様に相談すること。兄様でも良いわ」
「⋯⋯⋯⋯うん」
「いつも私にくれるデザート、これからは自分で食べて良いからね」
「⋯⋯要らないよ」
錫色の瞳から一粒の雫が溢れる。それは傷にしみるほど熱かった。
「レイ」
私は彼の名前を呼んだ。生まれてから今まで、幾度口にしたか分からないほど唇に馴染んだ響き。地球へ行ってしまえば、この唇の震えを感じることは二度とないのだろう。
「あなたを忘れてしまっても、欠けていると思うでしょうね」
「⋯⋯何が?」
「“何か”が」
「⋯⋯何それ」
鼓動が共銘して、少しの喜びを噛みしめるようにゆっくりと息をする。
「変なこと言うなあ、姉さんは」
同じ日に生まれた、双子の弟。
──心拍すらも共有する、私の半身。
同じ瞳。同じ光。同じ匂い。ただ、運命だけが違った。
どうか彼だけは、遠い星で幸せに暮らせますように。
私は祈るように、瞳の虹を少しだけ隠して笑った。
関連楽曲
https://youtu.be/3AENznzVXE4?si=adRZhp_bHHguTCb1




