表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/141

k-76 追い風を追いかけて

 十二月二十三日。


 西之門の路地に、原付が続々と吸い込まれていった。


 アハロのガレージと駐車場は、みるみるうちに埋まっていった。

 去年のクリスマスイブに続いて、今年もサンタクロースツーリングの前夜が来た。


 カッパはチェックインカウンターに立ちながら、モト子の隣でせっせと宿帳を受け取っていた。


「店長、去年もこんなことしてたんですか?」


「そうよ。去年はこれをしてプレオープンを迎えたの」


 去年は二十人だった。今年は三十人だ。

 十台分、規模が大きくなっていた。


「あ! 伊勢リン!」


 駐車場に、水色のビーノが滑り込んできた。

 山梨から走ってきた伊勢リンが、ヘルメットを脱いで笑顔を見せた。


「カッパ、来たよ〜!」


「ヨンキュウ部の皆はもう二階の202号室に入ってるから、伊勢リンも202号室に泊まってね!」


 伊勢リンはガレージと駐車場を見渡して、目を丸くした。


「こんなにたくさんの人と走るのは初めてだよ!」


 笑顔のまま、二階へと駆け上がっていった。


   *


 全員のチェックインが終わって、カッパもようやく202号室へ合流した。


「あ、カッパ! 仕事終わったの?」


「うん。全員チェックインしたよ。店長が今夜のバイキング、まだ少し残ってるから食べに来ていいってさ」


 ボーアがその一言を聞いた瞬間、立ち上がっていた。

 残りの全員も、つられてカフェへ降りた。


 厨房では花と菊が動いていた。


「みんなありがとう! スープは温め直してるからね!」


「どーせ夜なべすんだべ? 夜食用に、弁当さしてやろが?」


「さすが菊ちゃん! ありがとう!」


 花と菊はそのまま厨房に残って、乙女たちのための夜食弁当とお菓子を作り始めた。


 ヨンキュウ部の五人と伊勢リンは、残り物の料理を食べながら、明日のサンタクロースツーリングについて語り合った。


「全員でサンタの衣装を着てマスツーリングするなんて凄いアイデアだね! しかも全員が原付だなんて本当に凄い!」


「私は去年のことは知らないけど、去年も二十人でサンタツーリングをしたんだってさ。今年は三十人だから更に目立つよね。去年はこのステッカーと原付カードを配りながら走ったんだってさ」


 カッパが去年のノベルティグッズを皆に見せた。


「この原付カードって面白いね! 集めたくなっちゃう!」


「だよね〜。でも、モレのカードがあまり強くないんだよ〜」


「モルフェよりはマシよ! たぶん私のモルフェが最弱じゃない?」


 ラーナが自分のモルフェのカードを手に取り、少し不満げに言った。

 乙女たちがそれぞれの愛機のカードを手に取って笑い合った。


「明日、楽しみだね」


 伊勢リンがそう言って、温め直されたスープをすすった。


 こうして、乙女たちの夜は更けていった。


   *


 十二月二十四日。翌朝。


 アハロの前に、三十人のサンタクロースが並んだ。


 赤いヘルメット。赤い上着。そして、それぞれの愛機。

 全部で三十台。全員がサンタクロースだ。


「さあ、皆さん! 行きましょう!」


 モト子の合図で、三十台のエンジンが一斉に火を入れた。


 重なり合う排気音が、笠寺の冬空に広がった。


 ゆっくりと、走り出した。


   *


 弥富を過ぎて木曽川橋を渡った。

 木曽三川を越えるサンタの隊列は、橋の上を走る車のドライバーたちを次々と振り返らせた。


 四日市の霞ヶ浦緑地公園で最初の配布を行った。


 アハロ特製ステッカーと、原付のミニフィギュア。

 公園に来ていた家族連れの子供たちが、フィギュアを受け取って歓声を上げた。


「子供たちがフィギュアを喜んでるね!」


「モレが当たった子は微妙な顔をしてる……なんでだろ……」


「モルフェが当たった子も微妙な顔をしてる……。モルフェって本当に不人気車なんだね……。普通のビーノは皆喜んでるのに……」


 ラーナが遠い目をした。


   *


 道の駅・津かわげで昼食にした。


 三十人のサンタクロースが一斉に飯を食うシュールな光景に、道の駅のあちこちから視線が集まった。


 食事中、中日新聞の記者が近づいてきた。


「三十人のサンタさんは圧巻ですね〜。確か昨年もSNSで話題になってましたよね。アハロは笠寺にあるのですか?」


「そうです。笠寺駅の近くで細々と営業してます。メインは簡易宿というよりも、カフェの方がメインなんですよ」


「なるほど。こちらの三十人のサンタクロースはお店の方ですか?」


「従業員はあそこのモトラとモレとスクーピーだけですよ。そのほかのサンタクロースは常連さんですね。下は十六歳から上は九十六歳まで、色んな年代の方々が参加してくれてます」


 記者は、十六歳の少女と九十六歳の老婆が並んで笑い合っているテーブルをしばらく眺めた。


「年齢差が凄いですね……。この年齢差でもこうして仲良くなれるのは、何故ですか?」


「記者さんも走ればわかりますよ。五十ccってそんな乗り物なんです」


「五十ccですか……?」


「はい、五十ccです。便利なようで不便で、楽そうで楽じゃない、人を選ぶ乗り物です。乗れない人は一生楽しめない不思議な乗り物なんです。記者さんも原付に選ばれると良いですね!」


   *


 伊勢市駅前では観光客へ向けての二回目の配布を行った。


「あ! サンタだ!」


「やった! TZRが当たった!」


「え〜。なんだこれ! 変なバイクが当たった。ストリートマジック? こんな変なバイク、本当にあるの?」


「お姉さん! このフィギュア何種類あるの?」


「今はまだ五十種類しかないけど、このフィギュアを設計してる鈴菌って人は前期や後期もちゃんと作りたいから三百種類くらいにしたいって言ってたよ。こんなに種類があると集められないよね!」


 五十種類と聞いた子供たちが、親の袖を引っ張り始めた。


「ねぇ! アハロに連れてって!」


(このプロモーション、成功してる)


 カッパはそれをはっきりと感じた。

 と同時に、もう一つのことも理解した。


(五十種類もあったら、マクドナルドのハッピーセットみたいに少しずつ出さないと、鈴菌さんに教えてあげないといけないな)


 伊勢道路の峠を越えて、鵜方駅前でも配布を行った。


 そして——。


   *


 志摩スペイン村に到着した。


 真っ赤な三十人のサンタクロース軍団が、エントランス前に並んだ。

 記念撮影をした。どこから見ても異様に映えた。


 園内は各自自由行動となった。


 ヨンキュウ部の乙女たちと伊勢リンは連れ立って歩いた。


 シベレス広場の噴水を抜けると、本当に異国の空気がした。


「すごーい! 本当にスペインに来ちゃったみたい!」


 伊勢リンが目を輝かせた。

 ラーナはサンタ帽を直しながら、迷わず号令をかけた。


「よし! ここはまず左回りだ!」


 マヨール広場では、オレンジ色の瓦屋根と石畳の路地に、真っ赤なサンタ服の乙女たちが並んで、キーコンがカメラを構えた。

 建物の一角からパエリアの匂いが漂ってきて、ボーアの鼻がピクピクと動いた。


 サンタクルス通りの白い壁と色とりどりの植木鉢の前で、伊勢リンが静かにシャッターを切った。


「うわぁ……白と赤、おめでたい色だね」


 ハビエル城を登りきったところで、ラーナが城を見上げて言った。


「おぉ……かっこいいお城だ! うちの部室もこんな風にしたい!」


「部室をお城にするのは難しいと思いますよ、部長」


 カッパが冷静に返した。


 やがて一行は、コロン村のカルメン通りを抜けて、大きなコロンブス像の前に出た。


   *


「この人がコロンブス?」


 伊勢リンが像を見上げた。


「コロンブスってスペインの人だったんだね」


「コロンブスだばスペインの人でねぇよ、ラーナ。あんたの母っちゃど同じイタリアの人だぉ。本当の名前だば、クリストーフォロ・コロンボって言うんだぉ」


「コロンブスじゃなくてコロンボ!? 刑事みたい!」


「コロンボだとどうして刑事なの!?」


「ママがそんなドラマを見てたんだよ」


「ラーナの母っちゃだば、趣味が古すぎて私でもついていけねぇぉ。若ぐ見えるばって、本当だば私よりも年上だんでねぇがぉ?」


 ラーナが刑事コロンボのテーマソングを口笛で吹いた。


「♪ピュ〜、ピュ・ピュ〜、ピュ・ピュ・ピュ〜……ピュイッ、ピュイ〜、ピュ・ピュ〜……♪」


「アハハ! なんかそれ聞いたことあるよ!」


 伊勢リンも続いた。


「♪ピュ〜、ピュ・ピュ〜、ピュ・ピュ・ピュ〜……ピュイッ、ピュイ〜、ピュ・ピュ〜……♪」


 キーコンもボーアもカッパも口笛を吹いた。


「「「♪ピュ〜、ピュ・ピュ〜、ピュ・ピュ・ピュ〜……ピュイッ、ピュイ〜、ピュ・ピュ〜……♪」」」


 吹き終わって、全員で大笑いした。


 コロンブスがほんの少しだけ困った顔をしているようだった。


   *


 笑い声が収まったころ、伊勢リンはもう一度、コロンブス像を見上げた。


 大西洋という、誰も越えたことのない海を、追い風だけを頼りに越えた男。

 地図もなかった。保証もなかった。ただ、風を信じて進んだ。


 本栖高校に、原付の部活はない。

 原付免許が取れる学校でさえ、そんな部活はまだどこにもない。


 つまり——自分が最初の一人になる。


 地図なんてない。正解もない。

 でも、今日みたいな景色が、その先にあるかもしれない。


「マスツーリングって、凄く楽しい! 私も学校で部活作るよ! ラーナ!」


 ラーナはにっこりと笑って、親指を立てた。


「伊勢リンもコロンブスのように、風を味方にして頑張ってね!」


 その瞬間、コロンブス像の背後から、強い追い風が吹いた。


 伊勢リンの髪が、さあっと前へなびいた。


 まるで、背中を押されたみたいだった。


   *


 その後ろで、菊が一人、頑張っていた。


「♪ブ〜、ブュ・ブ〜、ブ・ブ・ブュ〜……ボェイッ、ブュイ〜、ボェ・ボュ〜……♪」


 全然、口笛になっていなかった。


 もう一度。


「♪ブ〜〜〜……ブォェ……ブュ〜……♪」


 それでも全然ダメだった。


 コロンブスも、今度は笑っているようだった。


 乙女たちと伊勢リンがそれを見て、また大笑いした。


 冬の志摩の空が、どこまでも青かった。





志摩スペイン村「パルケエスパーニャ」(三重県志摩市):

1994年開業のテーマパーク。スペインの街並みや文化を再現した施設で、シベレス広場・マヨール広場・サンタクルス通り・ハビエル城など、本場さながらの建築物が点在しています。赤いサンタ服との相性は、言うまでもなく抜群でした。


コロンブス(クリストーフォロ・コロンボ)について:

1451年、現在のイタリア・ジェノヴァ生まれ。スペイン王室の支援を受けて大西洋横断に成功したため「スペインの人」と思われがちですが、生まれはイタリア人です。ラーナのお母さん・ジリーノと同じ出身国でした。追い風を読んで大西洋を渡ったその航法は、今なお「無謀ではなく、計算された挑戦」として語り継がれています。


本栖高校付近の皆さんへ:

全国でも稀な「原付免許OK」な山梨県の学校に通いながら、原付の部活はまだない。伊勢リンはその事実に気づいて、今日、一歩を踏み出しました。もしこのお話を読んでいる本栖高校付近の通学路を毎日、原付で通っている生徒さんにも……


追い風はいつでも吹いています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ