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k-66 スライド式という天才

 ボーアが平忠彦と共に部室へやってきた。


 タイラレーシングと付き合いのある町工場が廃業したため、溶接機を譲り受けたのだという。

 孫娘のためにと、ヨンキュウ部へ提供してくれた。


 溶接機を部室へ運び終えると、平忠彦は早々に浜松へと帰っていった。


 念願の溶接機の前でキーコンがニヤニヤしていた。


「これで、リアキャリアが作れます!」


「私のモルフェのリアキャリアも作れるの!?」


「もちろん! カッコイイものを作りましょう!」


   *


 ダイヘンMIGボーイ135の筐体には「〇〇板金」という文字を塗りつぶした跡があり、使い込まれた凄みがあった。


 キーコンはその前に正座するようにして座り込んだ。


(メコンの溶接機は、機嫌の悪い雷様だったなぁ……)


 故郷メコン川の錆びついた巨大なトランス型溶接機を思い出した。


 電圧は常に不安定。湿り気を帯びた手棒を、ガタガタと震えるクランプに挟む。アークを飛ばそうと鉄板を叩けば、棒がくっついて真っ赤に灼熱するか、爆音と共に鉄に大きな穴が開く。

 火花というよりは「爆発」に近かった。

 それを手首の絶妙な返しと勘だけでねじ伏せて、ボートの底板を繋いできた。


 キーコンは緊張した面持ちでトーチを握った。


「よし……」


 トリガーを引いた。


 シュー……


 まず聞こえたのは、アルゴン混合ガスの静かな吐息。

 そして先端からスルスルと滑らかに送り出されるワイヤーがナットに触れた瞬間、パチパチパチッ!と、まるで揚げ物をしているような小気味よい繊細な音が響いた。


「なにこれ……全然、暴れない!」


 メコンの溶接機が荒れ狂う象なら、このMIGボーイは賢い老犬だった。

 アークが消える不安も、鉄が溶け落ちる恐怖もない。

 キーコンが狙った一点に、青白い光が魔法のように吸い付いていった。


「すごい……。私の心がそのまま鉄になってるみたいだ!」


 ボルトを胴体に、ナットを頭と手足に見立て、キーコンは踊るようにトーチを動かした。


 数分後。


 そこには、部室のガラクタから生まれたとは思えないほど精巧な、今にも動き出しそうな鉄の人形、室蘭名物ボルタ君が立っていた。


「キーコン! 凄い! このボルタ君って室蘭の道の駅にしか売ってなくて、私とラーナは室蘭の道の駅をスルーしたから買えなかったんだよ。室蘭の道の駅って原付で行けるのかわからない道路だったから寄らなかったんだ!」


「原付が行けないの?」


「えっとね。苫小牧から走ると、突然、高速道路みたいな道に変わるんだよ。だから、私とカッパは別の道路を選んじゃった。だから、室蘭の道の駅には行けなかったんだよ。本当にあの街は原付には不親切なの!でも、キーコンが作れるならわざわざ室蘭の道の駅まで行かなくてもいいね!」


「まあ、ボルタ君人形くらいなら何時でも作れるけど……そんなに室蘭の街は原付泣かせなんだね……一度行ってみたいなぁ〜。色んなボルタ君を見てみたいよ」


「来年の夏休みも皆で行こうよ! そのためにもモンキーRとモルフェのリアキャリアを作ろう!」


   *


 まずキーコンは近所の竹林から竹を切り出してきた。


「キーコン! そんな竹をどうするの?」


「まずはこれでどんなリアキャリアにしたいのかをイメージするんだよ。既に売られてるリアキャリアと同じ形にしても面白くないでしょ? モルフェにもモレみたいな大型のリアキャリアが欲しくない?」


「欲しい! 欲しい! さすが! キーコン! ビーノの市販されてる平らなリアキャリアはすごく小ちゃいんだよ! だから、モレみたいな巨大なリアキャリアを考えてみるよ!」


 キーコンとラーナはモンキーRとモルフェに竹を当てながら試行錯誤を繰り返した。


 色々な竹製のリアキャリアが形になっていく中、ラーナだけが納得できずにいた。


「キーコン! あのね、モルフェ用のリアキャリアをスライド式にできないかな?」


「スライド式? どういうこと?」


「あのね、モルフェの給油口ってリアキャリアに干渉するんだよ。大きなリアキャリアを作れば作るほど給油口が隠れちゃう。だから、リアキャリアが後方にスライドしてくれたら便利かなぁ〜って思ってさ」


 キーコンは竹製のリアキャリアが給油口に干渉しているのを見て、ハッとした。


「ラーナ! 凄いよ! それ! 天才的発想だよ! YAMAHAでさえ考えついてない天才的な発想だよ! リアキャリアは別にカチカチに固定する必要なんて無いんだ! スライドしたり、ジョイント式にしてキャリアごと外れるようにすればいいんだよ! 大丈夫! スライド式なら簡単に作れるよ! 部品を探しにホームセンターに行こうか!」


   *


 数日後。


 キーコンのモンキーRにはリアキャリアとフロントキャリアが完成した。

 ラーナのモルフェにもスライド式の大型リアキャリアが装着された。


 見た目は完全に給油口を隠しているが、リアキャリアをスライドさせることで給油口がキャリアに干渉することなく現れる仕組みだった。


 二人の自作リアキャリアを見た京子先生が目を輝かせた。


「アナタたち、これ売れるんじゃない? モンキーRの純正キャリアがヤフオクで三万円になってるわよ。ちなみにこの原価はいくらだったの?」


「えっと……モンキーRのリアキャリアとフロントキャリアセットで原価四千円でした」


「私のはスライド式だから結構高いよ! 私のだと……確か……全部で六千五百円かな?」


 京子先生が驚いて二人を褒めちぎった。


「アナタたち、最近は農業高校の生徒が道の駅などで学校で作ったジャムやチーズを売ってるのを見た事があるかしら? このリアキャリアなら絶対に売れるわよ! 『学校推奨の工学教材』として何処かで売ってみない?」


 キーコンとラーナが顔を見合わせた。


「もしも、本当に売れたら売上はどうなるの? 私たちの収入になるの!?」


「もちろんよ。アナタたちの収入になるのよ。これも社会のルールを学ぶための実践的な指導方法なのよ! ねぇ、やってみる?」


「「やります!」」


「それから、ここからが本番。ラーナ、このスライド式リアキャリアなんだけど、特許出願した方が良いわよ。YAMAHAのスクーターのジョグ系の給油口は全てビーノと同じ所にあるのよ。あれはビーノだけが苦労してる問題じゃないみたいよ!」


「ジョグも!?」


「うん。私も詳しくないから何とも言えないけど、ネットで調べた限りではジョグは普通のジョグやジョグアプリオという派生機まで全部の給油口がビーノと同じところに付いてるわね」


「それじゃ、このスライド式リアキャリアがあると助かる人も多いってこと?」


「そうね。原価は少し高いけど欲しい人は多いんじゃないかしら」


 京子先生は申し訳ない気持ちを抱えていた。

 サーキットの件で急用が出て走行会に行けなかったことを、まだ引きずっていた。

 これが上手くいくことを、本当に願っていた。


   *


 職員室で、京子先生は学年主任へと相談した。


「という訳でリアキャリアの本格的な量産と、それに伴う特許出願したいと思いまして……」


「それは素晴らしいね。もしも本当に特許が取れたら他の生徒にも励みになるねぇ。僕の知人に司法書士がいるから紹介しよう」


 こうして、スライド式リアキャリアの特許出願へ向けて動き出した。


 ところが数日後、教頭先生が京子先生を職員室に呼んだ。


「バイク部というだけでも教育委員会から目をつけられてるのに特許出願とは、これまた教育委員会やPTAに喧嘩を売るような真似をして、京子先生はウチの学校を潰す気ですか? 何故かいつの間にか部員も増えてるし」


「原付の部活なんて日本に無いからこそ、素晴らしいんじゃ無いですか! あの子らは自分たちの力だけで工具を調達して、メーカーよりも高性能なリアキャリアまで作り出したんですよ!? 好きこそ物の上手なれって言葉があるように、あの子らはふざけて原付に乗ってるわけでありませんよ!?」


「メーカーよりも高性能? そんなわけないだろ!? 京子先生自体がそこまで原付に詳しいわけではないだろ?」


「まあ、確かに私は原付について何も知りません……でも、今回、あの子らが作ったリアキャリアは本当に素晴らしいんです! おそらく特許も取れると司法書士からは言われてますよ?」


 教頭先生は苦虫を噛み潰したような顔をした。


 京子先生は一歩も引かなかった。


 ヨンキュウ部が発足してからというもの、これが職員室でのいつもの光景だった。


   *


「原付について詳しく無い」


 教頭先生から言われたその言葉を、京子先生は自分の机に戻ってから何度も反芻した。


 パソコンで中古バイクのサイトを開いて、ブツブツ言いながら眺めていた。


「安いものは三万円台で買えるのに、高いものは高校生では買えない金額なのね……」


 YAMAHAのジョグ系を見れば見るほど、給油口の位置だけは見事にスライド式リアキャリアとの相性の良さが伝わってきた。


(確かに私は原付を詳しく知らない。でも、だから何だ)


 カッパとラーナは、ヨンキュウ部が発足するまで友達もいなかった子たちだった。

 菊は九十六歳で夜間学校に編入した。

 ラーナは発想一つでメーカーが気づかなかった機構を生み出した。

 キーコンはメコン川での溶接技術を持ち込んで、日本の市販品よりも精巧なキャリアを作った。


 三ない運動が正しいと信じていた頃の自分が、今となっては恥ずかしかった。


 バイクに乗らせない。

 免許を取らせない。

 バイクを購入させない。


 その三つのルールは、一体何を守っていたのだろう。


 京子先生は知らなかった。

 あの子たちと出会うまで、自分がどれだけのものを見落としていたかを。


(好きこそ物の上手なれ。教頭先生、それを私はあの子たちから直に学んだんですよ)


 日本のどこかの夜間学校や工業高校に、原付の部活が一つでも増えてくれれば。


 ヨンキュウ部に対して申し訳ないという気持ちは、もうなかった。


 自分こそヨンキュウ部の乙女たちの一人として、この部活を守り続けたかった。


 京子先生はパソコンを閉じて、スライド式リアキャリアの特許出願に必要な書類の整理を始めた。


 職員室の窓の外では、秋の名古屋の空が静かに広がっていた。



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