K-95 仙人、異世界へ行く
ある金曜日。羽田空港の到着ロビーに、チャンプが出迎えに立っていた。
「お久しぶりです! アプリさん!」
「急用とは珍しいな。LINEではよくわからなかったが、異世界とは何だ?」
原付キャノンボールランの圧倒的優勝者・アプリを、チャンプは福岡から東京まで招いていた。二人は東京の下町にある洋食屋へと向かった。
「幕末にタイムスリップをしたことがあるアプリさんなら信じてもらえると思うんですが、この店は明日、異世界に繋がります! アプリさんにはその異世界で俺と馬車旅をお願いしたくて今日、ここへ来てもらいました! アプリさんは乗馬のインストラクターでしょ? 馬車でも行けますよね?」
アプリはナポリタンを食べながら答えた。
「異世界? そんな馬鹿な話を信じるとでも思うのか? これはドッキリか何かか? 俺はちゃんと騙されたリアクションをするべきなのか? スマンな。俺はそういうバラエティ番組とかあまり見ないからリアクションというのがわからん」
幕末にタイムスリップまでしてきた男が異世界転移を全く信用しないとは——チャンプは唖然として、急いでデジカメの映像をアプリに見せた。
「しつこいぞ、チャンプ。こんなものAIで作れるだろ? そんな事よりも、お前、モタチャンプが休刊になる噂があるが、そっちの方が大問題じゃないのか?」
「うぅっ……確かにそれも大問題なんですが、俺は他の雑誌の記事もちゃんと書いてるライターだから失業することはないから大丈夫……だとは思う……。そ、それにアプリさんのタイムスリップネタで小説も書き始めてるし……うん……何とかなる。そ、そんな事よりも、今は異世界の事です! 明日、一緒に異世界へ行ってくださいよ! 俺はステータス数値が弱すぎて戦えないし、馬車にも乗れません! アプリさんが来てくれないと本当に困るんですよ! 俺の周りには日頃から暇そうにしてる人はアプリさんと本田くんしかいませんし」
「まあ、暇してるのは認めるが、その異世界ってのがイマイチ信用できん。チャンプ、お前、変な宗教や変な薬に手を出してないよな? 週明けに俺が病院へ連れてくぞ?」
「そこまで信用されないとは……。でも、これは本当の事なんです! 明日になればハッキリします! 明日は俺に付き合ってもらいますよ! それで、異世界のことをアプリさん自身の目で確かめてください! 向こうでは鈴菌さんが待ってますから!」
「なんだと!? 鈴菌が何故、向こうで待ってるんだ?」
「元々は鈴菌さんがアハロの地下でダンジョンを見つけたことが発端なんですよ!」
鈴菌の仕業だと知った瞬間——アプリは目をすがめ、一つ頷いた。
「なるほどな。それなら納得だ。鈴菌なら普通にあり得る。俺は夏にアハロの地下空間の戦闘機を見たからな。鈴菌なら戦闘機もダンジョンも何でも発掘するだろうな。わかった! 明日の朝、俺を異世界へと連れて行け。実は俺の夢は馬車で旅をすることなんだ。それがたとえ異世界だとしても馬車で旅ができるなら本望だ。それで、目的地は何処だ?」
チャンプが不正確な世界地図を広げて、指を差した。
「ここです! ここが王都です。ちなみにこの西の果てから東の果てまでの旅路になります!」
ほぼ大陸横断に近いルートを見て、アプリはニヤリと笑った。
*
翌日の土曜日。異世界食堂でアプリとチャンプがアハロ団を待っていると、いつものようにアハロ団が扉を押して入ってきた。
アプリの顔を見た菊が雄叫びを上げた。
「せ、せ、仙人様だ! どうして、こんなところに仙人様が!?」
菊はアプリの隣にちょこんと座り、顔をじっと見つめた。アプリは目の前の見知らぬ魔法少女を見て戸惑った。
「ん? 花に似てるが、貴様は花ではないよな? 誰だ?」
「私です! 仙人様! 青森の菊です! 異世界ではジョブが美魔女なので少しだけ若く見えるんですよ! 仙人様!」
ようやく目の前の魔法少女が青森の九十六歳の老婆だと理解したアプリが静かに頷いた。
「うん……ほんの少しだけ若く見えるな……。ほんの少しだけ……」
「はい! ほんの少しだけ若く見えるだけなんです!」
そんな二人の再会を遮るように鈴菌が口を挟んだ。
「久しぶりだな、アプリ。幕末から帰還した時以来だな。また、お前の力が必要だ。チャンプと共に王都へ向かってくれ。既に良い馬車を買っておいたぜ」
*
ギルドへ向かい、アプリにも鑑定水晶でジョブを測定した。
「どうですか? アプリさん、ステータス画面は見えましたか?」
「あぁ、見える。こ、これが俺のジョブ……。このジョブの選択はバニーが操作してるだろ! 俺がこんなジョブなわけがない!」
アプリが困惑しながら少しキレた。アハロ団もチャンプもバニーも、アプリのジョブが気になって仕方なかった。空気の読めない鈴菌が尋ねた。
「アプリ、早く貴様のジョブを言え。それ次第で王都行きのメンバーを決めなきゃならないからな」
アプリは顔を真っ赤にして、小声で呟いた。
「……仙人……だ……」
「「「はい?」」」
「なんだって? よく聞こえなかったぞ?」
「……仙人だ……」
その言葉を聞いた瞬間——なぜか菊だけがドヤ顔になって胸を張った。
「ね? アプリさんは仙人様なの!」
一同は仙人というレアなジョブに驚きつつ、青森では既にアプリが仙人として崇められていたという事実にも驚いた。
菊がご陽気にアプリの周りをアプリ音頭を歌いながら踊り始めた。アハロ団の乙女たちも続いた。アプリはただただ、顔を赤らめていた。
────────────────────────
アプリ(仙人 Lv.1)
HP 90,000
MP 90,000
攻撃力 700
防御力 600
素早さ 1,200
器用さ 30
運 80
【装備】
(なし)
【パッシブスキル】
不老長寿
【アクティブスキル】
仙術
────────────────────────
*
こうして、学校や仕事の制限がないチャンプとアプリと菊が王都を目指して旅をすることが決まった。
鈴菌が王都組のメンバーを厩へ案内した。
厩には立派な幌馬車が停まっていた。アプリも感心した。
「かなり良い馬車だな。高かっただろ? これだと立派すぎて、すぐに盗賊に囲まれるぞ?」
「その辺は大丈夫だ。菊さんはアハロ団でいちばん強い! 盗賊相手なら楽勝だ。こう見えて菊さんはドラゴンスレイヤーだぞ?」
九十六歳の老婆がドラゴンを倒したとは信じられなかったが、自分のステータスもチートだったのでアプリはギリギリ納得した。
「そうか。それなら、戦闘は婆さんに任せよう。あと、馬は?」
鈴菌が厩の奥へ案内した。
「ほら、これだ。かなり上等な馬だから大切に扱えよ」
アプリが厩の中を覗くと——そこには、普通のしょぼくれたバーコードヘアのオジサンがいた。ただし、そのオジサンの下半身は馬のような四本足になっていた。
「こ、コイツは馬……?なのか?」
「どう見ても馬だろ? ケンタウロスだぞ? レア種だぞ? かなり高かったが、ノーマルの馬よりは良いだろ?」
「いや、ノーマルの馬の方が良かった……。本当にこれで王都まで行けるのか?」
アプリの問いに答えたのは、鈴菌ではなく、バーコードヘアのオジサンだった。
「ご安心くだせぇ〜。旦那様。あっしが王都まで旦那様方を快適に案内するでゲス」
アプリが固まった。
「おい! 今、喋ったぞ?」
「そりゃケンタウロスなんだぞ? 喋るだろ」
ケンタウロスが笑顔になった。
「あっしは星矢。ケンタウロスの星矢でゲス。王都まで愉快に旅をしようでゲス!」
アプリの目が、鋭くなった。
「……なぜ、星矢なのにケンタウロスなんだ」
アプリの声は静かだったが、目が笑っていなかった。
「誰がお前の名付け親だ!」
「誰ってあっしの両親に決まってるでゲス」
「……あのな。星矢というのは、本来ならペガサスが名乗るもんなんだよ。四本足でいかに立派なケンタウロスだとしても、星矢と名乗ってどうする! むしろお前自身は本来なら黄金聖衣の方なんじゃないのか!?」
「あっしにはよくわからないでゲス……」
「それはわかってる! でも名前が! 名前が、だよ!!」
「すみませんでゲス……」
星矢がしゅんとなった。鈴菌が首をかしげて尋ねた。
「アプリよ、なぜケンタウロスの名前が星矢ではダメなのだ?」
アプリはもはや反撃する気力も失せていた。
「……もういい」
*
王都組のアプリと菊とチャンプは、ケンタウロスの星矢に引かれた幌馬車でネモの街を後にした。
アプリ以外の面々は、異世界の旅を心から楽しもうと笑顔で旅立った。
アプリだけが、星矢の手綱を微妙な顔で握っていた。
アハロ団が笑顔でそれを見送った。
ガラガラと車輪が回り、砂利を踏む音がした。幌馬車が石畳の先に消えていくと、ネモの街の東の門が静かに閉まった。
*
鈴菌は見送りながら、静かに腕を組んだ。
(アプリが王都に着いたら、四勇者の評判も直接確かめてもらえる。それと——封印の仕組みについても、向こうで何か掴んでくれれば……)
推理するたびに、経験値が積み上がっていく。
今日もネモの街の土曜日は、粛々と過ぎていった。
アプリ(仙人 Lv.1)について:
福岡在住。原付キャノンボールランの圧倒的優勝者。乗馬インストラクター。幕末タイムスリップ経験あり。青森県横内では既に仙人として崇められていることが今回発覚しました。ジョブ「仙人」のパッシブスキル「不老長寿」とアクティブスキル「仙術」の詳細は不明です。本人は恥ずかしそうにしていました。
ケンタウロスの星矢について:
バーコードヘアのしょぼくれたオジサンですが、ケンタウロスのため普通の馬よりはるかに高額でした。アハロ団はエルドラ討伐で得た資金が潤沢なので購入に至りました。名前が星矢であることについては、アプリが強くコメントしましたが、本人(両親命名)には届いていません。翼はありません。流星拳も放てません。
令和・青森 仙人アプリリア音頭については、菊おばあちゃんとご近所一同による作詞・作曲・vocal、feat.二代目高橋竹山という布陣で制作されています。振り付けの「なんまんだぶプッシュアップ」は、全国への普及が検討されています。
『元ネタは原付転生reverse』の
【reverse82 恩送りのお引越し】を読むと多少は理解できます。




