k-61 掘り出し物だった件
サーキットデビューを目指してヨンキュウ乙女たちは頑張っていた。
「カッパはそこの紫スクーターのカウルを全部取っ払って! ラーナはカッパが外したネジを全て写真を撮りながらネジの各場所を記録して!」
キーコンが現場を仕切りながら、自身はモンキーのレストアを黙々と進めていた。
菊とボーアはそんなヨンキュウ乙女の作業を横目に、本日のおやつのドーナツを食べながらコーヒーを嗜んでいた。
「ハナさんってドーナツも天才的ですね。ミスドより美味しい……」
「んだべ? 花だば、わだが育てた自慢の料理バカだはんでなぁ。アハロさ来れば、こんたな持ち帰り用のお菓子ばりじゃねくて、パフェだのなんだのもあるんだぉ。パフェも季節ごとに入れ替わるはんで、おもしれぇんだぉ」
そんな中、キーコンが頭を抱えて難しい顔をしていた。
「菊さん、なんかキーコンが悩んでますよ」
「おや? んだな。キーコン! 何ば悩んでらんだぉ? どごだか、ぶっ壊したんだがい?」
キーコンが作業を止めて立ち上がり、タブレットで見ていた整備書を菊に見せた。
「菊さん……これって本当にモンキーなんでしょうか? なんか整備書とかなり違うんですよ」
「ほら? ちゃんとタンクさ、でっかく『MONKEY』って書いてらべ。モンキーで間違いねぇはずだぉ。……まあ、モンキーだば、ノーマルのまんま乗ってら人だば少ねぇもんだけっとね。だいぶ改造されてるんだがい? ボアアップだの何だの、いじくられてるのかい?」
「それが……ボアアップよりも厄介なことがあって……フレームが全然違うんですよ……」
「キーコン、あんたそのモンキーの車体番号だば、もう調べてみだんだがぁ? モンキーだば歴史の長ぇバイクだはんでなぁ、もしかすれば、その番号ば検索してみれば、何か分がるかもしんねぇぉ。……もしもこいづが、一番最初のモンキー……初期の型だどすればだぉ。……そいえば、たとえ動がねぇ不動車のままだどしても、目ん玉飛び出るような高値がつぐぉ。……宝の山ば、ゴミだど思って磨いてらのかもしんねぇはんで、しっかり見てみねばまいねぇぉ」
キーコンがタブレットで車体番号を検索し始めた。
突然、キーコンが目を見開いて立ち上がった。
「菊さん! これ! これ!」
タブレットを菊へ向けた。
「これ! モンキーじゃありません!」
菊とボーアとカッパとラーナがキーコンの次の言葉を待った。
「これは、モンキーRです! モンキーとは全く別のものでした!」
「「「あーる?」」」
言葉の意味を全く理解していないボーアが、オールドファッションを(サクッ)と齧った。
「これってめっちゃ高値じゃん! 四十万円とかで売られてるよ?」
「もしも、この子が四十万で売れたら、冬休みの旅行は沖縄に行けるかな?」
カッパとラーナが期待を込めてキーコンに縋るような目を向けた。
「大丈夫。エンジンはもう直ってるから、あとは足回りとブレーキをオーバーホールするだけだから、間違いなく直るよ。でも、本当に四十万で売れるのかな?」
「んだぉ……バイク屋で四十五万円で売られてらってごどだば、買取り業者さ持っていったどしても、十五万円以下さ叩かれでまって、おしまえだぉ。……そんならば、ネットのオークションだのでの方がなんぼかマシだぉ。だばって、せっかくヨンキュウ部で売るんだどすればだぉ、来月の学校祭で売ってみるのも、面白れぇんじゃねぇのかい?あんたらが汗かいて磨ぎ上げた分の付加価値ば乗っけて、景気良ぐ売っちまえばいいぉ」
学校祭という言葉を聞いて、ラーナの目が光った。
「うん! それ良い! うちの部の学校祭はモンキーRの試乗会&即売会にしよう! キーコンもそれでいい?」
「うん! そうしよう! 皆が喜ぶモンキーRを仕上げるよ!」
*
サーキットデビューまで、あと一週間と迫ったある日の夕方。
ついにモンキーRが仕上がった。
この日は学校から許可を取り、グラウンド内での試運転決行日となっていた。
キーコンが恐る恐るモンキーRのキックを踏み込んだ。
カチャコ! クシュ! ……クシュコ! ……クシュコ! ……クシュコ! クシュコ! パンッ!! ポンポンポンポンポンポン……
「かかった! かかったよ! 皆!」
「早く乗ってみなよ! キーコン!」
キーコンが恐る恐るギアをローに入れて走り出そうとした。
ポンポッ! ガガッ!
エンジンが止まった。
「エンストしちゃった……エヘヘ。もう一回!」
キックを踏むと、今度は一発でエンジンがかかった。
もう一度走り出そうとした。
ポンポッ! ガガッ!
またエンストした。
「もしかしてキーコンってマニュアル初めてなの?」
「……うん……」
キーコンが顔を真っ赤にした。
すると今度は部長のラーナに注目が集まった。
「ラーナ部長! まずは部長からモンキーRの試運転をお願いします!」
キーコンがシートを譲ったが、ラーナは一歩下がった。
「無理無理無理! 私だってマニュアルなんて運転したことないもん! カッパ! 部長命令です! SUZUKI精神でマニュアルを乗りなさい!」
「いえ、部長! 私はモレ以外のバイクに乗ると死ぬ病気なのです!」
残されたのは菊だけだった。
菊が渋々、立ち上がった。
「まったぐ、もう……! 最近の若けぇ衆だば、マニュアルの操作も出来ねぇんだがぁ……。こいじゃ、本当にこの国のバイク業界だば、終わってまって、おしまえだなぁ〜」
マニュアルの仕組みはシンプルだ。
でも、シンプルだからこそ難しい。
左手でクラッチを握る。
半分だけ繋ぐ、その「半分」が問題だった。
完全に繋げばエンストする。
握ったままでは進まない。
その狭間のどこかに「繋がる瞬間」があって、そこを体で覚えるしかない。
キーコンは何度もエンストしながら、少しずつコツを掴んでいった。
「……おっ、そうだぉ、そうだぉ! 上手だ、上手だ! コツさえ掴めば、もう指先が半クラの形さなってらべ? キーコンだば特に中身の構造ば分かってらはんで、クラッチが繋がるイメージも掴みやすいんだぉ。あとはもう、何度も何度も乗って、体さ染み込ませるしかねぇなぁ〜」
菊の表情が和らいでいた。
キーコンがマニュアルを乗りこなせるようになり、グラウンドをグルグルと周回してから、満足して降りてきた。
すかさずラーナがモンキーRに飛び乗って、菊から教わった通りにクラッチ操作を繋いだ。
「出来たー! マニュアル楽しいー! ブーン!ブーン!って音のつなぎ目が超好き!」
ラーナがケラケラ笑いながらシフトアップとシフトダウンを繰り返して、排気音の繋ぎ目を楽しんでいた。
「ラーナ! 早く代わってよ! 私もブーン!ブーン!をやりたいよ!」
何周かしてからカッパへ代わると、カッパも器用にマニュアルを乗りこなし始めた。
「エンジンブレーキってチートだね! これなら、下り坂も怖くない! それにシフトダウンして回転数を一気に上げられるのもチートだよ!」
*
ボーアはそのはしゃぎっぷりを見ていた。
「なんか凄く楽しそうだね。カッパもラーナも自分のバイクで毎日、走ってるのにモンキーRがそんなに楽しいの?」
キーコンが優しく答えた。
「うふふ。それは自分たちだけでレストアしたってのも大きいんだよ。私たちがこのモンキーに出会った時は完全に死んでたんだもん。それが、こうしてもう一度復活した喜びもあるんだよ。それに、スクーターとマニュアルでは全く別の乗り物なの。マニュアルのバイクって右手も左手も両足も五体全てを使って操るんだよ。乗ってるとバイクと一体になれるような錯覚を起こすんだ」
「一体に?」
「そう! 人馬一体!」
「私にも乗れるかな?」
「じゃあ、次、乗ってみてよ! 私の自信作! 乗ってみて感想を聞かせてよ!」
カッパが周回を終えて戻ってくると、ボーアがモンキーRに跨っているのを見てギョッとした。
でも、あえて騒がず、静かに見守ることにした。
*
ボーアはエンストすることなく走り出した。
はじめはおそるおそる。
でも、セパハンに身体を預けてタンクに密着した瞬間、何かが変わった気がした。
アクセルを開けると、モンキーRが加速した。
身体が少し後ろに引かれた。
その引力に逆らわず、むしろ身を任せた。
そうしたら、バイクが自分の一部になった気がした。
さらに加速した。
今度は、身体に当たる風が変わった。
自転車で移動する風とは違う。
これは全身で受け取る風だった。
前からも横からも、空気が身体を包んで流れていく。
マシンと風と自分が、今この瞬間、完全に重なっていた。
ボーアはもっと速く走りたかった。
*
その時、グラウンドにモレとモルフェが並走してきた。
カッパとラーナが、モンキーRの隣に寄り添うように並んだ。
三台が横に並んで、夕暮れのグラウンドを周回していた。
西の空が橙に染まっていた。
三台の影が、長く長く地面を引きずっていた。
原付の影が、黄金色の光の中でゆっくりと動いていた。
まるで水面に映った夕焼けのように、影が揺れていた。
下校途中の生徒たちが立ち止まって三台を眺めていた。
誰も声を出さなかった。
ただ、三台のエンジン音だけが夕暮れの空気に溶けていた。
ボーアはその瞬間、自分がモンキーRだけでなく、カッパのモレとも、ラーナのモルフェとも、夕暮れの風とも、完全につながっていることに気がついた。
(これが、バイクなんだ……)
ボーアは二輪が好きになり始めていた。
*
それから数日後。
ヨンキュウ部の部室では京子先生が泣きながらチュロスを(サクッサクッ)と食べて嘆いていた。
「本当にごめんねぇ〜。よりにもよってこんな日に……」
「別に良いですよ。急用なら仕方ないですもん。それにここにある不動車はサーキット用だけに整備した訳じゃないですから。学校祭で売るために直したんで、京子先生は気にしないでください」
カッパは不満げに呟いた。
「え〜! せっかく二十一号機を走れるようにしたのに〜」
ラーナも薄紫色のスクーターをツヤツヤに磨き上げながら不満を嘆いている。
「この子もきっとサーキットを走りたかったよね〜。不憫な二十一号だね……」
カッパとラーナが薄紫色のスクーターをナデナデしながら溜息をついて嘆いていた。
そのやり取りを聞いていたボーアが、少し照れくさそうに呟いた。
「それなら、その二十一号機は私が乗ろうか?」
一瞬、間があった。
「……いや、違う。言い換える!私に乗らせてよ! 私もサーキットへ連れてって! その日はアハロのお弁当があるんだよね? 私もアハロのお弁当を食べてみたいし。その紫二十一号が走るところをカッパもラーナもキーコンも見たいよね? あれだけ頑張ってレストアしたんだもん」
カッパとラーナが固まったまま動けなくなっていた。
キーコンがニッコリ笑って答えた。
「うん! それじゃボーアに紫二十一号を託した! この子の底力をカッパやラーナに見せてあげて!」
ボーアの瞳に紫二十一号が映っていた。
本当はずっと前から、乗りたかった。
アハロのお弁当というのは、照れ隠しの半分と、本音の半分だった。
でも誰も、それを指摘しなかった。
菊だけがニヤリと笑っていたが、カッパもラーナもキーコンもボーアの変化に驚いて、ただボーアを見つめていた。
京子先生はボーアの変化にも気付かずにチュロスを(サクッサクッ)と食べ続けていた。




