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k-75 ビーノ乙会とロードランナー師弟

 十一月も終わろうとしていた、ある週末の午後。


 アハロのカウンターでは、モト子と鈴菌が向き合っていた。

 テーブルには百式CAD印刷の図面が広げられ、カッパが淹れたラテのカップが二つ、湯気を立てていた。


「本当に地下にお風呂を作っても、排水とかの問題は起こらないの?」


「当たり前だ。排水のことなど真っ先に考えてるさ。そもそもカラオケBOXなんて回転率が悪すぎて利益率が低すぎる!」


「う〜ん……確かに宿泊客にとっては、コインシャワーよりも大浴場があった方が嬉しいよね。でも水道代とか燃料費を考えたら、大浴場こそ利益率が悪いんじゃないの?」


「今はまだ屋上が未開発だろ?屋上に太陽熱温水器を置こうと思ってるんだよ」


「あぁ、昔流行ったソーラーパネルのパクリみたいなやつ?あれってまだあるの?」


「あるどころか、太陽熱温水器はソーラー発電よりも遥かに効率的なんだぜ?それに地下二階から井戸水を掘らせてもらえるなら、水道代もゼロ円だしな」


 モト子の眉がぴくりと動いた。


「出た! また発掘する気でしょ! やめてよもう! 鈴菌なら戦闘機よりもっと凄いものを発掘しそうで怖いのよ!」


「ははは、心配するな!地下二階から井戸水を掘った場合、五メートルも掘ればすぐに出るはずだ!たったの五メートルじゃ何も出ない。土と石しか出ないと言い切れるぜ!」


「はぁ〜。よく言うわよ。ドライブスルーを作るついでに戦闘機を発掘したことを覚えてないの?」


 カウンターの端で、カッパはグラスを磨きながらその会話を聞いていた。


(鈴菌さんならまたかっこいい戦闘機をもう一度、発掘してくれるかもしれない)


 カッパの手が止まった。


(いや……今度こそ、古のムー大陸時代の巨大合体メカを発掘してくれるかもしれない)


 ワクワクが止まらなかった。


「店長! 私が鈴菌さんを手伝いますから大丈夫です! ちゃんと暴走しないように見張ります!」


 モト子はカッパの顔を見た。

 鈴菌の顔を見た。

 図面を見た。


「……わかったわよ。鈴菌に地下と屋上を任せるわ」


 こうして、アハロの劇的ビフォーアフターが始まった。


   *


 まず鈴菌は屋上へ登った。カッパが後に続く。


「カッパ! 配管に合わせて太陽熱温水器を設置するからな! 配管周りの余計なものを全部取っ払っていいぜ!」


「こんなソーラーパネルみたいなやつで本当にお湯を沸かせるの?」


「あぁ! これはただの太陽熱温水器じゃない! 真空管式太陽熱温水器だからな。冬でも熱々のお湯になる」


「でも、こっちのパネルはごく普通のソーラーパネルに見えますよ?」


「その通りだ。太陽熱温水器は屋上の半分しか設置しないからな。残り半分はソーラー発電だ。太陽熱温水器とソーラー発電のハイブリッドだぜ!」


「鈴菌さん、それって最高じゃないですか」


「当たり前だ。SUZUKIに敗北の二文字は無い!」


「「SUZUKIに敗北の二文字は無い!!」」


 師弟の声が、笠寺の冬空に響いた。


 屋上のリフォームは数日かかってようやく完成した。

 それからは鈴菌が休みの日にアハロへ訪れ、カッパと共に地下空間へ降りて、大浴場のための地道な作業を積み重ねた。


 アハロのひと冬が、静かに、しかし着実に動き始めていた。


   *


 ヨンキュウ部の方にも、冬休み前に動きがあった。


 山梨の浩庵キャンプ場でラーナとLINEを交換した、水色のビーノの少女——伊勢リンが、ヨンキュウ部を訪ねてきたのだ。


「うわ〜……部室の中、バイクだらけだね。これ全部スクラップなの?」


「そうだよ。キーコンがレストアできそうなスクラップを選んで買ってきたんだよ」


 伊勢リンは部室の中をぐるりと見回した。エンジンのパーツ、フレームの残骸、工具が並ぶ棚。どこからどう見ても普通の部室ではなかった。


「こんな原付に特化した部活なんて、考えたこともなかったよ。……うちの学校でも真似してもいいかな?」


「伊勢リンの学校って本栖高校だよね?」


「うん」


「本栖高校は原付免許が取れるんでしょ? だったら簡単に作れるんじゃない? もしも本栖高校に原付の部活ができたら、対抗戦みたいなこともできるかもね! 今はなんの部活にも入ってないの?」


「今は帰宅部だよ。たまにアウトドア部のテント泊に混ぜてもらったりしてるんだ。うちのアウトドア部の人たちは原付に乗ってないから、いつも私だけ原付で現地に行って合流してるんだよね〜」


「学校の駐輪場に原付は停まってるの? うちの学校はヨンキュウ部ができる前、駐輪場にはモレとモルフェしか停まってなかったんだよ。でもすぐにロードフォックスの菊が編入してきたから、ヨンキュウ部を作ったんだ」


 伊勢リンは自分の学校の駐輪場を思い出した。


(そういえば……原付は夏場しか停まってない。十二月まで原付で通ってるのは自分だけだ)


「冬場は私しかいないかも……」


「山梨じゃ雪が降るもんね。でもさ、ウチみたいに原付の免許がなくても入部する人がいるかもよ? キーコンなんて弄りたくて入部したし、ボーアなんておやつ目当てで毎日通ってただけだしさ」


「そうだよね……まずは土台を作れば、誰かが入部してくるかもね!」


 伊勢リンの目に、少しずつ光が灯ってきた。


 全国でも稀な「原付免許OK」の高校でさえ、原付の部活はまだ存在しなかった。

 そこに最初の一人が現れようとしていた。


   *


 その日は週末だったので、伊勢リンはラーナと一緒にアハロへ泊まることになった。


 チェックインのカウンターでは、モト子が笑顔で迎えた。


「それでは、伊勢リンちゃんはビーノなので一泊五百円です」


「は? 五百円って何がですか? 駐車料金ですか?」


「いえ、うちは排気量別なんですよ。五十ccは五百円なの」


「は?」


「うちは排気量別なので! 原付は五百円ですよ! 聞いてます?」


「こ、これはドッキリなんですか……?」


「それじゃ、一泊五千円です!」


 伊勢リンが財布から五千円札を本当に取り出してきた。

 モト子が慌てて両手を振った。


「嘘!嘘!嘘! やめてよ! 本当に原付は五百円なのよ!」


 ラーナが笑いをこらえながら千円札を二枚カウンターに置いた。


「二人分です。伊勢リンを驚かせたいから屋根裏でお願いします! ところで店長さん、カッパはまだ来てないの?」


「来てるわよ。今は地下で鈴菌と作業中なのよ。馬鹿な師弟コンビが張り切ってるから本当に怖いのよねぇ。チェックインした後で地下二階に行ってみれば? 伊勢リンちゃんにも見せてあげなさいよ」


   *


 屋根裏部屋のハンモックを見た瞬間、伊勢リンの目が丸くなった。


「これって……使っていいの?」


「そうだよ! ほら?」


 ラーナは慣れた手つきでハンモックに飛び乗り、ゆらゆらと揺れ始めた。

 伊勢リンもおそるおそる乗ってみると、あっさり揺れた。


「アハハ! ハンモック初めて! ライダーハウスも初めて!」


「全国には無料のライハもあるんだってさ! 私も原付に乗るまで、ライハなんて宿があるなんて知らなかったんだ!」


「いつもソロツーリングしかしてこなかったから、私は何も知らないんだね……。ヨンキュウ部みたいな部活を作れたら、世界が広がるかな?」


「うん! 広がる! めっちゃ広がる! 伊勢リンは太平洋フェリーに乗ったことないでしょ? 凄いんだよ、フェリーって!」


「え? 原付ってフェリーに乗れるの?」


「うん、乗れる! 名古屋から北海道まで一気にワープできるんだよ! 名古屋港はアハロから凄く近いんだよ。アハロって、北海道の玄関なんだよ!」


 二人のビーノ乗りは、アハロの屋根裏でハンモックを揺らしながら、太平洋フェリーの想いをふくらませていた。


 窓の外では、笠寺の夜が静かに始まっていた。


   *


 チェックインを済ませてから、二人は地下空間へカッパを探しに降りた。


「あれ? 誰もいないね」


「でも……微かに声は聞こえるよ?」


 地下一階の空間をウロウロと歩き回っていると、伊勢リンがある場所で立ち止まった。


「ラーナ! ここ! この穴から声がする!」


 ラーナが覗き込むと、地下二階の床にマンホールほどの縦穴が開いていた。底が見えないくらい深く掘られていた。その奥底から、微かに声が響いてくる。


「鈴菌さん! ここにスズキ歴史館のようなスズキーランドを作りましょうよ! 温泉掘るより儲かりますよ!」


「お! スズキーランドかよ! 最高だな! そうするとミッキーはレッツーマウスだな!」


「ミニーはモレーですね!」


「「ワッハッハー! スズキーランド! スズキーランド! スズキーランド!」」


 ラーナと伊勢リンは顔を見合わせた。


 二人は無言で立ち上がり、静かに一階へ戻った。


 アハロのカフェ席に座り、モト子が運んできた夕食を、黙々と食べた。


 カッパが地下から出てくる気配は、一向になかった。

 モト子が一人でせっせとホールを動き回っていた。


 伊勢リンはスープを一口すすってから、ぽつりと言った。


「……聞かなかったことにしよう」


「うん」


 ラーナはパンを千切りながら、深く頷いた。


 こうして、伊勢リンのアハロデビューの夜は、静かに更けていった。




【山梨県南巨摩郡身延町】:

漫画・アニメ「ゆるキャン△」の舞台としても知られる山梨県は原付免許がOKな高校がある県です。そして現実においても、バイク通学・原付免許の取得が認められている全国でも稀な地域のひとつです。本作の伊勢リンはそんな山梨県の本栖高校に通う現役生徒という設定です。原付免許が取れる環境にありながら、原付に特化した部活はまだ存在しない——そこへ、名古屋のヨンキュウ部との出会いが一つの火をつけました。山梨県の本栖高校近辺の高校生の皆さん、原付は楽しく乗りましょう。




【太陽熱温水器(真空管式)】:

ガラス製の真空管を並べてその中に太陽光を集め、直接水を温める装置です。曇りの日や冬場でも集熱効率が高く、ソーラー発電よりもエネルギー変換ロスが少ないのが特徴です。鈴菌曰く「本当に賢いやつは太陽熱温水器を選ぶ」。


スズキーランド構想については、現時点で文化庁への報告義務は発生していません。


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