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K-85 選べ

 数百年ぶりに日本人が訪れたことで、ネモの街はほんの少しだけざわついていた。


 日本人がここへ訪れる度に、日本の珍しいものを持ち込んでくれるからだ。かつて家康と天海の恩恵により、瓢箪や扇子がネモの街にもたらされた。今回の日本人も何か新たな文化を持ち込んでくれるかもしれない——ネモの街はほんの少しだけアハロ団に注目していた。


 そんなアハロ団は、注目の的になっていることも知らずに、この日も真っ赤な鳥居から現れた。


 けたたましい騒音と共に。


 まずはSUZUKIモレに乗ったカッパが現れた。続いてYAMAHAモルフェに乗ったラーナが続き、HONDAロードフォックスに乗った菊が現れ、HONDAモンキーRのキーコンとYAMAHA VOXのボーアが続いた。そして最後に、SUZUKI新聞バーディーに乗った鈴菌が現れた。


 六台の原付が石畳に並んだ。


 ギルドへ向かう途中、外に並んだ原付を見てバニーがカッパに尋ねた。


「あれは馬なのですか?」


「そう! 鉄とプラスチックの馬。私たちの命!」


 ネモの街の住人たちは、その異様な鉄の馬を見て察した。


 信長よりも。家康よりも。凄い奴らだ、と。


 バニーも、ダンジョンへと走り去った六台の背中を見送りながら、静かに呟いた。


「今回の日本人は……すぐに封印しちゃうんだろうなぁ……」


   *


 アハロ団は原付でそのままダンジョンへと乗り込んだ。


「単車でも普通に入れましたね! これで歩かなくても良いから楽ちんですよ〜」


「これでドロップ品が多くなっても、いちいちギルドまで戻らなくても良くなったな。これでも足りなければ、次回からはリアカーを持ち込もう」


 原付の持ち込みにより、アハロ団の一日の稼働は飛躍的に伸びた。これまでは半日かけても十階層がやっとだったのに、一時間ほどで十階層まで進めるようになっていた。このネモのダンジョンは階層移動が階段ではなく不思議なプレートによるエレベーター式のため、原付の持ち込みも問題なかった。


 ただし、鈴菌とラーナが原付でスライムを轢いてみたが、やはりノーダメージだった。間接攻撃も無効化される。二人はガッカリした。


   *


 初めて辿り着く、十一階層。


 ボーアが索敵を始めると、すぐに眉を寄せた。


「なんか初めての匂いだよ! ……獣でもないし、ゴーレムでもない……なんだろう? ……来るよ! みんな!」


 暗がりの中から現れたのは、漆黒の外殻に覆われた大蜘蛛だった。


 体長は中型犬ほど。しかし前方に突き出した巨大な一対の鎌が、その印象を別物にしていた。黒曜石のような質感を持つ鎌の先端は針のように研ぎ澄まされ、頭部には深紅に輝く複眼がいくつも並んでいる。一度視線が合うと、逃走経路をすべて先読みされているような不気味な圧迫感があった。


 「ギチギチ……」


 硬い節々を擦り合わせるような、耳障りで不快な摩擦音。鎌を動かすたびに、空気を裂く「シュッ」という乾いた音が洞窟内に響く。


「速いね! アイツ!」


「え? あの動きが見えるのか、カッパ!」


「え? 見えるよ? 速いけど、ちゃんと見えるよ?」


 キーコンとボーアも頷いた。


 ジョブが妖怪のカッパ・キーコン・ボーアには大蜘蛛の動きが見えていた。宇宙刑事、ど根性、魔女の三人には全く見えず、大蜘蛛が瞬間移動しているようにしか映らなかった。


「私が倒してもいい?」


「あぁ。頼む」


 カッパはモレから降りて、斧を構えた。


   *


 大蜘蛛が動いた。


 「ギチッ!!」


 空気を切り裂く高音と共に、漆黒の鎌がカッパの喉元を襲う。カッパは斧の柄でそれを受け止めたが、衝撃で足元の岩盤がバゴーーン、と砕け散った。


「うおっと……! 重い、アイツの鎌!」


 カッパが斧を振り回して牽制するが、大蜘蛛はすでにそこにはいない。天井に張り巡らされた糸をバネにして重力を無視した直角の方向転換を繰り返し、四方八方から黒い斬撃を浴びせてくる。


 シュバッ、ガキィィン! ザシュッ!!


「カッパ!!」


 鈴菌が叫んだ。彼には、カッパが何もない空間で血飛沫を上げて独り相撲をしているようにしか見えない。カッパの体には一瞬で数本、数十本と赤い筋が増えていく。腐蝕を帯びた鎌が肉を削ぎ、服をズタズタにしていくが——カッパは顔色一つ変えない。


「へへ……痛いけど、効かないよ。傷ついた皮膚がすぐ盛り上がってくる!」


 妖怪としての異常な生命力が、傷口を端から塞いでいく。


 だが、状況は刻一刻と悪化していた。


 大蜘蛛は気づいた。この獲物は、斬っても斬っても死なない、と。


 「ギギギギギ……ッ!!」


 戦術が変わった。直接殺すのではなく、「環境」を支配し始めた。大蜘蛛が空中を跳ね回るたび、目に見えないほど細く強靭な蜘蛛の糸が通路に網目状に張り巡らされていく。


「おっ……! 通路がどんどん狭くなってる……!」


 カッパが斧を振りかぶろうとすると、背後の糸が腕に絡まり、動作がコンマ数秒遅れる。その隙に鎌がカッパの肩を深く切り裂いた。一歩踏み出せば粘着質の糸が地面に絡みつき、機動力を奪っていく。


 傷だらけの体でニヤリと笑うカッパだが、足元はすでに無数の白い糸に絡め取られていた。


「……これ、ちょっとマズいかも。アイツ、頭がいいね。こっちの斧が届く距離に、全然降りてきてくれない……!」


 暗闇の中から、無数の赤い瞳が冷たく光っていた。


   *


 鈴菌が足元の蜘蛛の糸にライターで火をつけようとした。


 しかし、やはり鈴菌では点火できなかった。


「キーコン! 糸に火をつけろ!」


 キーコンがライターを受け取り、蜘蛛の糸に火をつけた。


 糸に脂が染み込んでいるのか、一気に燃え上がった。


 糸の要塞の中心にいた大蜘蛛が大炎上した。


「あ〜! 私が倒したかったのに〜!」


 カッパがガッカリしながら振り返っている間に、大蜘蛛は次第に動かなくなり、光の粒子となって消滅した。


 ドロップ品が現れた。先程まで苦戦していた蜘蛛の糸の束だった。


「この糸って重さがないよ! それにさっきまでの糸と違ってベタベタしない! ツヤツヤだ!」


「もしかしたら高く売れるかもね!」


 そんな二人の会話をキーコンが遮った。


「ちょっと待って! 大蜘蛛を倒したらレベルが2も上がった! 私、今、レベルが10になっちゃった!」


 ここまでのレベルは——鈴菌とラーナはもちろんレベル1のまま。菊が最もレベルが高く9。カッパとキーコンとボーアが仲良く8だった。今の放火でキーコンがトドメ扱いとなり、一気に2レベル上昇してレベル10に到達した。


 すると、キーコンのステータス画面に選択肢が現れた。


 『石魔法』 or 『石耐性』


「どうしよう! 石魔法か石耐性を選べって出たよ? どっちか選ばないとダメみたい」


「攻撃か防御か……。俺なら石耐性だな」


「どうしてですか?」


「石魔法なんて石つぶてが飛んでくるだけだろ? それなら投石で良くないか? お前らの妖怪の力があれば、魔法で石を飛ばすよりも投げた方が早いだろ!」


 キーコンは納得して、迷わず『石耐性』を選択した。



キーコン(妖怪Lv,10)


HP 5000

MP 5000

攻撃力 100

防御力 500

素早さ 200

器用さ 500

運 50


(装備)

ジャージ上下、木の棍棒、


(パッシブスキル)

石耐性



 パッシブスキルに「石耐性」が組み込まれた。


 鈴菌がカッパに指示した。


「カッパ、その辺に落ちてる石をキーコンに投げてみろ」


 カッパが小石を拾ってキーコンに軽くぶつけた。小石はキーコンの身体に直接触れることなく、薄い空気の層のようなものに触れてそのまま落ちた。


「全く当たった感触すらありません! これ凄いスキルだと思います!」


「よし。今の大蜘蛛は経験値が大きい。取りこぼさずに仕留めよう。次、大蜘蛛が出たらボーアが火をつけろ! 今のところボーアを最優先で育てたい」


「どうしてボーアから育てたいの?」


「ボーアは索敵ができるからな。索敵範囲が広がれば、大蜘蛛みたいに攻略法が確立している魔物を選んで倒せるだろ? 大蜘蛛には放火という攻略法がある以上、大蜘蛛を中心に狩っていきたい」


   *


 数分後、再び大蜘蛛と遭遇した。今度はボーアが蜘蛛の糸にあっさりと放火し、アッサリ撃退した。


 ボーアのレベルが10になり、ステータス画面に選択肢が現れた。


 『強欲』 or 『色欲』


「あ、私にも選択肢が出ました! 『強欲』と『色欲』です。どっちがいいですか?」


「『強欲』一択だな。この先、サキュバスが現れたとしても、お前は女の子だから魅了される心配もないだろう。それにリゼロでも強欲はチートだしな」


 ボーアが『強欲』を選択すると、パッシブスキルに組み込まれた。


ボーア(妖怪Lv,10)


HP 15000

MP 1000

攻撃力 100

防御力 1500

素早さ 50

器用さ 10

運 10


(装備)

ジャージ上下、レーキ、


(パッシブスキル)

強欲



「私もパッシブスキルに強欲が組み込まれました! なんだか無性にVOXでフルスロットルで走り回りたいです! めちゃくちゃにかっ飛ばしたいです!」


「ほう。強欲は、リミッター解除的なパッシブスキルなのかもしれないな」


   *


 三体目の大蜘蛛が現れ、今度は菊が蜘蛛の糸へ放火した。


 菊のレベルが11になり、ステータス画面に選択肢が現れた。


「おや、私さもなんか選べって出できたよ。 『毒』だの『氷』だのって……魔法だの耐性だの、なんも書いてねぇんだ。ただ、ぼんやりと毒と氷って。これ、どっちにしたらいいんだべぇ……?」


「毒と氷……意味がわからん。まあ、魔法でも耐性でも毒の方が良いだろ」


 菊が『毒』を選んだ。アクティブスキルに「毒」が組み込まれた。


菊(魔女Lv,11)


HP 100

MP 12000

攻撃力 5

防御力 5

素早さ 5

器用さ 5

運 60


(装備)

魔女のローブ[魔法ダメージ5%軽減]、4点杖、


(アクティブスキル)



「試しに次に出てくる魔物には、毒攻撃でもしてみようか?」


 四体目の大蜘蛛が現れた。菊が「毒! 毒!」と力を込めて叫んでみたが、何も起こらなかった。


 カッパが代わりに蜘蛛の糸へ放火した。


「やったー! 私にも選択肢が出たよ! え? 私の選択肢は三つだ! ワーイ! 三つもあるよ!」


「何? 三つだと? 同じ妖怪なのに、ここまで個人差があるものなのか? それで選択肢はなんだ?」


「えっとね、『水魔法』と『水耐性』と『骨董』だってさ。骨董ってなんだろ?」


「骨董……? さっぱりわからん! ただし、やっと水魔法が出てくれたな。これで今後は水を持ち歩かなくても良くなるな。ここは骨董なんて意味不明なものを選ばずに水魔法一択だろ」


「そうだよね。水を持ち歩かなくて良くなるのは本当に楽ちんだもんね! じゃあ、水魔法を選ぶよ! ポチッとな!」


カッパ(妖怪Lv,10)


HP 5000

MP 3000

攻撃力 100

防御力 150

素早さ 100

器用さ 100

運 50


(装備)

ジャージ上下、斧、


(アクティブスキル)

水魔法、


(パッシブスキル)

骨董、



 水魔法がアクティブスキルに組み込まれた。


「あれ? 水魔法しか選ばなかったのに、骨董も組み込まれたよ?」


 カッパは手をかざして「骨董!」と叫んだが、何も起こらなかった。


(骨董、いったい何なんだ……)


 謎のスキルは、謎のまま沈黙した。


   *


 この日の活動を終えてギルドへ戻ると、鈴菌が蜘蛛の糸をカウンターに置いた。


「バニー、蜘蛛の糸なんだが、地球には持ち帰れないから換金してくれ」


 バニーは蜘蛛の糸を見て、目を丸くした。


「よく大蜘蛛を倒せましたね! 大蜘蛛はダンジョンの死神と呼ばれている強敵なんですよ? それに、この蜘蛛の糸も大変貴重な物なので換金しない方が良いですよ? この糸があれば皆さんの衣服を作れます。しかも革鎧よりも防御力が上がりますよ」


「しかし、火で簡単に燃えたんだが?」


「はい? 蜘蛛の糸が燃えたんですか? どうやって?」


「ライターで火をつけたら炎上して、大蜘蛛は丸焦げだ。あんなものは戦闘のうちにも入らん!」


「あの……蜘蛛の糸は燃えませんよ?」


 バニーが指先から小さな炎を出して蜘蛛の糸に近づけた。蜘蛛の糸は焦げることも溶けることもなく、綺麗なままだった。


 鈴菌が蜘蛛の糸をバニーに少し切ってもらい、その糸くずにカッパがライターで火をつけた。


 あっさりと燃え上がった。


 バニーと周囲の冒険者たちが、唖然と固まった。


「まさか……地球の炎とこちらの炎では、概念が違うのか!?」


「鈴菌さん! これを売ってください! 本当に凄い武器ですよ!」


「いや、ライターは地球では武器ではないんだよ。よくパチンコ屋の景品でも貰えるようなものだからな」


「こんなに強力な武器があるのに、家康さんや天海さんはライターを持ってませんでしたよ?」


「そりゃそうだろ。家康と俺たちでは地球の文明の差がだいぶ違ってるんだぞ? 俺たちが乗ってる原付も、家康の頃にはなかったものだからな」


「なるほど……。家康さんの頃の日本では無さそうですね。一度、日本に伺ってもよろしいですか?」


「何? バニーは鳥居を通過できるのか?」


「はい! 私には地球人のDNAがありますから。こう見えて私の祖先には日本人も混じっています」


 こうして、アハロ団はギルドの要請で次回来る時には百円ライターを輸入する約束をした。ついでに、バニーも近々日本を訪れる約束も交わした。


   *


 鳥居をくぐってアハロの地下空間へ戻ると、全員がどっと重くなった。


「この地球に戻ってきた時の身体の重さが慣れないよ〜」


「ホントそれ! 妖怪から普通の人間になるんだもん。急に重力が十倍になる感じだよね」


 ラーナだけは逆だった。


「私は逆だよ〜。鳥居を抜けると身体が軽くなるよ! 異世界だと重量十倍の感覚だもん!」


 異世界でいくらレベルアップしても、それは異世界のみで使えるステータスだ。地球では一切反映されない。今日獲得したスキルも、地球では使えない。だから妖怪トリオは地球に帰還する度に、ドッと疲れてしまうのだった。


「それにしても、この時差にも慣れないよな」


「はい……。早く帰って寝たいのに、地球はまだ朝なんですもんね。あちらでは半日頑張ったのに、地球ではまだ数分しか経ってませんから……」


「とにかく、俺は明日も仕事だ。次はまた週末だな!」


 地球ではほんの数分。だけど異世界では半日。


 このチグハグな週末は、ダンジョンをクリアするまで続く。


 アハロ団には、もうようかい体操第一を踊る気力すら残されていなかった。










今回判明したダンジョンルール追加分:


■炎の概念差

地球の炎と異世界の炎は「概念」が異なる。異世界の魔法炎では燃やせない素材でも、地球の炎(百円ライター等)なら燃やせる場合がある。逆もまた然り。この掛け違いは異世界側も把握していない。



■スキル選択について

レベル10到達時に選択肢が表示される。選択肢の数やジョブ間での個人差あり(カッパは三択)。場合によっては選ばなかった選択肢も自動で付与されることがある(カッパの「骨董」)。なお「骨董」が何なのかは現在も謎。


■時差について

地球での数分=異世界での半日程度。異世界で得たレベル・スキル・ステータスは地球には反映されない。帰還の際、妖怪トリオは異世界ステータスから地球の通常ステータスに戻るため、毎回ひどい疲労を感じる。



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