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K-93 異世界の食堂にて

 鈴菌はネモの街の犯罪率と検挙率を聞いてから、ずっと考え続けていた。


 剣と魔法の世界には、科学的な捜査というものがほぼ存在しない。なぜなら、魔法さえ使えれば証拠を残さずに完全犯罪が成立してしまうからだ。暗殺も、盗難も、証拠隠滅も——魔法があれば容易い。特殊なジョブやスキルを使えば、魔法を持たない者でさえ如何なる犯罪も可能になる。


 この世界には、不審死が多すぎた。


 宇宙刑事として、見過ごせなかった。


 鈴菌はダンジョンに入らなくなってから、ずっと刑事の仕事をしていた。刑事の仕事をすればするほど経験値が貯まる——宇宙刑事というジョブは、そういう仕組みだった。鈴菌のレベルは、日に日に積み上がっていた。


   *


 土曜日の朝。異世界食堂。


 アハロ団は揃ってモーニングを食べていた。


「やっぱり、異世界食堂の朝メニューはホットサンドが一番だよね〜」


「カッパはいつもホットサンドだよね〜。でも、たまには焼きそばパンを食べてみなよ! 異世界食堂の朝メニューでは焼きそばパンが一番だよ?」


「カッパ、ラーナ、ダメだよ。朝はもっとアッサリしたものにしなよ。異世界食堂の朝メニューではフォーが一番だよ?」


「キーコンのはパンでもない! 今は朝メニューのパンの事を言ってる。でも、異世界食堂の朝メニューで一番美味いのはドーナツ。毎週バリエーションが変わるから飽きないんだよ? だから、朝メニューで一番なのはドーナツだよ」


「ドーナツなんておやつだよ! 朝食としては認められないよね? ラーナ」


「うん! ドーナツはおやつ! ね? カッパ」


「そもそも朝食はしっかり食べなくちゃダメなんだよ? フォーならいくらでも食べられるから朝食としては優秀なの」


「ドーナツだっていくらでも食べられるよ? むしろ高カロリーだし、ダンジョン前に食べるのには一番適してる!」


 四人の乙女が一斉に主張して、喧嘩になりそうになった。


 厨房から店主の声が飛んできた。


「うちはあくまで食堂です。他のお客さんの迷惑になるようなら、お引き取り願うことになりますよ」


 四人の乙女はシュンとなり、大人しく朝食をムシャムシャ食べ始めた。


 鈴菌が店主に頭を下げながら、さりげなく声をかけた。


「マスター、騒いで申し訳ないね。変なことを尋ねますが、マスターはもしかして日本人じゃないですか?」


「えぇ。そうですよ。うちは土曜の日だけ異世界と繋がるんですよ」


「やはり、そうか。実は俺たちも日本人です。俺たちは名古屋から来てるんですけど、マスターは何処から来てるんですか?」


「俺は来てるというか——店自体がこちらへ繋がるんですよ。店自体は東京にありますよ。店の入口がこちらへ繋がるようでして……俺も詳しくはわからないんですよ」


「そうですか。それなら、土曜の日は東京ではこの店は休みなんですね?」


 混み始めてきた店内に引き戻されて、店主は厨房へと戻っていった。


   *


 ホットサンドを食べ終えたカッパが鈴菌に尋ねた。


「鈴菌さん、どうしてこの店が日本にあるってわかったんですか?」


「エアコンがあるからな」


「あ、本当だ! でも、店は東京って言ってましたよね? アハロの鳥居から異世界食堂まで歩いて数分ですよね? 異世界食堂が東京なのに近すぎませんか?」


「そうだな。俺もそこを確認したかったんだ。つまり、この世界には地球と通じてるゲートがいくつかあると思う。それは、地球での地形を無視してる。鳥居と異世界食堂みたいにな。つまり、鳥居以外のゲートから出ることができれば、俺たちはそこへワープできるってことだ。たぶん俺たちはこの異世界食堂で日曜まで過ごせば、東京にワープできるんだよ。この異世界食堂は土曜の日限定でネモへ繋がってるからな」


 話が難しすぎて、乙女たちはデザートを注文することに意識を向けていた。


 鈴菌が推理するたびに、経験値が静かに積み上がっていた。


   *


 朝食を食べ終えて、乙女たちがダンジョンへ向かおうとすると、鈴菌が声をかけた。


「今、お前らは何階層まで行ってるんだ?」


「まだ二十五階層だよ。例の空のある二十階層以降の階層はめっちゃ広いんだよ〜。雲にはキーコンとボーアしか乗れないから、地道に原付で走るしかないんだよ」


「そうか。それなら今日は二十階層まで俺を連れて行ってくれ。暴風龍エルドラが封印されていた場所が何処にあるか知ってるか?」


「うん。知ってるよ。今は冒険者たちが必ず立ち寄る観光スポットになりかけてるよ」


 久しぶりに鈴菌がダンジョンへと入ることになった。


   *


 二十階層。暴風龍エルドラが封印されていた場所。


 地面には巨大な穴が空いていた。穴の底には謎の魔法陣が淡く光っていて、封印が解かれたあとも何らかの魔法力が残っていた。


 鈴菌はその魔法陣を丁寧に観察した。


 やがて、魔法陣の一部が明らかに書き換えられているのを見つけた。


「たぶん、ここだな。ここを書き換えた奴がいる。こんな魔法陣をバグらせることができるやつなんて、限られてるな……」


 助手として同行したカッパが、書き換えられた箇所をじっと見つめていた。


「鈴菌さん! 大変だ! 私のルックルックってスキルの使い方がわかってきたかも……」


「ルックルックの使い方だと?」


「うん。ルックルックを使うと取材ができるんだよ!」


「取材? どういうことだ?」


 鈴菌がカッパを見ると、カッパは誰かと会話しているように見えた。


「えっとね。そこを書き換えたのは魔族だってさ」


「今、お前は誰と話してるんだ? ここには俺とお前しかいないだろ?」


「あのね、朝露。私の水属性はルックルックを使うと水から取材できるみたい。朝露たちが全部見てたってさ」


「朝露たち!? まあ、証言としては法廷では使えないが——これは捜査が大きく進展したぜ! どんな魔族だったか朝露に聞いてくれ!」


「ただ魔族としかわかんないってさ。朝露たちは種族の違いしかわかんないみたい。男と女の違いも水だからわかんないってさ」


「それもそうか。水にオスメスの区別が判別できるわけないよな。それなら、こう聞いてくれ——足音のリズムは?と」


 カッパが朝露に尋ねた。すぐにそのリズムを覚えた。


「鈴菌さん! 大変だ! 私のタンバリンってスキルの使い方もわかってきた! 私、リズム感がバッチリだ! リズムゲームで満点出せるよ! その犯人の歩くリズムはこうだよ!」


 カッパが手拍子を打った。


パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。


 等間隔の、重い刻み。


 そのリズムを聴いた鈴菌がニヤリと笑った。


「これは男だな。しかも百八十センチ以上の大柄な魔族。カッパの謎スキルだったルックルックもタンバリンも、かなり優秀なスキルだったな! やはりSUZUKIイズムの申し子だぜ」


 謎スキルを褒められたカッパが満面の笑みで親指を立てた。


   *


 鈴菌とカッパはレベル上げをしているアハロ団に合流してから情報を共有し、そのままギルドへ戻ってバニーに容疑者の特徴を報告した。


「凄い進展ですよ! 鈴菌さん! その取材というのが正しい情報だとしたら本当に凄いです!」


「正確だよ。だって朝露は嘘をつけないもん」


「まあ、法廷で使える証言ではないが、有力な情報である事には間違いない。それで、ギルドとしては、この街にいる魔族については全て把握してるのか?」


「一応、把握しているつもりなんですけど、空を飛べる魔族さんも多いので、ネモの街の城壁の検問をスルーして超えてくる人もいないこともないんですよ」


「いや、それはそれで有力な情報だぞ? 空を飛べる魔族ってだけでも、かなり絞れるからな。もしも犯人が飛んで城壁を超えてきたような奴なら、逆に分母は少なくなる。まずはギルドで把握している中で、百八十センチを超えている男の魔族をリストアップしてくれ。ここからは地道にしらみ潰しにあたるしかなさそうだ」


 ギルドがリストアップした容疑者リストは五十人を超えていた。


 鈴菌とカッパの聞き込み捜査は夕方まで続いた。しかし、手がかりは掴めなかった。


   *


 夜。アハロ団は異世界食堂で落ち合った。


 鈴菌とカッパが到着すると、乙女たちはすでにパフェを食べていた。


「カッパ! 鈴菌さん! こっち! こっち! 犯人見つかった?」


「まだだよ。魔族が犯人ってとこしか進展してないよ。あ、私もパフェにしよう!」


 カッパが追加注文をしながら席についた。鈴菌はコーヒーを頼んだ。


「そうなんだ。封印を解いた犯人の動機が見えてこない。動機が見えないと犯人も絞りにくくてな」


「そもそも、あの暴風龍エルドラって、どうやってダンジョンの中に入ったのかな?」


「そこも謎だな。先々代の勇者がどうやって封印したのかも謎だ。まあ、これは俺の勝手な予想なんだが——先々代の勇者ってのも十分怪しい。俺が勇者なら、封印する前に真っ先に、暴風龍エルドラがどうやってダンジョンに入ったのかを調査するからな。調査もせずにいきなり封印するなんてのは、証拠隠滅してるとしか思えないんだよ……」


 二杯目のパフェを食べながら、ラーナが口を挟んだ。


「暴風龍エルドラはダンジョンに入ってきたんじゃなくて、最初からダンジョンの魔物なんじゃないの?」


「いや、それはない。暴風龍エルドラはダンジョンの魔物ではない。何故なら——ダンジョンの魔物は死ぬと光の粒子になって消滅するだろ? 暴風龍エルドラは死んでもその場に残った。全滅した冒険者たちもその場に残ってたろ? ダンジョン産の魔物は死ぬと必ず消滅するんだよ」


「あ、そっか。死体が消えないってことはダンジョン産まれではないのか〜。ってことは、先々代の勇者が封印する前に何者かが暴風龍エルドラをダンジョンに入れたってことになるんだね?」


「そういうことだ。これは先々代の勇者の頃から、既にキナ臭い。俺は先々代の勇者こそ暴風龍エルドラの黒幕だと思ってる。まあ、肝心のその先々代の勇者というのは今はもうこの世界にはいないらしいがな……」


   *


 コーヒーカップを傾けながら、鈴菌だけが難しい顔をしていた。


 テーブルの向こうでは、ラーナが三杯目のパフェを注文していた。キーコンは「フォーのあとにパフェ二杯は食べすぎだよ」と言いながら、自分もドーナツを三個頼んでいた。カッパとボーアは魔族のウエイトレスの女の子に「もう少し甘くできますか?」と真顔で相談していた。


 どうせダンジョンで稼いだお金は鳥居を通れない。


 ならば全部食べてしまえ、というのが乙女たちの結論だった。毎週土曜の異世界食堂での暴飲暴食が、今やアハロ団にとっての最大の楽しみになっていた。魔族のウエイトレスの女の子が、次々とオーダーを捌きながら必死についてきていた。


(今の四勇者って奴らにも、会っておく必要があるかもな……)


 鈴菌は推理するたびに、経験値が静かに加算されていくのを感じていた。


 テーブルの上では、乙女たちが甘いものを巡ってまた話し合いを始めていた。





異世界食堂について:

土曜日の日にだけネモの街に現れる、東京にある食堂。エアコンが設置されていることが地球製の店である証拠でした(鈴菌談)。笠寺の鳥居とは別のゲートを持つことが確認され、地球とネモの間には複数のゲートが存在する可能性が浮上しました。鳥居以外のゲートから出れば「東京へのワープ」も理論上は可能です。


ダンジョン産まれかどうかの見分け方:

死体が消滅すればダンジョン産まれ。消滅しなければ外来種。暴風龍エルドラは死後もその場に残ったため、ダンジョンの魔物ではないことが確定しました。誰かが意図してダンジョンに持ち込んだ存在です。


ルックルックとタンバリンについて:

カッパのアクティブスキルの使い方がようやく判明しました。ルックルックは水から目撃情報を取材できるスキル。タンバリンは聴いた音のリズムを完璧に記憶・再現できるスキルでした。二つのスキルが合わさることで、朝露から足音のリズムを聴取するという前代未聞の捜査手法が生まれました。なお、法廷での証言能力については引き続き検討中です。


容疑者リストは現在五十名超。捜査は続きます。

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