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K-98 春休みには

 アハロの部室では春休みについての会議が繰り広げられていた。


「十三日間もあるならどこでも行けるよね? キーコンとボーアは何処か行きたいところはある?」


「春休みだと北海道はまだ雪が積もってるよね?」


「どうかな〜。きっと峠とか山の中なら積もってるかもね〜」


「でも、私は逆に雪を見てみたいかな? ベトナムでは雪は一度も見たことないし、日本に来てからも積もってるのを見たことがないんだよ」


「そっか〜。名古屋も二〇二四年に一度だけうっすら積もった日があったんだけど、その頃はまだキーコンは日本に来てなかったんだね〜」


「うん! だから雪見るためだけのツーリングをしようよ! それに名古屋から苫小牧までのフェリーにも乗ってみたい! 私とボーアはまだ船旅をしたことないんだよ」


 ヨンキュウ部の乙女たちは春休みを満喫しようとウキウキだった。


   *


 一方、その頃の王都では——。


 一羽の鳩がチャンプのもとへ降りてきた。


 手紙を開いた。


 読んだ。


「嘘だろ……」


 硬直しているチャンプにアプリが声をかけた。


「チャンプ、どうした? 悪い知らせか?」


「は、はい……。とても悪い知らせです……」


 チャンプが震える手で手紙を持ち直した。


「アハロ団が春休みでツーリングへ行くから、しばらくネモには来ないそうです……」


 アプリと菊が静かに立ち尽くした。


 アプリは何も言わなかった。


 菊もうつむいた。


(日本ではもう春になっているのか……。向こうでは時間が流れている。私たちにはその時間の感覚がない)


 王都は今日も変わらず、陽が昇っていた。


 歳をとらないネモの住人たちには、「春休み」という概念すら存在しない。


 三人は無休でここ数ヶ月、王都で調査を続けてきた。ネモの街でアハロ団と顔を合わせることだけが、地球を感じられる時間だった。


 しばらく沈黙が続いた後——アプリが星矢のたてがみを撫でながら、静かに言った。


「まあ、仕方ない。春休みは学生の権利だ。存分に楽しんでこいってことだな」


「……仙人様は優しいぞ」


 菊が小さく呟いた。


 星矢だけが「アァ……」と気持ちよさそうに嘶いた。


   *


 春休み初日。


 太平洋の上で、アハロ団の乙女たちは恒例の船上ジャズライブを堪能していた。


 初めて見るジャズライブに、キーコンとボーアが目を輝かせていた。


 翌日、仙台港に立ち寄ると、カッパとラーナが慣れた足取りでコンビニへ走り、焼きそばバゴーンを大量に抱えて戻ってきた。船の上で乙女全員で焼きそばバゴーンを食べた。


「バゴーン!」


 菊がいなくてもバゴーンは食べる。それがヨンキュウ部だった。


 そして翌朝——ついに苫小牧港へ到着した。


   *


 キーコンとボーアは北海道初上陸で興奮しながらフェリーを降りた。


 しかし、目の前に広がったのは——雪のない、普通のアスファルトだった。


「雪が無いね……」


 ラーナがモルフェで降りながら声をかけた。


「大丈夫! 苫小牧は元々、雪が少ないんだってさ! それよりも早くセイコーマートへ行こう!」


 ヨンキュウ部の乙女たちはさっそく苫小牧市内のセイコーマートへ飛び込んだ。


「やったー! セコマカードだ!」


 キーコンがセコマカードを手に目を輝かせた。ボーアはカタログをワクワクしながらめくりながら、フライドチキンをかじっていた。


 これが北海道初上陸の当たり前の光景だった。雪がなくてもキーコンとボーアはすでに大満足だった。


   *


 今夜の宿は千歳市の遊悠館。荷物を降ろして、昼ごはんを食べに市内を原付で走り出した。


 その時——信じられない光景が飛び込んできた。


 一般道を、戦車が走っていた。


 九〇式戦車と一〇式戦車が何台も連なって、原付と同じような速度でのんびりと走っていた。周りの通行人は誰も振り返らない。後続の車に至っては戦車の列を邪魔くさそうに追い越していく。


(え? 普通なの?)


 ヨンキュウ部の乙女たちは顔を見合わせ、その戦車の後をついていった。やがて戦車たちは東千歳・北千歳駐屯地の門の中へと消えていった。


 あっという間のマスツーリングが終わった。


「凄かったね」


「うん! 凄かった! 一九四四年の頃の戦車よりもカッコよくなってた」


「一九四四年の頃の戦車はダサかったの?」


「例えるなら、今の戦車が大型バイクなら、一九四四年の戦車は原付だったよ。遅いし鉄板もペラペラだったもん。モレよりも遅かったもん。でも、昔の戦車の方が…なんか良かった…」


 ヨンキュウ部の乙女たちは駐屯地の前で立番をしていた警衛隊に向かって、ビシッと敬礼をした。


 警衛隊がニッコリと笑って、敬礼を返してくれた。


   *


 基地の近くにある東千歳バーベキューへ昼食を食べに入った。


 店内に入ってメニューを見た。


 バーベキュー……千円。

 野菜炒め……三百円。

 ライス……二百円。


 それだけだった。


「これだけ?」


「他にはないの?」


 仕方ないので人数分注文すると——鳥の半身がそのまま出てきた。目の前の炭火の網で自分で焼くスタイルだ。野菜炒めも専用のフライパンで、鳥の半身と並んで自分で焼き上げる。


 ラーナが鳥をひっくり返しながら言った。


「なんか異世界の食事と変わらないよね」


 乙女たちは思わず笑い出した。


 しかし一口食べると——異世界よりも遥かに美味かった。


 全員がバーベキューをおかわりした。


   *


 食後、ヨンキュウ部の乙女たちは新千歳空港へと足を伸ばした。展望台から滑走路を眺めていると、今どき珍しいプロペラ機が動き出した。


 Q400。


 ゆっくりと加速して、優雅に飛翔した。


 ラーナがプロペラ機の後ろ姿を目で追いながらカッパに聞いた。


「カッパなら今のプロペラ機を操縦できるんじゃないの?」


 じっとQ400が飛び立つのを眺めていたカッパが、静かに呟いた。


「うん。きっと飛ばせる。百式の時よりも、もっと自由に飛ばせると思う。あのプロペラ機も凄く綺麗。一〇〇式司令部偵察機も美しかったけど、あのプロペラ機も綺麗だよね。また、百式に逢いたいね……」


「そうだね。また、アハロの地下で百式で夜更かししたいよね……。あの後、私たちが三沢まで運んだ百式はどうなったのかな?」


「戦争に負けたから壊されたのかな……」


 カッパとラーナはプロペラ機が見えなくなるまで、黙って空を見つめていた。


 千歳市内には積雪はなかった。


 しかし、北の大地の空は広くて、遠かった。


 夕暮れが近づくと空が橙色に染まっていき、キーコンが「綺麗だ」と小さく声を出した。ボーアは何も言わずに、その色をずっと見ていた。


 ヨンキュウ部の乙女たちの、春の北海道の一日が静かに終わった。







太平洋フェリー(名古屋〜苫小牧):

アハロ団の定番ルート。名古屋港からほぼ二日かけて苫小牧港へ至る航路です。船上ジャズライブ、仙台港での途中下船と焼きそばバゴーン購入が恒例行事となっています。


セイコーマート(北海道):

北海道民のソウルコンビニ。道民以外がセコマカードを作ることへのこだわりは、北海道好きライダーには分かる儀式です。


東千歳バーベキュー(北海道千歳市錦町):

メニューはバーベキュー千円、野菜炒め三百円、ライス二百円のみ。駐屯地そばという立地柄、自衛官・ライダー・地元客が集う名物店です。シンプルさと圧倒的な旨さで、全員おかわり確定です。


Q400(ボンバルディアDHC-8-400):

新千歳空港でも見られるターボプロップ旅客機。プロペラの回転音と優雅な離陸は、一〇〇式司令部偵察機を知るカッパとラーナには、少し違う意味で胸に響いたようです。


王都組の三人はこの間も無休で調査中です。

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