k-60 お菓子な部活動
ある日の夕方。中央高校の駐輪場で、菊が一人の少女に声をかけていた。
「あんたが、忠っコの孫だね? わだだば、あんたのおじいさんとは古い知り合いさ。 ……今はここの夜間学校に通ってるんだばって、最近できた『ヨンキュウ部』って部活、知ってるかい?」
「おばあちゃんは、ここの先生?」
「わだだば先生でねぇ、ここの生徒だぉ。 そんなごどよか、ヨンキュウ部の部室さ、来てみねぇか? 今頃だば、部員のみんなが、茶っ子飲んで休憩してるはずだぉ。 ……美味ぇおやつも用意してあるはんで、食いに来てみねぇか?」
美味しいおやつという言葉に釣られて、平ボーアは菊に連れられてヨンキュウ部の部室へとやってきた。
中に入ると、不動車の原付が何台も並んでいた。
部員たちが油だらけの手で懸命に整備をしていた。
「ここって、機械いじりをする部活なんですか?」
「ここだば『ヨンキュウ部』っていう、四十九ccのバイクさ乗る部活だぉ。 ……あんた、忠っコの孫のくせに、バイクだば嫌いだべ? 入部しろなんて言わねぇはんで、安心してけろ。 ……さあ、茶っ子飲もうかぁ」
菊が丁寧に紅茶を淹れると、カッパがアハロのアップルパイを全員分テーブルに並べた。
ボーアは素直に席について紅茶を飲んだ。
ラーナが声をかけた。
「私が部長のラーナだよ! アナタは平さんのお孫さんなんでしょ? 平さんからは本当にお世話になったから、今後も遠慮しないで一緒にお茶しましょう! 私たちはいつもこんな風に早めに学校に来てるから、ボーアも下校時間にここへおいでよ」
ボーアは少しだけ困惑しながら、出されたアップルパイを一口食べた。
「美味しい!」
カッパが得意げに答える。
「だよね! 私はこのアップルパイで人生を変えられたんだよ。 これを食べて感動して今のバイト先に飛び込んだんだ。あの日、このアップルパイがなかったら私はきっと、いまだに孤独だったと思う」
「孤独? どうして?」
「私、中学を卒業するまでは友達もいなくて世の中に失望しかしてなくてさ。 そんな時にうちの近所のカフェでメイド募集してたから、てっきりメイドカフェかと思ってメイドカフェで働いて高校デビューしようと思って面接受けたら、メイドカフェじゃなくて、本物の昔のメイドだったんだ。だから、面接を断ろうとした時に、このアップルパイが出てきて一口食べたら自分の口で『働きます!』って言っちゃってたよ」
ラーナとキーコンと菊が笑った。
「本当にカッパはアハロでクラッシックタイプのメイド服を着てウエイトレスをしてるんだよ!うふふ」
ラーナがスマホでカッパのメイド姿を見せた。
「本当に洋館にいるメイドじゃん! 周りのオバサンもメイドじゃん!」
「そうだよ。店長もクレアおばさんもメイド服着てるんだよ!」
五人の乙女はチャイムが鳴るまでお茶会を楽しんだ。
キーンコーンカーンコーン。
「さあて、ホームルームの時間だぉ。そろそろ行ぐべ。あんたも早うお帰り。また明日、茶っ子飲みたぐなれば、いつでも来ればいいはんで。ヨンキュウ部だば、あんたのじいさんから力を借りてるんだぉ。だはんで、あんたは遠慮なんかさねぇで、好ぎな時に来ればいいんだぉ」
四人の乙女が教室へと駆け足で消えていった。
ボーアはその後ろ姿を眺めながら呟いた。
「明日のオヤツは何だろう……」
*
翌日の夕方。ボーアは早々にヨンキュウ部の部室に現れた。
「おや? あんた、また来たのかい。よぐ来たねぇ。今だばキーコンがちと手を離せねぇはんで、そごさ座って待ってな。……コーヒーと紅茶、どっちがいいべ? 今、淹れてやるはんでなぁ」
コーヒーを頼むと菊がコーヒーメーカーを動かし始めた。
ボーアはキーコンの手元を見た。
(なんか手術みたい……)
キーコンはちょうどピストンリングを慎重に組んでいる最中だった。
その集中した横顔に、カッパとラーナが身を乗り出して見ていた。
「これがピストンリングなんだね。本田さんの工場で作ってた部品なんだね。初めて知ったよ。菊ちゃんもこれを作ってたんでしょ?」
「そうだぉ。あの頃の本田の旦那だば、まだ、こんたにちっぽけな部品しか作ってなかったんだぉ。だけども、今こうしてピストンリングを見るとわかるべ? ピストンリングってのは、こんたに精巧に作らねぇとエンジンだば動かねぇんだ。エンジンにとっちゃ、ピストンリングは心臓の弁だはんでなぁ。本田の旦那の工場だば、そごを作ってたんだぉ」
ボーアには何の話かさっぱりわからなかった。
でも、ピストンリングとやらを組み上げるキーコンの手つきが、本当に手術のようだとボーアは思っていた。
同い年なのに、なんでこんな大人っぽいことができるのだろう。
どうやってもやりたいとは思わないが、見ていると不思議と飽きなかった。
*
キーコンがひと段落させると、お茶会が始まった。
カッパがテーブルの上に大量のシュークリームとエクレアが入った紙箱を置いた。
ラーナが飛びついた。
「あ! 私、これ好き! 夜更かしセットだ!」
「夜更かしセット? どういうこと?」
「私がアハロに泊まる時に花さんがいつも作ってくれるんだよ。私とカッパはいつもこれを食べながら夜更かしするんだ!」
「へぇ〜。ラーナはアハロに泊まったことあるんだね」
「そうだよ!アハロの梅雨のオフシーズンは毎週末泊まってたんだよ。きっと十月になると、またライダーは減るんじゃないの? カッパ」
「うん。ライダー以外にも野球関係のお客さんも減るんだってさ。もしかしたら冬は宿泊部門を休むかも知れないって店長が言ってたよ。冬休みにしばらく休んで地下の改装をするかもしれないんだってさ」
「アハロの地下はどうなるの?」
「その事で店長と鈴菌が少しだけ揉めてたよ。店長は地下にカラオケボックスを作りたいんだけど、鈴菌さんは大浴場を作りたいんだってさ。でも、店長は鈴菌さんに風呂なんて作らせたらただの大浴場じゃなくて天然温泉とか掘りそうだから嫌だって怒ってた!アハハ!」
ラーナと菊が爆笑した。
「その鈴菌さんって人はアハロの人なの?」
「違う。でも、アハロを設計した人だよ。鈴菌さんは何でもかんでもこだわる人だから百点満点を頼むと百八十点の仕事をしちゃうんだよ。それが、SUZUKIスピリッツなんだってさ!私のモレもSUZUKIだから私にもSUZUKI菌に感染してるんだって」
「SUZUKIってそんなに怖いメーカーだったんだね……どうりでメコン川でもSUZUKIのエンジンを使ってる人は少なかったんだよ……」
ボーアには会話の内容がよくわからなかった。
でも、目の前のシュークリームとエクレアの美味さは暴力的だった。
一流の洋菓子店でも、ここまで美味しいシュークリームとエクレアは食べたことがなかった。
ボーアはSUZUKIがどうであろうと、全くどうでもよかった。
むしろ、なぜこの部活が花が作ったお菓子をこんなにさりげなく持ち込めるのかの方が気になっていた。
ボーアは五人の会話を遮るように呟いた。
「このシュークリームも百八十点満点だよ……」
四人が顔を見合わせて笑った。
「うん!間違いない!アハロは鈴菌さんよりも花さんの方がヤバい!うふふ」
「ハハハ!そうそう!アハロは花さんもヤバい!」
ボーアの頭の中では、アハロという店には化け物クラスの調理人と設計士がいるのだという想像が膨らんでいた。
そして、入部する気は全くないのに、ここに来るとシュークリームやエクレアやアップルパイが食べられる。
それは事実だった。
*
五人が楽しくお茶会をしている中、京子先生が部室に入ってきた。
「あら? いい所へ来たみたいだね」
京子先生も席に座り、エクレアを食べ始めた。
「先生?どうしたの?珍しいね。こんな早い時間に顔出すなんて、これから夜間学校の準備でしょ?」
京子先生は言われて思い出した。
「あ、そうそう!再来週に美浜サーキットって所でミニバイクの走行会ってのがあるらしいのよ。職員室の先生の中にもヨンキュウ部の事を気にかけてくれてる先生も多くてね。その先生が教えてくれたんだけど、アナタたちはサーキット場なんて興味あるの?これに参加するなら部費から捻出してもいいわよ」
ラーナが興奮気味に立ち上がった。
「走りたい!モルフェの真の力を解放させたい!」
「速さは正義!SUZUKIに敗北の二文字は無い!」
「再来週か〜。このモンキーのレストア間に合うかな〜」
京子先生もだんだんその気になって尋ねた。
「私にもどれか乗れるスクーターをこの中から作れるかな?私も走ってみたい。ここにあるスクラップは全部動かないの?」
「あの薄いむらさき色のスクーターならブレーキとマフラーを直せば簡単に動きそうです。でも、かなり古いスクーターなので遅いかも……あとはモンキーの部品取り用に買ってきたプレスカブならタイヤとチューブを新品に変えたら、あとはキャブを掃除すれば動きそうです」
京子先生がシュークリームを頬張りながら答えた。
「それなら良かった。それじゃカッパさんとラーナさんとキーコンさんと菊さんと私の五名分で申し込むわね」
こうして、ヨンキュウ部初の走行会が決まった。
ボーアには全く関係のない話だったので、口を挟まずに目の前のシュークリームとエクレアを黙々と食べ続けていた。
京子先生がエクレアばかり食べているのを見て、ボーアは少しだけ安心した。
(先生も私と同じじゃないか……)
部室の中では、走行会への参加が決まって四人がワイワイと盛り上がっていた。
油とコーヒーとエクレアの匂いが混ざり合ったプレハブの部室は、不思議と居心地が良かった。
バイクには全く興味がなかった。
でも、ここに来ると美味しいお菓子が食べられて、誰も無理に何かをさせようとしなかった。
ボーアは明後日のおやつについて、静かに考え始めていた。




