K-92 飛べない龍はただの蜥蜴
暴風龍エルドラ討伐を宣言して帰還したアハロ団は、鳥居をくぐった。
くぐった瞬間、菊が膝から崩れそうになった。
「……あぁ、まんず、だりぃじゃ〜。一気に八十も歳とれば、体中だりぐてまいねぇなぁ〜」
その場でへたり込んで、天井を仰ぐ。
「こったに体がだりぃんだば、わだし、死ぬまでこの異世界さ居でぇぉ。これが、妖怪トリオの三人が、いっつも味わってら『だりぃ』だのねぇ〜」
「そうだよ。菊ちゃん、私とキーコンとボーアはいつもこんな感じで鳥居をくぐってたんだよ」
そこへ——地下空間に派手な音が響いた。
ビダーン!
最後に鳥居をくぐろうとした鈴菌が、また魔サンダルを履き替え忘れていた。鳥居に弾かれて、前のめりに倒れていた。
さっきまでギルドであれほどかっこよく宣言していた男が、地面に顔をつけていた。
乙女たちは苦笑した。
「……鈴菌さんって、本当にこれを毎回やるんですね」
「学習しないのが宇宙刑事らしいよね」
カッパが失笑しながら言った。
鈴菌がサンダルを履き替えて戻り、一同がハシゴを登り始めると——鳥居から、聞き覚えのない幼い声がした。
「あらあら、そろそろサザエさんが始まる時間ですわ」
全員が振り返った。
鳥居のそばに、十一面観音像が菩薩の微笑みを浮かべて立っていた。ただし——二回りほど小さかった。
「「「「ラブ!!!」」」」
「あらあら、ナイスリアクションですわ」
ラブは特殊外装をパチン、パチン、と外していった。中から現れたのは、幼さが残る十二歳ほどの少女だった。
「「「「小っちゃくなってる!?」」」」
「あらあら、少し眠ったら身体が縮んでしまいましたわ……まあ、良いですわ」
「「「「良いの!?」」」」
「あらあら、こんなに小さくなると進化したり、物を重くしたり、音を操ったり、できそうですわね。でも、小さくなっても私はやはり近距離タイプのスタンドですわ。オラオラ系のスタンドですわ」
ラーナが堪えきれずに飛びついて泣いた。他の乙女たちも涙が溢れていた。
*
一階のカフェへ上がると、小さくなったラブを見てモト子と花が固まった。しかし、事務所のテレビでサザエさんをワクワクしながら見ているラブを眺めているうちに、なんとか現実を受け入れていた。
翌日のラブの働きっぷりは、以前と全く変わらなかった。
モト子は深く追求しなかった。小さなラブと共に、今日もアハロのホールで張り切って働いた。
*
そして、約束の土曜日。
アハロ団はネモの街の異世界食堂で、ゆっくりとモーニングを食べていた。
「なんか、めっちゃ人多いよね」
「うん。この異世界食堂って土曜の日にしか営業してないんだってさ。だから、きっと行列のできる店なのかもね」
「そうかもね。異世界食堂って地球の料理も出るから、きっとネモの人たちにも人気なんだね! ウエイトレスさんの魔族の女の子も可愛いもんね!」
食べながら二人がのんきに話している間、窓の外では「アハロ団が今日、暴風龍を討伐する」という噂を聞きつけた野次馬たちが、食堂の前をぐるりと囲んでいた。
その視線の意味に、アハロ団は全く気づいていなかった。
*
モーニングを食べ終えたアハロ団は、ダンジョンへと向かった。
十九階層に降りると、すでに冒険者たちが十人ほど待ち構えていた。暴風龍エルドラの討伐を「見物」しに来ていた。
「俺たちにも何か出来ることがあれば協力するぜ」
「あぁ、それは助かるぜ。討伐後の解体はアナタたちに任せるぜ。俺たちはドラゴンの解体なんてしたことが無いからな」
すでに勝つ気でいる鈴菌を見て、冒険者たちは困惑した。
アハロ団は原付の積荷から、持ち込んできた荷物を降ろし始めた。
「よ〜し、キーコンが来た時に持ちやすいように丁寧に広げろよ〜」
周囲の冒険者たちには、何が何だかわからなかった。
やがて準備が終わった。
「ボーア、やっぱりドラゴンの匂いは感じないか?」
「この前はレベル差で全くわかんなかったけど、今の私にはドラゴンの匂いがわかるよ! ……いた。たぶん間違いない。アイツだ!」
ボーアが地平線を指差した。
「それじゃ打ち合わせ通りに頼むぞ! まずはキーコン。ドラゴンをここまで引っ張ってこい! 今のお前ならできるよな?」
「もちろん! 任せてください!」
キーコンは空の雲を見上げた。
次の瞬間——雲の上までジャンプして、雲に乗った。そのまま一気に加速して、地平線の向こうへと消えていった。
周囲の冒険者たちがざわめいた。
「雲に乗ってるのか……?」
アハロ団はキーコンの帰りを待ちながら、残りの荷物を展開し続けた。
やがてボーアが鼻をひくつかせた。
「キーコンが帰ってきます! もうすぐここに来ます!」
「よし! それじゃボーアも頼む!」
ボーアは地面に広げてあった長大なロープを持って、キーコンと同じように雲の上に飛び乗った。
しばらくして——地平線の向こうから、キーコンが全力で戻ってきた。
その後ろを、暴風龍エルドラが追ってくる。
冒険者たちが青ざめた。
キーコンはエルドラの直前で地上に降り、鈴菌からロープを受け取って再び雲の上へ飛んだ。
エルドラがまっすぐ飛んでくる。キーコンがエルドラの左側へ飛んだ。ボーアがエルドラの右側へ飛んだ。
二人が同時にロープを引いた。
ロープに繋がれていた網が広がり——エルドラの全身に絡みついた。
翼が封じられた。
ズシーーーン!
暴風龍エルドラの巨体が、草原に墜落した。地面が揺れた。
冒険者たちが言葉を失った。
「あ……あれは……網……?」「あんなことでエルドラが堕ちるのか……?」
エルドラはもがいた。もがけばもがくほど、網は食い込んだ。翼はもう動かせない。動かせるのは、地上のアハロ団へと向けた大口だけだった。
「さあ、菊さん! もういいぞ!」
菊は静かに歩いた。エルドラの顔の近くまで、ゆっくりと歩いた。
九十六歳の老婆が、いや、美魔女効果で16歳にまで若返った美少女が、地を踏みしめて歩く。
エルドラの大口が、その美魔女を標的に捉えた。ブレスを放とうとした——その瞬間。
菊の手から、即死効果のある毒リンゴが弧を描いた。
ぽとり、とエルドラの舌に落ちた。
暴風龍エルドラは、呆気なく即死した。
*
静寂だった。
冒険者たちは、誰も何も言えなかった。
カッパが菊のもとへ駆け寄って、ハイタッチをした。
「ナイス! 菊ちゃん!」
「ありがとう! カッパ! エルドラを倒したからめっちゃレベルが上がっちゃった!」
呆然と立ち尽くす冒険者たちに、鈴菌が声をかけた。
「さあ、ここからはアナタたちに任せるぜ。俺はさっさと帰ってひったくり犯の捜索に取り掛かるとするよ」
「「「なぜ、龍殺しがひったくり犯を!?」」」
「俺は刑事だからな。本来の仕事に戻るぜ。カッパ! お前らも無理すんなよ!」
鈴菌は颯爽と歩き去った。
冒険者たちは、まだ状況を理解できていなかった。
「た……倒した……のか?」「暴風龍エルドラが……網と……毒リンゴで……?」
アハロ団の乙女たちは、解体を冒険者たちに任せて、すでに次の話をしていた。
「さあ! 今日は毛ガニ? それとも松茸?」
「久しぶりにラム肉が食べたいなぁ〜」
「私もジンギスカンが食べたい!」
「それなら、Mr.モコモコドンが出現する階層に行こうか!」
「「「りょ!」」」
六台の原付が走り出した。
冒険者たちは長い沈黙の後、暴風龍エルドラの解体を始めた。
*
この事は、一瞬で大陸中に広まった。
暴風龍エルドラが討伐された。しかも、網と毒リンゴで。しかも討伐者は龍殺しを作業扱いにして、すぐにひったくり犯の捜索へ戻った。
意図せず、アハロ団の名前がネモの街を越えて知れ渡ってしまった。
*
ある土曜日。ギルドのバニーがアハロ団を応接室へ通した。
「王都から皆さんに招待状が届きました」
「王都から? 西の果まで数ヶ月かけて行く必要はないな」
「王族の方々がアハロ団に会ってみたいそうですよ。それに四勇者もアハロ団にかなり興味があるそうです」
乙女たちが俄然やる気になった。
「鈴菌さん! 行きましょうよ! リアカーを引いてガソリンを積んでいけば大丈夫だって、前に鈴菌さんが言ってましたよね?」
「あぁ、ただ、正確な王都までの距離がわからないから、もしも途中でガス欠したら、カッパのモレをこの異世界で置き去りにすることになるぞ?」
アハロ団が異世界の世界地図を見ながら悩んでいると、バニーが別の提案をした。
「それなら、割り切って行商人の護衛をしながら馬車で王都までのんびりと行くのはどうですか?」
「それは俺が不可能なんだ。ゴールデンウィークまで待ってくれれば行けないことも無いんだが、ゴールデンウィークになると今度はカッパが無理だ。全員まとまっての連休なんてのは、あちらの世界ではほぼ不可能だぞ?」
「そうだよ。アハロはゴールデンウィークに社員旅行があるんだよ」
「そうですか……。それなら、ウチのギルドが責任を持って失礼のないように断っておきますね!」
「あぁ、その方がいいだろう。俺としても、この街でまだちょっとだけ気になる事件の捜査中でもあるしな……」
「あぁ、あの件ですか……。確かにあの件は放置できませんよね……」
こうして、王都からの招待状の一件は静かに終わった。
アハロ団の乙女たちは不正確な世界地図を見ながら、渋々、王都旅行を諦めていた。
暴風龍エルドラ討伐・総括:
前回の敗戦から一週間。鈴菌が編み出した攻略法は「飛べなくすれば、ただの蜥蜴」という一点でした。大蜘蛛は放火で。怪奇毛むくじゃら男はヘアスプレーで。暴風龍エルドラは網と毒リンゴで。鈴菌流・異世界RPG最速最短クリア主義の本領は、強敵と戦わないことにあります。SUZUKIに敗北の二文字はない——それはつまり、敗北する戦いをしない、ということでもあります。
王都からの招待状については、引き続きバニーが対応中です。アハロ団がゴールデンウィークに社員旅行へ行く予定との兼ね合いで、日程調整は難航しています。
鈴菌が捜査中の「ネモの街の事件」については、次回以降に続きます。




