K-90 チートだと思ってた……
アハロ団は原付を全開で走らせた。
先頭はカッパのモレ。一瞬で六十キロに達するポポポポポという二ストの咆哮が草原に響く。モンキーRのキーコンが続き、VOXのボーアとモルフェのラーナが六十キロ近くまで加速して続いた。
だが、ロードフォックスとLoveは、その速度に追いつけなかった。
最高速の差が、徐々に、確実に、二台と先頭集団の間に距離を作っていた。
「あらあら、菊さん、あの子たちから離されてますわよ?」
菊は前を見据えたまま、静かに答えた。
「……それでええんだ。わだしたちみてぇな年寄りが、殿を務めればええんだぉ」
一拍。
「もう十分すぎるほど、わだしたちは生ぎだべさ? せめてあの子らが逃げ切れるまで……わだしたちで時間を稼ぐべ!!」
「行げぇ!! ラブーーーッ!!!」
ラブの十一面の瞳が一斉に見開かれた。煌めきが、薄暗い二十階層の空気を刺した。
「あらあら、菊さんのそんな慈愛の心は嫌いじゃないですわ」
二人は互いに向かって、静かに二指敬礼をした。
そして、ロードフォックスとLoveが、草原の真ん中で停まった。
先頭集団との距離が、どんどん開いていく。
菊がロードフォックスから降りた。
ラブが菊の前に立った。
「あらあら、私は戦えないのですが、この霊木の特殊外装は結構硬いんですのよ? 菊さんを私が守り切りますの!」
菊はラブにひとつ頷いて、四点杖を両手で構えた。
杖の四点が、ゆっくりと赤く染まり始めた。
「……極寒の地を焦がし、凍てつく魂を呼び覚ませ……」
声は低く、静かで、しかし空気を震わせるほどの密度があった。
「我が指先に集うは、囲炉裏の情か、それとも業火の怒りか!」
四点の先端から、小さな炎が生まれた。それが渦を巻き、熱が、熱が、どんどん凝縮されていく。
「九十六年の時を薪とし、一瞬の煌めきに全てを焚べん!!」
菊の白髪が、熱風で後ろへなびいた。
「吹き荒れろ、紅蓮の旋風! 貫け、灰燼の矢羽!!」
『奥義・六魂焦熱……バゴーーンと、火の海だべーーーッ!!!』
四点杖の四つの先端から、炎の槍が射出された。
一本、一本が人の胴体ほどの太さを持ち、真っ赤な尾を引いて空へ向かって飛んでいく。槍が空気を裂く音、被弾するたびに爆発する轟音、熱波が地面にまで押し返されて草を焼く匂い——あたり一帯が、橙色に染まった。
ドラゴンは空中で停止したまま、炎の槍を受け続けた。
被弾するたびに巨体が揺れ、炎が鱗の隙間に食い込み、煙が立ち昇る。やがてドラゴンの輪郭が炎に包まれて見えなくなった。
「あらあら、凄い火力ですわ! ドラゴンさんもこれならタジタジですわ!」
ラブが菊を背後から庇うように立ちながら言った。
*
一方、先頭を走っていたカッパは突然、背後から爆音が連続して響くのを聞いた。
バックミラーを確認した。
(菊ちゃんとラブが……いない)
爆音の正体に気づいた。気づいてしまった。
だが、アクセルを緩めることはできなかった。
カッパはバックミラーを見るのをやめた。アクセルを緩めることなく、全開で走り続けた。
*
菊が炎の槍の射出を止めた。
熱気が引き、煙が薄れて——ドラゴンの姿が現れた。
ほぼ、無傷だった。
「……ほら、見でけろ? まんず、さらっど効いでねぇじゃ」
菊は杖を下ろしながら静かに呟いた。
「さあて、あいつをどったに地上さ降ろしたもんだべなぁ……」
六魂焦熱の奥義でもドラゴンに傷ひとつつけられなかった。
「まんだら、なんとかして『毒リンゴ』、あいつの口の中さ放り込んでやるべ。わだしの最大奥義を食らわすためには、まずはあいつを地上さ引きずり下ろさねばまいねぇなぁ!!」
「あらあら、ドラゴンさんのお口の中にですの……。結構無茶な事を言いますのね。そのお役目はこのラブが担当いたしますわ! 毒リンゴを出して頂けますの?」
菊は炎の槍の詠唱を止め、手のひらの上に毒リンゴを数個作ってラブへ渡した。
ラブは毒リンゴを両手に握り、空のドラゴンを十一面の瞳で睨みつけた。
煌めき始めた十一面の光がドラゴンへ向けられる。
ドラゴンが、ゆっくりとこちらを向いた。
その時——本当にほんの軽く、翼を一度だけ羽ばたかせた。
ただそれだけの動作だった。
しかしその一動作が、竜巻を生んだ。
風が来た。壁のような風が。
菊とラブは何もできなかった。防御体制を取る時間すら与えられなかった。トルネードに巻き込まれた二人と、ロードフォックスとLoveが、草原をまるごと吹き飛んだ。
地面を転がりながら、菊の意識が遠くなっていった。
(あの子らは……逃げられたべな……)
それだけを確かめてから、菊の意識は落ちた。
*
先頭を走るカッパの視界に、何かが飛び込んできた。
菊とラブと、二台の原付だった。
横から吹き飛んできて、転がった。
カッパは急停止した。
ラブは特殊外装のおかげで立ち上がれたが、その瞳に深刻な痛みが浮かんでいた。霊木の外装は無事でも、中のラブへのダメージは確実に積み上がっていた。
「皆様はお早くお逃げなさい!!」
カッパとラーナは迷わずラブの横を駆け抜けた。
しかし——キーコンとボーアは止まった。
「私の金剛スキルなら耐えられるかもしれません! それにラブ独りじゃ闘えないよね?」
「私は元々、皆よりもHPも防御力も高いですからね! 三人なら何とかなるかも知れません!」
ラブが二人の前に立ち、身構えた。
「あらあら、ドラゴンさんもこちらを敵認定なさってますわよ? あの翼にはお気をつけ下さいですわ。あの翼からは竜巻が出ますのよ。それから、この毒リンゴをお二人に託しますわ。妖怪パワーのお二人ならドラゴンさんのお口まで届くかも知れませんわ……」
ラブは毒リンゴをキーコンとボーアに渡した。
その時——ドラゴンが、ふわりと地上に舞い降りた。
まるで王者の余裕のような、優雅な着地だった。
(和解してくれるのか……?)
そう感じるほどの静けさだった。
次の瞬間——ドラゴンの長い尾が、薙ぎ払われた。
ラブが両腕でそのシッポをガッチリと受け止めた。外装が軋む音がした。しかし中のラブの骨が悲鳴を上げていた。
だがその刹那——キーコンは動いていた。
シッポを足がかりにして、キーコンがドラゴンの鱗の上を駆け上がっていた。ボーアはドラゴンの死角へ回り込み、レーキでドラゴンの足元を連打する。
「あらあら、さすが妖怪さんですわ。身軽でお強いですわ!」
キーコンが頭部まで到達した。棍棒を全力で振り下ろした。
バゴーン! バゴーン! バゴーン!
三発。四発。手に痺れが走る。
(通ってるか……? 全然わからない)
ドラゴンの鱗はキーコンの棍棒を意にも介さなかった。木の棍棒が、根元から折れた。
残った手段は一つ。
キーコンは毒リンゴを握り直した。
ドラゴンが気づいた——ちょうど、大口を開けた。
(今だ!!)
毒リンゴをドラゴンの口へ向けて投げた。弧を描いた毒リンゴが、確実に口腔の中へ吸い込まれていく——その軌道が、見えた。
入る。
確実に入る——
その瞬間。
ドラゴンの喉の奥が、眩く輝いた。
熱風のブレスが、キーコンをまともに飲み込んだ。
毒リンゴはドラゴンの口の外へ弾き飛んだ。
キーコンはドラゴンの足元に、ぽとり、と落ちた。
ジャージが焦げていた。意識がなかった。
金剛スキルでもドラゴンのブレスは防ぎきれなかった。
ボーアがキーコンを受け止めた。逆上しなかった。冷静に、キーコンを担いで走り出した。
「あらあら、ドラゴンさん、私を見なさいですわ!!」
ラブの十一面の瞳が全開で輝いた。ドラゴンの視線がラブへ向く。その隙にボーアが菊とキーコンを担いでエレベーターへ向かった。
*
エレベーターの前ではカッパとラーナが狼狽えていた。
「なんで! なんでエレベーターが動かないの!?」
「も、もしかしたら……戦闘中はエレベーター不可ってヤツ!」
「そうか! 戦闘中だからエレベーターが動かないんだ!」
エレベーター前でカッパとラーナが立ち尽くしていると、瀕死のキーコンと菊を担いだボーアが走り込んできた。
「今はラブが時間を稼いでる! 早く逃げよう!」
「ダメなの! エレベーターが戦闘中だから動かないの!」
三人が泣きそうになった。
カッパは一九四四年の空襲を思い出していた。
(あの時よりはまだマシだ! B29には手も届かなかった……でも、今は手が届く!)
カッパはドラゴンのいる方向へ歩き出した。ラーナがほぼ同時に歩き出した。ボーアも続いた。
エレベーター前に、瀕死の菊とキーコンだけが残された。
*
ドラゴンはラブをいたぶるように、尾で何度も打ち続けていた。
特殊外装は軋み、きしみ、しかし崩れない。だが中のラブには確実に衝撃が伝わり続けていた。外から見れば無傷に見える外装の中で、ラブの意識は少しずつ薄れていた。
千日手だった。
そこへ、三人の乙女が戻ってきた。
「あらあら、まだ逃げてませんでしたの?」
「だってラブは近距離タイプのスタンドでしょ? オラオラ系の近距離なんでしょ!これ以上、私たちが離れちゃうと遠距離タイプのスタンドだと思われちゃうよ?」
カッパが斧を構えた。
「私のど根性もここで本領発揮するかもしれないしね!」
「私は強欲で暴食だから、このドラゴンも美味しく食べてやる!」
「あらあら、なんだか勝てそうな気がしますわ!」
カッパとボーアがドラゴンへ向かって攻撃を加えた。あらゆる箇所を叩いた。しかしダメージは入らなかった。
ボーアがドラゴンの尾で叩き潰された。
ラブがボーアをエレベーター前まで運んだ。
ドラゴンの前に残ったのは、カッパとラーナの二人だけだった。
「カッパ! コイツ、B29よりは絶対に弱いよね!」
「うん! B29よりは絶対に弱い!」
「勝とう!」
「勝つ!」
ドラゴンは、翼を一度だけ羽ばたかせた。
二人が吹き飛んだ。
カッパもラーナも、たった一振りで瀕死状態になっていた。
*
草原に、アハロ団が倒れていた。
菊、キーコン、ボーア、カッパ、ラーナ——全員が瀕死状態で動けなかった。
残ったのは、戦えないラブ一人だった。
ラブは倒れた仲間たちを庇うように立ち、十一面の瞳でドラゴンを睨みつけ続けた。
外装はまだ砕けていない。しかし内側のラブへのダメージは深刻だった。次の一撃がくれば、ラブも意識を保てないかもしれなかった。
ドラゴンはそんな十一面観音像を、まるで壊れない玩具として愛でているかのように、ゆっくりと近づいてきた。
アハロ団の全滅が、もうすぐそこまで来ていた。
現在のアハロ団の状態(絶体絶命):
・菊(魔女 Lv.20)→ 竜巻直撃・意識不明・HP残量わずか
・キーコン(妖怪 Lv.20)→ ブレス直撃・瀕死・丸焦げ
・ボーア(妖怪 Lv.20)→ 尾の一撃で瀕死
・カッパ(妖怪 Lv.18)→ 翼の竜巻で瀕死
・ラーナ(ど根性 Lv.1)→ 翼の竜巻で瀕死
・ラブ(戦闘不可)→ 外装は無事だが中は深刻なダメージ。意識を保つ限界に近い
鈴菌は現在、街でひったくり犯の捜索中です。




