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K-88 愛こそ全てですわ

 二十階層へ降り立ったアハロ団は、驚いて立ち尽くした。


 空があった。


 見上げると、ダンジョンの内部だというのに、どこまでも青い空が広がっていた。大地があり、草原があり、遠くには森の稜線が見えていた。


「こりゃ不味いなぁ……」


「何が不味いの?」


「空がある。すなわち——空を飛べる魔物が出る!」


「あ、そっか〜。バハムートとか?」


「バハムートなんてラスボスクラスだろ? まだ二十階層程度なら鳥系の魔物しか出ないはずだ。と言っても空を飛べるってだけで、敵はこちらの射程圏外から攻撃してくるぞ」


 アハロ団は一斉に、カエルスーツを着ているラーナを見た。


「え? 私? やっと、ここで私の出番ってわけ? ちょっと本気でジャンプしてみるよ!」


 カエルスーツにはジャンプ力十倍の効果が付与されている。ラーナは力いっぱい地面を蹴った。


 五十センチ。


「やっぱりダメみたい。地上のジャンプ力と変わらないや!」


(ステータスが低すぎて、十倍にしても五十センチか……)


 鈴菌は遠くの空を眺めながら現状を整理した。遠距離から攻撃できるのは菊の魔法と、カッパの水魔法——しかしカッパの水魔法はまだレベルが低く、敵を濡らす程度の威力しかない。


「十一面観音像は戦えるのか?」


 十一面観音像は、ニッコリと微笑んで答えた。


「あらあら、なんて物騒なことを言うのかしら、刑事さん。私は仏ですわよ? 戦えるはずございませんわ。私ができることはせいぜい、人の悩み事を聞いてあげることくらいですわ」


「「「なんで来たの!?」」」


 十一面観音像は、変わらずニッコリと微笑んでいた。


「とりあえず、移動するか。ここは身を隠せるものが無さすぎる。あの遠くに見えている森まで走ろう。十一面観音像はモレの後ろに乗せてもらえ」


 アハロ団は一気に草原を駆け抜け、森へと入った。


   *


 森に入るとすぐ、ボーアが足を止めた。


「あっちの方で他の冒険者がいます! でも、動きがないから……全滅してると思います」


 案内されて辿り着いた場所に、四人の冒険者が倒れていた。


 鈴菌が黙って遺体検分を始めた。静かに、丁寧に。その動作が終わった瞬間、また経験値が入り、レベルが上がった。


「装備の感じからすると、俺たちよりも格上の冒険者だな。全員が魔法の装備を付けている。仕方ない。一度ギルドに戻って方針を立て直すか。この冒険者がどんな魔物にやられたのかをもう少し探りたかったが、遺体を放置するわけにもいかないからな。今日は少し早いが、ここで引き返そう」


 一同は無言で頷いた。


   *


 ギルドへ戻り、バニーに遺体発見の報告をした。鈴菌は二十階層の簡易地図を描いて、遺体のあった場所を書き込んでバニーに渡した。


「わざわざありがとうございます!」


 バニーは礼を言いながらも、鈴菌の後ろに立っている存在に気づき、恐る恐る尋ねた。


「そんなことよりも……鈴菌さん? その後ろのオートマタは何ですか? 出発した時にはそんなものありませんでしたよね?」


「あぁ、こいつはカッパの骨董というスキルで見つけた千年前の十一面観音像だ。禅光のオートマタらしいぞ?」


 バニーは唖然として十一面観音像を見つめた。


「これが……あの禅光さんのオートマタですか!?」


「あらあら、受付嬢さんを驚かせたみたいね。ごめんなさいね。私は十一面観音。顔が沢山あるから十一面観音ですわ。オートマタという呼び方は好きではないの。今後は幽波紋(スタンド)とでもお呼びいただけると嬉しいですわ」


「「「何故、そのネタを知ってる!?」」」


 バニーはますます混乱した。


 この日はそれ以上深追いせず、アハロ団は素直に鳥居をくぐって帰還した。


「また来週の週末だな。二十階層の魔物がどんな魔物なのか知らないまま終わってしまったが、まあ、格上の冒険者が全滅しているとわかっただけでも良しとしよう!」


「そうですね。私たちよりも格上でも全滅するなら、まだまだレベル上げをしてから望んだ方が良いってことですよね!」


「あらあら、皆さん熱心ですのね」


 十一面観音像の声がした。


 アハロ団が慌てて振り返ると、鳥居のそばに十一面観音像が微笑んで立っていた。無許可で通過してきていた。


「「「また着いてきた!?」」」


「あらあら、私は皆さんのスタンドですもの。着いてくるに決まってますのよ。射程距離の短いタイプのスタンドですの。オラオラ系の射程距離の短いタイプですの」


「「「何故、そのネタを知ってる!?」」」


「鈴菌さん! ど、ど、どうしよう! また店長に怒られちゃう!」


「いや、俺に任せろ」


   *


 鈴菌は十一面観音像を連れて地下空間からハシゴを登り、一階のカフェへと向かった。アハロ団の乙女たちもそれに続いた。


 開店準備をしていたモト子は十一面観音像を見て、固まった。


 厨房から顔を出した花も、固まった。


「あらあら、やはり、私のこの外装は神々しいのですわね。それなら——」


 十一面観音像は霊木で作られた特殊外装を、パチン、パチン、と次々と外していった。


 最後の外装が外れた瞬間——そこには、十六歳ほどの粟色の髪の美少女が立っていた。ボディスーツ姿で、ほんの少し照れくさそうに袖口を引いている。


「ふ〜。特殊外装を外すのも久しぶりですわ」


「「「もはやスタンドでも無い!」」」


「あらあら、そうなんですの。私は実はスタンドではないのですわ。皆さんをガッカリさせてしまい申し訳ないのですわ」


「「「知ってたわ!」」」


 モト子と花は、突如現れた美少女を前に、しばらく呼吸を忘れた。


   *


 数分後、意識を取り戻したモト子が、テーブルを挟んで向かいに座った。


「年齢は?」


「一千二百九十歳ですわ」


「……飲食店での経験は?」


「ありませんわ」


「日本語は読める?」


「もちろん読めますわ」


「ウチは週末はカッパが入ってるから、平日しか働けないわよ?」


「それで結構ですわ」


 モト子はしばらく目の前の美少女を見つめてから、頷いた。


「まあ、それなら、OKよ。ウチで働いてもらうわね」


「ありがとうございます、店長様。私も立派なメイドになってみせますわ!」


 こうして十一面観音像のアハロでの住み込みバイトが決まった。


「良かったな、十一面観音像。ここがダメなら笠寺観音へ連れて行くつもりだったからな」


「笠寺観音にはもう、別の十一面観音像があるのでしょう? それなら、私は身を引きますの」


 その言葉を、十一面観音像はひどく自然に言った。


 押しつけがましくも、寂しそうでもなく、ただ静かに——笑っていた。


   *


 バイト初日。


 十一面観音像は、意外なほどウエイトレスに向いていた。


 十一面あるだけあって、死角がない。客がグラスに手を伸ばすより先に補充し、空になった皿より先にお声がけをし、混雑するホールを縦横無尽に動き回った。


「十一面観音像、本当に助かるわ。今はオフシーズンなんだけど、ちょっと今月いっぱいは忙しいのよ。だから、本当に助かるわ!」


「普段はもっと暇なんですの?」


「うん。ウチはライダーが来ない季節は割と暇なのよ。私一人で対応できるくらいなのよ」


「あらあら、それでは、今月いっぱい忙しいというのは、こちらの期間限定の張り紙が関係してますの?」


 モト子はドヤ顔で答えた。


「そう! 今月いっぱいステーキ食べ放題が千円なのよ。これがSNSで拡散されて、こんな状態なのよ」


 十一面観音像がアハロの外を見ると、三十人ほどの行列ができていた。


「今の日本人はお肉を食べるようになったのですわね?」


「そう! 特に牛肉は大好きな民族になったのよ!」


(チョコレート一キロと牛肉一キロの物々交換は、本当においしい取り引きだったわね)


 モト子はほくそ笑みながら、十一面観音像の働きっぷりを眺めた。


 早速ステーキのおかわりを注文しているお客に、十一面観音像がすっと近づいていく。その動きには、千年の重みと、不思議な軽やかさが同居していた。


   *


 週末になり、鈴菌が一台の原付を運んできた。


「こいつはSUZUKIのラブ(Love)だ。まさに十一面観音像のためにSUZUKIが作り上げた、神に捧げる機体だ! なぜなら、こいつの型式はFA11A。型式が見事に11を冠している。十一面観音像! 今日からこれに乗れ! お前こそLoveに相応しい!」


 十一面観音像はLoveの車体をそっと眺めて、ハンドルを優しく撫でた。


「ありがとう、鈴菌さん! 型式がFA11Aだなんて、本当に私にこそ相応しい原付ですわ!」


 ラブの丸みを帯びたボディを、指先でゆっくりと確かめるように触れていく。その顔は、千年待ち続けた者が初めて「自分のもの」を手にした時の顔だった。


「Love……愛………」


 そんな二人のやり取りを見ていたモト子が口を開いた。


「ねえ、十一面観音像じゃ名前が長すぎるから——アナタは今日からラブと名乗りなさい。私も今からアナタのことはラブと呼ぶわね!」


 十一面観音像は振り返って、とびきりの笑顔をモト子に向けた。


 十一の顔ではなく、たった一つの、粟色の髪の少女の顔で。


「ラブ……。ラブですか。ありがとうございます、モト子さん。では今日から、私はラブと名乗りますわ!」


 Loveを運んできた鈴菌も、ラブの笑顔を見て、静かに微笑んだ。


 笠寺の春が、もうすぐそこまで来ていた。





SUZUKI Loveラブ

型式FA11A。最高出力3.5ps / 5500rpm。スリムなボディと小ぶりなフロントカゴが特徴的な、女性向けに設計されたSUZUKIのスクーターです。型式「FA11A」に含まれる「11」が十一面観音像のためにあったかのようだと、鈴菌は言います。SUZUKIに敗北の二文字は無い。


十一面観音像改め「ラブ」について:

禅光が笠寺に十一面観音像を刻んだのは七三六年。それ以前からネモのダンジョンで禅光に仕えていたとすると、ラブはおよそ千二百九十歳。飲食店経験はありませんが、死角がありません。アハロのウエイトレスとして、今のところ欠員なく出勤しています。


なお、オラオラ系スタンドについても、射程外から攻撃する鳥系魔物については、引き続きギルドへの問い合わせ中です。

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