k-67 三連休だよ。全員集合!
ヨンキュウ部の部室の前に、見知らぬバイクが停まった。
乙女たちはぞろぞろと部室から出てきた。
そのバイクから颯爽と降りてきた人物がフルフェイスのヘルメットを脱いだ。
「「「京子先生!?」」」
ヨンキュウ部顧問の京子先生だった。
乙女たちは原付には到底見えないフルサイズのMBX50Fをマジマジと眺めた。
「先生! どうしたの? これ! まさか、買ったの!? これ一種のナンバープレートだけど本当に原付なの?」
「そうなのよ。凄く昔の原付なんだって。昔の原付は大きな車種も多かったみたい。皆を驚かせたくて見た目重視で買っちゃった!」
京子先生の思惑通りに乙女たちのリアクションは大きかった。
京子先生は大満足だった。
ところが、その時、カッパとラーナが慌てていた。
「あ! 大変! 菊ちゃんがビックリしすぎて心臓が止まってる! ラーナ! 救心! 救心! 菊ちゃんが安らかな顔になってる!」
乙女たちはもうMBX50Fを見ていなかった。
*
菊は救心を飲んで復活した。
部室の中で乙女たちと京子先生が地図を広げて悩んでいた。
「ラーナ部長! 先生もキーコンもボーアもそんな長距離は不可能だと思われます!」
「そうかな〜? 無理かな〜。でもさ、名古屋から日本海まで走るのはロマンがあると思うんだけどなぁ〜」
京子先生が首を傾げながら部長へ尋ねる。
「ねぇ、ちょっと疑問なんだけど、原付って時速30キロまで出して良いのよね? それなら、10時間あれば300Kmは進めるのよね? それなら、250Km位なら簡単に走破できるんじゃないの?」
ラーナが首を振った。
「素人の皆さんはそう思うよね? 原付で一日かかって進める距離は北海道でも270〜300Kmなんです。東海地方だと一日で走れる距離は200Kmが限界なんです。だから、今回の目的地まで250Km以上は確実にあるので、先生やキーコンには少しだけハードなんですよ。ボーアなら天才だからギリギリ行けそうだけど……」
「北海道なら300Kmも進めるのに東海地方だと200Kmなの!? どうして? どちらも30キロ制限は同じでしょ? 同じスピードで走るなら同じ距離を走れるはずでしょ?」
カッパがドヤ顔で答える。
「北海道の信号の無さを君たちはまだ知らない! そして、セイコーマートの多さも君たちはまだ何も知らないのだよ!」
信号機と言われて、ようやく京子先生が何となく理解した。
「信号ってそんなにヤバいの?」
「もちろん! だって北海道の場合、苫小牧港から函館まで実際に走ると、苫小牧の街を抜けて、次の信号で停止するのが、室蘭市内の信号機でようやく停る感じなんだ。もちろん次の街の白老等にも信号はあるにはあるんだけど旅人が使うようなバイパスには本当に信号が無いの。ずっとノンストップで走れるんだよ」
ラーナがさらに続けた。
「一回の赤信号で三分かかるとして、それが午前中だけで二十回も捕まると、どれ程のロスタイムが発生するか想像できるよね? それから、午前中だけで二十回も停止するって事は二十回も片足を地面に付けてバイクを支えるんだよ。これも慣れるまでは結構大変。一日五十回以上も信号待ちしてると、夕方には片足がガクガクになるんだよ?」
京子先生とキーコンが顔を青ざめた。
(三十キロ×十時間=三百キロ。計算式は正しかった。でも現実は全然違った……)
「なるほどね。それなら今度の三連休で日本海を目指すってのが、いかにハードなことをやろうとしてるのかが理解できたわ。でも、私はやってみるべきだと思う。カッパさんとラーナさんなら行けるのよね?」
「私とカッパなら間違いなく日本海までは走れます! 北海道ではせたな町って街から洞爺湖まで走りましたからね。このルートは地元の人でも厳しいと聞いてます!」
「それなら、今度の三連休は日本海を目指しましょう! 誰でも楽しく行けるような目的地にしちゃダメよ。最初から楽をしようとするのは、原付の部活動として意味が無いでしょ?」
そんな京子先生に水を差すようにカッパが言った。
「でも、先生? 先生のバイクのリアキャリアも小ちゃいよ? あんな小ちゃなリアキャリアにどうやってテントとか積むの?」
京子先生がハッとした。
「あ!……私……まだテントも何も持ってない……」
キーコンも申し訳なさそうに手を挙げた。
「実は私も……テントとか持ってない……」
そして、当然、ボーアも続く。
「私も……無い……」
カッパとラーナが顔を見合わせた。
*
翌日の夕方。
もはや、おなじみになったタイラレーシングの軽トラが部室の前に停まった。
平忠彦がボーアから頼まれてキャンプ用品一式を揃えてくれていた。
常連から集めた中古品だったが、使い込まれた道具には温かみがあった。
平忠彦とカッパとラーナによるテント設営の講習が始まった。
京子先生とキーコンとボーアがグラウンドで懸命にテントを組み立てている。
「テント設営はもう大丈夫そうだね。次はパッキングだよ! 自分のバイクにきちんと積むのもテント設営より難しいんだよ」
各自のバイクへの積み込みが始まった。
まずはボーアのVOXへ。
あっさり積み込みが終わった。
「さすがVOX! まだまだ余裕ありそうだね! モレに匹敵する積載量だよ!」
続いてキーコンが自作のリアキャリアとフロントキャリアを活用してモンキーRへ積み込んだ。
「何とか全部詰めました〜。フロントキャリアが無かったら危なかった〜」
ところが最も車体の大きなMBX50Fへの積み込みで、京子先生が大苦戦していた。
「どうして、MBXのリアキャリアってこんなに小さいのよ! ここに全部積むのは無理があるわよ!」
「先生。あまり積荷を高く積み上げると先生がバイクに乗れなくなりますよ」
京子先生がハッとした。
リアキャリアに高々と積み上げた荷物が邪魔で、右足が反対側まで跨げなくなっていた。
「やだ! これってどうやって乗るの?」
キーコンが身振り手振りで京子先生に提案した。
「先生、リアキャリアを利用して私がサイドキャリアを作りましょうか? ほら? この小さなリアキャリアの長いステーに両サイドにキャリアを付けるんですよ。サイドバッグよりもキャリアにした方が自由に物が積めるよね? このサイドキャリアもモルフェのリアキャリアみたいに可動式にして積み込む時はリアキャリアと水平にパタンと起き上がるようにすれば積み込みも楽ですよ?」
京子先生と平忠彦が唖然とした。
(この子は、また……)
京子先生は思った。
スライド式リアキャリアも、このサイドキャリアのアイデアも、どちらもキーコンとラーナが「自分のバイクに乗るため」だけを考えて生み出したものだった。
メーカーの設計者は「どんな人が乗るか」を想定して設計する。
でもこの子たちは「自分が乗る」ために考える。
だから思いつけるのだと、京子先生はようやくわかった。
「本当にアナタたちには毎回、本当に驚かされるわね! キーコン。それをお願い出来る? MBX用のサイドキャリア。これもまた特許出願できるかしらね」
特許出願という言葉に平忠彦が食いついた。
「せ、先生! 特許出願ってどういうことですか!?」
京子先生がモルフェのスライド式リアキャリアを平忠彦に見せて、現在の特許出願の経緯を説明した。
平忠彦がスライド式リアキャリアを見て、言葉を失った。
「な、なんですか? これは! ジョグ系の最大の弱点を完璧にカバー出来てるじゃないですか! ほ、本当にこれをラーナさんが作ったんですか?」
「私はモルフェのために作っただけで、モルフェとジョグが同じ給油口だとは気づいていなかったんだよ。ジョグ系が同じだって気づいたのは京子先生だよ」
「まあ、経緯はともかくこのリアキャリアは売れますよ! まだ販売ルートを確立していないなら、ウチで販売しましょうか?」
「「「是非!」」」
*
特許出願中に先に販売ルートが決まった。
グラウンドには、五台のバイクが夕暮れの光を受けて並んでいた。
モレ。モルフェ。ロードフォックス。モンキーR。VOX。そしてMBX50F。
六台になっていた。
キャンプ道具を積んでいても、それぞれのバイクに個性があった。
VOXの余裕。モンキーRのキャリア二枚分の存在感。MBXの大柄な車体。
平忠彦がその六台を眺めながら呟いた。
「これだけ個性の違うバイクが並んで日本海を目指すのか……面白いな」
カッパが笑って答えた。
「原付の本領! 前進!前進!また前進!」
日本海は、まだ見えない。
でも、三連休が近づいていた。
ヨンキュウ部の乙女たちと一人の教員は、まだ見ぬ日本海を目指して、着々と準備を進めていた。
【京子先生 愛機】
正式名称: MBX50F
型式: AC08
最高出力(馬力): 7.2PS / 9,000rpm
※1987年に発売されたMBX50シリーズの最終型。当時の原付馬力規制値上限である7.2馬力を発生する水冷2ストロークエンジンを搭載。 50ccとは思えない大柄なフルサイズボディに、6速ミッション、フロントディスクブレーキ、そして特徴的なアンダーカウルを標準装備しています。 「原付=小さい」という常識を覆すその存在感は、まさに「原付ロードスポーツ」の黄金時代を象徴する一台です。




