それでも、歌は届く。
「もし、自分が“何をしたら良い”か、分からないなら──」
頭の中で、あの子に言われた言葉がぼんやりと繰り返される。
「その時は、歌ったら良いんじゃない?」
穏やかに目を細め、にこりと口角を上げるあの子。
あの子の笑顔はいつだって、私と同じで苦しんでいた。
✧✧✧
“星の和を守り、豊かにせよ”
女神から授けられたその言葉を、私たちは大切にしている。
母様が治めるこの帝国は、遠い昔、女神の導きによって創られた。
建国も、統一も、発展も、全て女神の力があってこそだ。だから私たちは女神の言葉を“星の理”として絶対視するし、神託や決定に逆らわない。
例え自身が、殉教することになったとしても。
「ねえ、地球へ行った“星渡り”って……皆死んでしまったのよね?」
女神に祈りの歌を捧げる神聖な場所で、私は隣に座っていたあの子に言った。それがあの子にとってどれだけ残酷な内容だったか。分かっていたのに、聞かずにはいられなくて。
“星渡り”とは、女神に選ばれた特別な魔法使いのことだ。
こことは違う別の惑星に行き、星の理を遂行する使命を持つ。
「うん……そうだよ。皆死んだ」
投げかけた問いに、あの子はこちらの目を見ず答えた。
私が、次の“星渡り”だから。
「そんなに危険な星なのかしら?」
「危険というより野蛮なんでしょ。魔法すら使えない星なんて」
吐き捨てるように言うあの子。
地球のことを、誰よりも嫌っている。私がひとりで死ぬ場所を。
「魔法が使えなかったら、私は何も出来ないわ」
「誰だってそうじゃない?」
「そうだけど……果たさなければならない使命があるでしょう」
あの子は私の顔を一瞬見て、何か言いたげに口を開けた。
でも、言わないまま口を閉じる。そして、そのまま俯いてしまった。
優しいから声に出さないのだ。
“どうせ死ぬから使命なんか果たせない”って。
「もし私が生きられたら、地球で何をしたら良いと思う?」
私は出来るだけ明るく聞いた。もう、分かりきっている話はしない。けれどこの不安をひとりでどう処理したら良いかわからなくて、あの子を巻き込んだ。
「うーん、そうだなあ。その時にしたいことをしたら良いと思うけど……」
こちらの意図に気付いて、あの子も大げさに悩むふりをする。
「もし、自分が“何をしたら良い”か、分からないなら──」
わざとらしく楽しげに返ってきた答えは、あまりに意外なものだった。
「その時は、歌ったら良いんじゃない?」
「……歌?」
こちらに向けられる穏やかな笑顔。
そこに隠された真意が分からないほど、私たちが過ごした時間は浅くない。
でも、それを暴くのは違うと思った。だからそこには触れないまま。
「どうして歌を?」
「歌って、文明の中で最初に生まれるらしいから。文字よりも、何よりも先にね」
「……だから、地球にもあるかもしれないってこと?」
「そういうこと」
あの子がにかっと笑う。
「“歌姫”様なら、地球でも歌えるだろうし?」
私は溜息をつきながら、あの子の持ち上がった頬をつねって更に持ち上げた。
意地悪なことを言われたからだ。
「いひゃい、いひゃいよへへふぁん!」
「私がそう呼ばれているのは、女神へ捧げる星歌を歌う声に魔力が滲んでるからでしょ。魔法が使えない場所なら、私の歌に意味なんてないわ」
「ふぉお? ひいふぁふふぁふぁ……」
満足に喋れない様子に思わず笑ってしまって、あの子の頬を離す。
あの子は赤くなった肌をさすりながら、私の顔を覗き込んできた。
「意味があるかは、関係ないよ。歌うのは女神のためだけじゃないでしょ?」
真剣な錫色の瞳が、私を捉える。
「辛いことがあった時、ここに来てひとりで歌ってるよね」
瞳の中の私が大きく揺れた。
「私はいつも通り、女神へ星歌を捧げているだけよ」
「誰のための歌声か、聞き分けられないと思った?」
「……意地悪を言わないで」
「ごめんってば」
怒って顔を逸らせば、私の頬に手を添えて自分の方を向かせるあの子。
そのまま額をくっつけられる。
伝わる温度から、私のためを思っているのだと分かった。
「魔力がなくたって、届くと思うよ」
「……誰に?」
「“誰か”に」
あの子の目がゆっくりと細められ、私もその動きに合わせる。
それは女神ではなく、“誰か”に祈る行為だ。
砕けそうな心が、癒えることのない孤独が、絶望の中から這い上がれるように。
「……じゃあ、そうするわ」
「うん、そうして」
私たちはそのまま寝転んで、ぎゅっと手を繋ぐ。
もし私が地球で生きられたなら、今日を想って歌うだろう。
欠けた魂で、それでもなお、“誰か”に届くことを祈りながら。
関連楽曲
https://youtu.be/K5ZxSTf-gvA?si=6IW9OUXL82Bh7K1p




