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k-65 LIVE

 学校祭の体育館は、それまで退屈な空気に包まれていた。


「ヨンキュウ部? バイクの部活だろ? なんで楽器持ってんだよ」


 観客席の生徒たちは、半信半疑でステージを見つめていた。


 その静寂は、一瞬で塗り替えられた。


   *


 べべんッ!


 空気を切り裂くような鋭い音が体育館に響き渡った。


 二代目高橋竹山が奏でる三味線のソロだ。

 魂を削るような弦の唸り。

 それは伝統芸能の枠を完全に超え、ヘヴィメタルの超絶技法のような激しさで観客の鼓動をダイレクトに突き刺した。


 間髪入れず、菊のドラムが爆発した。


 ドコドコドコドコ!


 百式のエンジンが全開で咆哮を上げているかのような、凄まじいツーバスの連打。

 おばあちゃんとは思えない、正確無比かつ暴力的なビートが体育館の床を物理的に揺らした。


 そこにボーアのギターが、青い火花を散らすような爆音で重なった。


 キュイィィィィィィィン!


 TECH21カラーのチャンプRSが最高速で駆け抜けるような、鋭利なディストーション。


 キーコンのキーボードがシンセサイザーの旋律で宇宙的な広がりを加え、カッパの叩くパーカッションが細かな火花のようにリズムを加速させた。


「なんだこれ……めちゃくちゃカッコいいじゃねえか!」


 一階席の男子生徒が思わず立ち上がった。


   *


 ラーナがベースを低く構え、地を這うような重低音を響かせながらマイクに食らいついた。


 その歌声は、いつものお調子者の彼女からは想像もつかない、力強く、どこか切ない「ソウル」に満ちていた。


「♪万朶の桜か 襟の色

 花は吉野に 嵐吹く

 大和乙女と 生まれなば

 散兵線の 花と散れ〜♪」


 軍歌のような古風な歌詞が、最新のロックサウンドに乗って、逆に新しく、鋭く響いた。


 Wow!というカッパと菊のコーラスが重なるたびに、観客の手拍子が一つ、また一つと増えていく。


「♪携帯スマホ あるならば

 遠く離れて 三日四日

 曠野千里に 渡るとも

 散兵線に 秩序あり〜♪」


 サビに入った瞬間、会場の熱気は最高潮に達した。


 ステージ上の彼女たちは、もう「ただのバイク好き」ではなかった。


 ライトを浴びるボーアの横顔は、伝説のライダー・平忠彦のような静かな闘志を宿し、ドラムを叩きまくる菊は、まるで戦場を支配する指揮者のように見えた。


「行け! ヨンキュウ部!」


 誰かが叫んだ。


「♪退くことわ 我しれず

 見よや乙女の 蒼天を

 前身前身また前身

 ガソリン届く ところまで〜♪」


 間奏のギターソロ。

 ボーアがステージ前方へ飛び出し、ライトを一身に浴びて弦をかきむしった。

 リミッターをカットしたチャンプRSのように、その旋律は時速九十キロを軽く超えて観客の理性を吹き飛ばした。


 続いてキーコンが奏でるキーボードの音色が、凱旋門をくぐる英雄のように高らかに鳴り響いた。


 ベトナムの誇りと、日本での生活。そのすべてを音に乗せたような、まっすぐで混じりけのない旋律だった。


 そして、最後のサビ。


「♪乙女の本領 ここにあり

 あぁ勇ましの 我が兵科

 得心の友よ さらばいざ

 花咲け いまや時は今〜♪」


 全楽器が一つになり、体育館全体が巨大なエンジンのように震えた。


 観客は全員、拳を突き上げ、リズムに合わせて体を揺らしていた。


 無名の部活が、音楽という「速さ」で、学校全体の心を一瞬で追い抜いていったのだ。


 演奏が終わった瞬間。


 一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手と地鳴りのような歓声がヨンキュウ部を包み込んだ。


   *


 アンコールの拍手が、体育館の古い床を底から突き上げるような地響きに変わった。


「アンコール! アンコール!!」


 再び暗転したステージに、青いライトが走った。


 菊のスティックが空中でバチバチと刻まれ、アンコール曲が始まった。


   *


 ふたたび、二代目高橋竹山の三味線が走った。

 先ほどよりも、さらに速い。

 弦を弾く音が、戦闘機のプロペラが回転を上げるような高音の唸りとなって会場を支配した。


「くるぞ……! マジでくるぞ!!」


 観客の期待が最高潮に達した瞬間、菊のドラムが空襲警報を蹴散らすような爆音で炸裂した。


「♪やけた空、たたきつけるGの壁

 レバーをにぎる指、白く震えて

 逃げ切ることだけが、唯一の答え

 鏡のような翼、雲を切り裂く〜♪」


 ラーナのボーカルが地を這うような重低音のベースラインと共に響き渡った。


 観客席の最前列では、生徒たちが肩を組み、まるで百式のコックピットでGに耐えるように体を激しく揺らしていた。


「♪山崎川の煌めき、標に変えて

 空を稼げ、リミットを超えろ

 三つの心が、ひとつに重なり

 昨日の空を 脱ぎ捨ててゆく〜♪」


「行けーーー! 振り切れ!!」


 誰かの叫びが体育館を切り裂いた。


 キーコンのキーボードが高度を上げる機体が見る蒼い空を想起させるような透明感のある旋律を奏で、会場の一体感は極限に達した。


 そして、ついにあのフレーズがやってきた。


「♪SPEED is JUSTICE!

 舞い上がれ 光の速さで

SPEED is JUSTICE!

 当たらなければ どうということはない

 燃える街から、銀の世界へ

 百年先の、明日を掴み取れ〜♪」


「「♪当たらなければ、どうということはない!!」」


 全校生徒が拳を突き上げて大合唱が起きた。


 それは単なる歌詞の合唱じゃなかった。

 困難を、過去を、不安を、すべてスピードで置き去りにしていく「覚悟」の叫びだった。


 間奏。ボーアがステージの縁ギリギリまで歩み出た。


 TECH21カラーのギターを斜めに構え、ギターソロが牙を剥いた。


 その音色は、時速九十キロを超えて限界を突破したチャンプRSの排気音そのものだった。


「♪忘れてきた石鹸、置き去りのモンペ

 笑い飛ばして、北の果てまで

 ランディングの不安も、雪山の夢に

 解かして進め、青い閃光〜♪」


「♪SPEED is JUSTICE!

 駆け抜けろ、風の記憶を

SPEED is JUSTICE!

 逃げ切る強さが、命の証

 バラバラと響く、エンジンに誓うよ

 ミサワの空で、もう一度笑おう〜♪」


 ドラムの重厚な一撃と共に、音が止まった。


 体育館に、数秒間の真空のような静寂が訪れた。


 次の瞬間。


 窓ガラスが割れんばかりの歓声と鳴り止まない拍手がヨンキュウ部を包み込んだ。


「お前ら、最高だ!」


「ヨンキュウ部、日本一!!」


 体育館の屋根を突き抜けて、銀色の翼が真っ白な東北の空へと、まっすぐに、美しく消えていくような気がした。


   *


 演奏を終えて、ヨンキュウ部の乙女たちは部室でだらけていた。


「カッパ、今日のオヤツは? この燃え尽きた私に何を与えてくれるの?」


 カッパがリュックサックから南部せんべいを出してテーブルに並べた。


「「「渋い!」」」


 ラーナとキーコンとボーアが戸惑っていると、三味線を背負った二代目高橋竹山が南部せんべいを満面の笑みでパリパリと食べ始めた。


 三人は何となく、本日のオヤツが南部せんべいであることを理解した。


 渋いとは思いながらも、食べてみるとめちゃくちゃ美味かった。


 ヨンキュウ部の乙女たちと二代目高橋竹山の距離が、ほんの少しだけ縮まった夜だった。



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