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K-91 ターニングポイント

 ドラゴンの前に、十一面観音像が立ち塞がっていた。


 ドラゴンは壊れない玩具を前にした猫のように、十一面観音像を爪で戯れていた。霊木の特殊外装は軋みながらも砕けなかった。しかし、外装が無事でも——中のラブへのダメージは、確実に深刻だった。


(あらあら、ドラゴンさんも容赦ないですわね……)


 もう立っているだけで辛かった。それでも倒れるわけにはいかなかった。自分が倒れれば、瀕死状態のアハロ団へドラゴンの興味が向いてしまう。千年以上の孤独を耐え抜いた自分には、これくらいできると信じようとしていた。


 その時——背後から声がした。


「ラブ! 独りじゃないよ!」


 十一面の瞳が振り向いた。


 金髪の美少女が、よろよろと立ち上がっていた。


「あらあら、ラーナさん! アナタはレベル1なのですわ! 早くお逃げなさいですわ!」


 ラーナはラブの横に並んだ。瀕死でフラフラしながら、それでも隣に並んだ。


「エヘヘ、実はHPもあと1しか残ってないんだよね。次の攻撃で私、死ぬけど——ラブは独りじゃないよ!」


 特殊外装の中で、ラブは涙が溢れるのを感じた。


「あらあら……」


 言葉が出なかった。


 千年の孤独に耐え抜いてきたラブには、それが最も慈悲のある言葉に聞こえた。自分は仏だから神頼みすらできない——そう思ったら、思わず笑ってしまった。


「うふふ……ラーナさんは本当に素敵な女の子ですわ……うふふ」


 ラーナも瀕死でフラフラしながら、ラブの顔を見て微笑んでいた。


 それでもドラゴンは次の攻撃を繰り出してこなかった。


 二人がドラゴンを見ると——ドラゴンの視線がラーナに固定されていた。


「あれ? なんかこっちを見てるよね?」


「そういえば、古来からカエルは龍の眷属だと言われていますわよ? もしかしたら、ラーナさんのそのカエルスーツがドラゴンにはカエルに見えるのですわ?」


 ラーナは自分の着ぐるみを見て、しゃがんでみた。


 ドラゴンが——後ずさりした。


「あれ? もしかしてアイツ、カエルが苦手なのかな?」


「でも、ラーナさん! HPが1なのですから無茶はしてはダメですわ!」


「う、うん……わかってる! でも、このままドラゴンが逃げてくれないかな?」


 ラーナがカエルのようにぴょこんとジャンプして、ドラゴンへ近づいた。


 その瞬間——ドラゴンの尾が薙ぎ払われた。


 あっさりと、ラーナは叩き潰された。


 HPが1しかないラーナは、そのまま動かなくなった。


 ドラゴンはラーナを尾の下敷きにしたまま、十一面観音像を睨みつけた。


「その汚いシッポを退かしなさい!!」


 ドラゴンには届かなかった。ラーナは下敷きのまま動かなかった。


 ラブは必死でシッポを持ち上げようとした。微動だにしなかった。それでも両腕で押し続けた。


 煩わしいと思ったのか、ドラゴンが十一面観音像をシッポで振り払った。ラブは吹き飛んだ。しかしその瞬間、ラーナが下敷きから解放された。


 十一面の瞳が草原に転がりながら、ラーナを見た。


 金髪の少女が、ボロボロになって倒れていた。


 ラブはこの時ほど、戦えない自分を恨んだことはなかった。


(ラーナ……)


 それでも、立ち上がった。他の瀕死状態のアハロ団を護るために、フラフラになりながらドラゴンの前へと再び立ち塞がった。


 ここからは本当に孤独な耐久戦——そう覚悟を決めたその時。


 十一面の瞳が、奇跡を捉えた。


(ラーナ……!)


 シッポの下敷きにされていた、死んだはずのラーナが——ゆっくりと起き上がろうとしていた。


「ラーナ! ラーナ!」


 ラブがラーナへ駆け寄った。


「エヘヘ、まだ生きてた……HPは1だけど、どっこい生きてるよ! ラブ!」


 ラブは仏であるにも関わらず、神に感謝した。


「あらあら、奇跡は本当に起こるものなんですわね!」


「そうだよ! 私は笠寺空襲でも生き延びたんだよ! もしかしたらこれがど根性の効果なのかな? エーン、エーン、とは泣かないで——根性! 根性! ど根性!って泣けば良いのかな!」


 再びドラゴンが尾で薙ぎ払った。二人は吹き飛ばされた。


 立ち上がった。


 血みどろで傷だらけの金髪の少女と、霊木の外装がきしむ少女が、並んで立ち上がった。そして二人はドラゴンの目の前まで、ゆっくりと歩いていった。


 ドラゴンがまた薙ぎ払った。吹き飛んだ。また立ち上がった。竜巻が来た。吹き飛んだ。また立ち上がった。


 その応酬が、しばらく続いた。


 やがてドラゴンは、眠そうな顔をして優雅に翼を広げた。


 そのまま飛び上がり——地平線の彼方へ、消えていった。


「……終わったの……?」


「えぇ……変わりましたわね……?」


 ラーナはその場に大の字で倒れ込んだ。


「HPが1のまま! 1のままだけど生きてたーーー!!」


 ラーナは血みどろだったが、確実に生きていた。


 ラブはラーナの前にしゃがんで、特殊外装の腕を外した。パチン、と音がした。そしてラブは自ら腕を切り、血を流した。その血をラーナの口へ、ぽたりと落とした。


「何これ! ラブはヒーラーなの?」


「あらあら、私の事を狂ったダイヤモンドみたいに言わないで頂きたいですわ。私はオラオラ系であって、ドララララ系では御座いませんの」


 ラーナがステータス画面を確認した。HPが全回復していた。


「あ、HPが全回復してる! あ、ちょっと待って! 私、レベルも上がってた!」


「レベルアップは私の血は関係ありませんわ。おそらくドラゴン戦の経験値ですわ」


「そうなの? でも、私、ドラゴンと戦ってないよ?」


「宇宙刑事さんも戦わなくても経験値が入りましたもの、きっとラーナさんも別の方法で経験値が入るのですわね」


「そっか〜。ど根性だからど根性を出せば上がるのかな〜? でも、とにかくレベルが一気に上がって嬉しいよ! 今の私はレベル50になったよ!」


「あらあら、それは凄いですわ!」


   *


 ラブは他の瀕死状態のアハロ団全員にも血を分け与えた。


 傷が塞がっていった。


 ラーナとラブの二人で、全員と全員の原付をエレベーターに乗せて十九階層のセーフゾーンへと戻った。


 部屋に入った瞬間——ラブがバタリと倒れた。


「ラブ! 大丈夫?」


「あらあら、本体へのダメージが深刻な状態ですわ……。私を棺に戻して頂けますの? しばらく眠りにつく必要がありますの……前にもこうして無茶をしすぎてしばらく眠っていましたの……」


 ラーナはラブの手を取った。


「どれくらい眠るの? すぐ起きるよね?」


「前回は千年ほど眠っていましたわ……」


 ラーナの目から涙が溢れた。


「ダメだよ! そんなに寝ちゃ! モト子さんに怒られるよ? アハロはゴールデンウィーク中はめっちゃ忙しいんだってさ! それに去年はゴールデンウィークに社員旅行もしたんだってさ!」


「あらあら、それは楽しみですわ……本当に楽しみです……わ……」


 十一面観音の全ての瞳が、ゆっくりと閉じていった。


 ラーナは一人で号泣した。


   *


 しばらくして、妖怪トリオが目を覚ました。


「あれ? ここ、セーフゾーンだよね……身体も無事だ!」


「私も無事だ! どうして?」


 ラーナがゆっくりと立ち上がり答えた。


「身体はラブが治してくれたんだ。でも、ラブは皆を助けるために無茶しすぎて眠っちゃった……ラブが棺に戻してってお願いしてたから、皆でラブを棺に戻すのを手伝ってくれるかな?」


 カッパもキーコンもボーアも、ラーナが泣いた後だとわかった。誰も何も聞かなかった。四人でラブを棺に戻した。


「おやすみ。ラブ……」


 ラーナが棺の蓋を閉じながら囁いた。


   *


 しばらくして菊も目を覚ました。その場にラブがいないことを静かに悟り、特に何も言わずに乙女たちと向き合った。


 重い空気を変えようとラーナが自慢げに語り出した。


「エヘヘ、実は私もレベルが上がったよ! なんとレベル50!」


「え? いきなり50も!?」


「うん! 私がHP1なのに、ど根性で立ったからかな?」


「それじゃステータスも爆上がり?」


「それが、ステータスは相変わらずしょぼいんだよ〜。まあ、今までよりはマシだけどね〜」


────────────────────────

ラーナ(ど根性 Lv.50)


HP     50

MP     50

攻撃力   1

防御力   1

素早さ   50

器用さ   500

運    5000


【装備】

カエルスーツ〔物理ダメージ軽減10%、水耐性、ジャンプ力10倍〕


【パッシブスキル】

不屈、底力、威勢


【アクティブスキル】

平面

────────────────────────


「ステータスは大したことないんだけど、スキルはいっぱい増えたよ! パッシブスキルが不屈と底力と威勢ってのが増えた! アクティブスキルは平面だってさ」


 その時、カッパが自分のステータス画面を確認して声を上げた。


「あ! 私、変な選択肢が出てる! でも、漢字が難しくて読めない! 何これ! 文字化け?」


 『妖怪』 or 『巻簾大将』


 他のメンバーも確認する。


 キーコンにも選択肢が現れていた。


 『妖怪』 or 『弼馬温』


 ボーアにも。


 『妖怪』 or 『天蓬元帥』


「私の選択肢も読めないよ?」


「私はてん……なんとか……もとし?かな?」


 菊にも選択肢が表示されていた。


 『魔女』 or 『美魔女』


 菊は誰にも相談せず——即座に『美魔女』を選んだ。


 その瞬間、菊が光り輝いた。


「あ! 眩しい! 菊ちゃん! どうしたの!?」


 光が収まった。


 聞き慣れない美しい少女の声がした。


「うふふ、皆、見てよ! 私、爆裂魔法の使い手の魔法少女っぽくなっちゃった!」


「「「「紅魔族!?」」」」


「ど、ど、ど、どうして菊ちゃんが若返ったの!? 一九四四年の菊ちゃんに戻ってるよ!?」


「うふふ、魔女と美魔女って選択肢が出たから美魔女を選んじゃった、てへぺろ」


「「「「迷いなしかよ!」」」」


「でも、ドラゴンに勝てなかったのに、どうして選択肢が出たのかな?」


 ラーナがラブが血を分け与えていたことを思い出した。


「あ! そういえば、皆が瀕死状態の時にラブが血を分け与えてたよ? 私の怪我もラブの血で治ったんだよ! もしかしたら、ラブは観音菩薩だから、ラブの血には何か特殊効果があるのかも……」


「なるほど! それじゃ、この読めない選択肢も悪いことではなさそうだね! それならポチッとな!」


 カッパは迷わず『巻簾大将』を選んだ。光に包まれた。光が収まった。


 見た目は——変わっていなかった。


「あれ? なんも変わってないや……」


 キーコンもボーアも新たなジョブを選んだ。見た目が変わったのは菊だけだった。


 しかしステータス画面は——全員が驚いた。


────────────────────────

カッパ(巻簾大将 Lv.1)


HP   50,000

MP   10,000

攻撃力  3,000

防御力  2,500

素早さ  1,000

器用さ   500

運     50


【装備】

ジャージ上下、斧


【パッシブスキル】

水属性、骨董、浪費


【アクティブスキル】

タンバリン、ルックルック

────────────────────────


────────────────────────

キーコン(弼馬温 Lv.1)


HP   50,000

MP   50,000

攻撃力  3,000

防御力  7,500

素早さ  1,000

器用さ  1,100

運     60


【装備】

ジャージ上下、木の棍棒


【パッシブスキル】

金属性、芸達者


【アクティブスキル】

雲飛行、神通力

────────────────────────


────────────────────────

ボーア(天蓬元帥 Lv.1)


HP   180,000

MP   15,000

攻撃力  3,000

防御力  5,500

素早さ   600

器用さ   50

運     50


【装備】

ジャージ上下、レーキ


【パッシブスキル】

木属性、無欲


【アクティブスキル】

索敵

────────────────────────


────────────────────────

菊(美魔女 Lv.1)


HP    2,000

MP   115,000

攻撃力   100

防御力   300

素早さ   500

器用さ   100

運     700


【装備】

魔女のローブ〔魔法ダメージ5%軽減〕、4点杖


【パッシブスキル】

月属性、美容


【アクティブスキル】

毒、リンゴ、浮揚

────────────────────────


「私もめっちゃ上がってるよ!」


 アハロ団の乙女たち全員のステータスが、大幅に跳ね上がっていた。


「きっとラブの観音菩薩の血の影響だよ……」


 一同はラブが静かに眠る棺を見つめた。


「きっと店長が悲しむよね……」


「店長さんなら大丈夫。きっと、ラブが眠ったと聞いてもケロッとしてバリバリ働くよ……」


「そうだよね……」


   *


 アハロ団は重々しい空気の中、ギルドへと帰還した。


 報告を聞いたバニーが青ざめた。


「恐らくそれは暴風龍エルドラです」


「エルドラ? 有名なの?」


「はい、有名です! 本来、そこにいてはならない存在です! ずっと前の先々代の勇者が封印したと言われているこの世の災いです!」


「封印されてたの? でも、普通に飛んでたよ?」


「その話が本当なら、ネモの街にも勇者を呼んで、また封印してもらうしかありません……ただ、今の勇者は評判が悪くて……。彼らに任せても大丈夫かという不安もあります……」


 ギルド内が静まり返った。ベテランの冒険者たちですら、暴風龍エルドラの名を聞いて顔を青ざめさせていた。


 そこへ——空気を読まない男が声を上げた。


「エルドラは封印しないとダメなのか?」


 鈴菌だった。


「は? 当たり前です! このまま野放しにすると、もう我々では二十階層より先に進めませんよ? 冒険者さんたちも生活が困るでしょ? この街の人々は少なからずダンジョンの恩恵で生活をしてるんです。アハロ団みたいに他の世界に逃げ出すこともできないんですよ?」


「いや、そういう意味ではない。エルドラを討伐しないのか?と聞いている。倒しても良いなら、俺たちアハロ団で引き受けよう」


「「「「は?」」」」


 バニーもアハロ団も、声が揃った。


「倒してしまっても良いなら、次のシフトの休みの日にでも倒しに来るぞ?」


「な、な、な、何を言ってるんですか!? 暴風龍ですよ!? 災害級ですよ!? 勇者でも封印するのがやっとなんですよ!? 攻撃できない宇宙刑事の鈴菌さんがどうやって暴風龍を討伐するんですか! ふざけてるんですか!?」


「いや、倒すのはこいつらだ。俺は戦えないからな」


 鈴菌はアハロ団の乙女たちを指した。


「鈴菌さん! 無理ですよ! たった今、私たちはボロ負けして死にかけたんですよ!? それに、私たちを護るためにラブまで……!」


「いや、お前らは今回のエルドラ戦で一つだけ間違えたことがある。このネモの街に来て、俺たちはまともに戦ったことがあったか? 思い出せ! 怪奇毛むくじゃら男はどうやって倒してる? 大蜘蛛はどうやって倒した? この異世界では大蜘蛛も怪奇毛むくじゃら男もダンジョンの死神と恐れられてるそうだ。俺たちはそんな死神にどうやって勝った?」


「蜘蛛は放火……毛むくじゃらはスーパーハードスプレー……。まさか、ドラゴン相手にも攻略法があるんですか!?」


 鈴菌は胸を張った。


「何度もカッパには言ってるだろ?」


 二人の声が重なった。


「「SUZUKIに敗北の二文字はない!」」


 カッパはギルドの外を見た。


 夕日の中に、モレが停まっていた。


「そうだった。SUZUKIは失敗を恐れない! SUZUKIに敗北の二文字はないんだ。どうしてこんな事を忘れてたんだろ……SUZUKIイズムを忘れてたよ! 鈴菌さん!」


 鈴菌はニヤリと笑った。


「バニー! 俺の次の休みのシフトは土曜日だ! それまで二十階層には誰にも立ち入れるな! 次の土曜には必ず俺たちが討伐する。どうせ封印しかできないような勇者なんて呼ぶ必要はないぜ!」


 バニーもギルド内の冒険者たちも、唖然としてアハロ団を見つめていた。


 ギルドの外には夕日に照らされた六台が、誇らしく並んでいた。


ポポポポポ……トトトトト……ラララララ……ロロロロロ……ブブブブブ……バリバリバリ……


 この日、ネモの歴史には「宇宙刑事」という新たなジョブが、静かに刻まれた。





ど根性というジョブについて:

HP1でも心が折れない限り何度でも立ち上がれる——それがラーナのジョブ「ど根性」の真価でした。レベル50でもステータスは控えめですが、不屈・底力・威勢のパッシブスキルと、アクティブスキル「平面」が付与されました。「平面」が何なのかは、現在調査中です。


観音菩薩の血について:

ラブが分け与えた血により、アハロ団全員のステータスが飛躍的に上昇し、妖怪トリオには新たなジョブへの選択肢が与えられました。巻簾大将・弼馬温・天蓬元帥——これらのジョブの読み方については、本人たちは気にしていません。


ラブについて:

現在、セーフゾーンの棺の中で眠っています。前回は千年眠っていたとのことですが、ゴールデンウィークの忙しさと社員旅行の話を最後に聞いていましたので、今回は多少早めの起床が期待されます。


暴風龍エルドラ討伐については、土曜日の鈴菌のシフト明けに実施予定です。

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