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k-58 ヨンキュウ部始動!

 ある日。三人の乙女は部室で固まっていた。


「ラーナ部長! ど、ど、どうしましょう!」


「ラーナ部長! なーに、そっただどごさ、かだまってらんだば! 早くなんぼか、しゃべりなり、動ぎなり、リアクションして見せねばまねべぉ!」


 ラーナはオドオドしながら部室の椅子に座り、訪問者と向き合った。


「えっと……えっと……えっと……何だ君は?」


 何だ君はと言われた訪問者がニコッと笑って答えた。


「私、キーコンです。同じクラスなんだけど、話したこと無かったよね?」


「わたしも、ここさ転校して来たばっかりだから、クラスのみんなのこと、まだ全然わがんねんだぁ。 んで、キーコンは、どこの国から来たわらしなんだい?」


「ベトナムです。お父さんが渥美半島で漁師の仕事をしてるんです」


「ああ、特定技能二号だねぇ。 キーコン……あんた、ベトナムさ、帰りだぐねぇのがい?」


「はい! 私も両親も日本が好きですから!」


 キーコンが笑顔になった。


「ラーナ部長! キーコンの入部を早く認めてあげて下さい!」


「あ、そうだね! キーコン! ウチは大歓迎だよ! キーコンは原付持ってるの?」


「ありません!」


「「は?」」


「免許は?」


「ありません!」


「「は?」」


「原付持ってないとダメですか?」


「なーに、原付も免許も持ってねぇたって、なぁんも心配することねぇぉ! だべ? ラーナ部長! この部だば、そんなの無くたって大丈夫だぉなぁ!」


「ヨンキュウ部へようこそ! キーコン!」


 こうして、部室の乙女が四人になった。


 *


 キーコンがヨンキュウ部に来たのには、理由があった。


 ベトナム・メコン川の漁師の家に育ったキーコンは、小さな頃から父親の手伝いで船外機を触っていた。


 メコン川の漁師たちの多くは、日本製のエンジンで自作の船外機を作る文化を持っている。

 ヤマハの発電機用エンジンを船外機に転用する方法。

 ホンダのエンジンの分解手順。

 キャブレターの洗い方。

 プラグの焼け具合でエンジンの状態を見抜くこと。


 キーコンはそれらを、メコン川の水面で育ちながら覚えていった。


 船外機を通じて、日本製のエンジンが好きになった。


 そして日本に来て、一人で熱田神宮の近くに住みながら夜間学校に通っている。

 渥美半島で働く両親とは離れて暮らしているが、キーコンは寂しさよりも好奇心の方が強い性格だった。


 カッパのブログを見た時、飛びついた。


(原付のエンジンを弄れる場所がある)


 それだけで十分だった。


 *


 キーコンはスラリとした長身で、同い年のカッパやラーナと並ぶと少しだけ大人っぽく見えた。

 性格も落ち着いていて、同い年とは思えないほど物事を冷静に見る。


 どちらかというと、菊の方が話が合った。


 二人が並んでいると、なぜか世代の違いを感じさせない空気が流れていた。


 そのキーコンが今、菊のロードフォックスをマジマジと観察していた。


「このスクーターは本当に凄いです! これなら安定性が抜群です!」


「だばって、それがそうでもねぇんだぉ。 三輪だば、轍さ入れねぇはんでなぁ。 原付だば路側帯走るべ? 日本の道だば、左さ傾いでらはんで、三輪だばずっと左さ重心持っていがれて、おっかねぇんだ。私だばロードフォックスの他にも、陸王のサイドカーも持ってらんだばって、本当に三輪だばこの国の道さ向いでねぇんだよなぁ……」


「なるほど〜。 三輪にはそんな弱点があるんですね〜」


「三輪ってそんな弱点があったんだね。 キーコンはそんなに詳しいのに弄るだけで乗ろうとは思わないの?」


「え? 私が? 私は無理だよ〜。 バイクって怖いもん。 バイクに乗るよりも船外機付きのボートで水の上を走りたいな! それにお金もあんまり無いしね」


「それだば、スクラップ屋さ行って、動かねぇバイクでも買ってきてさ、それをまた動ぐように直してみるのはどうだい? キーコンが、カッパとラーナにバイクの直し方教えながらやれば、この二人のためにもなるはんでなぁ。動かねぇもんを生き返らせる『レストア』だば、やってみれば案外、楽しいもんだぉ」


「それやりたい! キーコンはレストア出来るの?」


「たぶん大丈夫。 エンジンだけなら問題無いよ。 でも、足回りのレストアなんかは苦手かな〜?」


「そんだけ出来れば完璧だぉ。 足回りだば、手間かけて直すよりも、社外品買った方が安い時もあるはんでなぁ。 とりあえず、エンジンさえ動げばいいんでねぇが? 今のどご、運転する人も居ねぇんだし、まずは息吹き返させるのが先だぉ」


「部費で買えるかな? 京子先生に聞いてみようか?」


「スクラップ代だば、わだが出すはんでなぁ。 三万円もあればお釣り来るべぉ。それに、部費で買ってまえば、直した後に売らさねぇはんでなぁ! せっかく手間かけて動ぐようになったら、高ぐ売れるべ? その差額で、みんなで旅さでも行ぐべぉ!」


 四人の乙女は期待に胸を膨らませていた。


 *


 数日後。


 菊の運転するレンタカーの軽トラにキーコンが同乗して、カッパとラーナがモレとモルフェで後に続いた。


 天白区にあるバイクパーツマンモスにやってきた。


 不動車の原付が大量に安値で売られていた。


「凄い! これ全部スクラップなの?」


「モルフェじゃないノーマルのビーノがたくさん死んでる! なんか悲しい」


「モレは全然無いよ?」


「部品取り用に、ビーノも買っておげばいいんでねぇが? モレだば、このセピアと兄妹みたいなもんだはんで、セピアも部品取りに買っておぐのも、いいがもしれねぇなぁ」


「今日は何台くらい買うつもりなんですか?」


「軽トラさ積めるだけ、買えばいいさ。 だばって、直した後に売るんだば、人気ねぇバイクだば買ったって駄目だぉ。 ほら、見てけろ? そごのモンキーだの、ちゃんと直すごど出来れば、三十万円で売れるはんでなぁ!」


「原付なのに三十万円で売れるの?」


「それならあのモンキーも買いましょう! 私が絶対に直します!」


「それだば、あのボロボロのプレスカブも買っておげばいいぉ。 モンキーのエンジン直すのに、部品取り用として使えるはんでなぁ」


 こうして四人の乙女は数台の不動車を買って、部室へと運び込んだ。


 不動車を校内に持ち込んだ四人を見て、京子先生がとても迷惑そうな顔をしていた。


 *


 全ての不動車を部室に運び込んで、四人は疲れ果てて椅子にへたり込んだ。


「こんなにたくさんの原付があると、やっと原付の部活って感じがするよね!」


「そうだね! でも、せっかく買ってきたのに直ったら売られちゃうなんて可哀想な子……」


 キーコンは早速、不動車たちのキックペダルを次々と踏み込んでいった。


「ふむふむ……」


 カシュコン!


「なるほど。 この子はすぐに直りそう」


 スカッ! スカッ! スカッ!


「この子はダメね」


キーコンの行動を見て不思議そうにカッパが尋ねる。

「キーコンはキック踏んだだけでわかるの?」


キーコンがわかりやすく答える。

「うん。エンジンって圧縮がないと完全に死んでるの」


「あ、だから本田さんはキックを踏んで確かめてたのか〜」


「うんうん! 本田さんはキックだけで排気量まで見抜いてたよね! でも、どの子から直すの?」


「この一番高く売れるっていうモンキーから直そうか。 スクーターの場合、カウルだけは直しようが無いから、すぐに売れそうなモンキーが良いと思う。 これが高値で売れるとスクーターのカウルを買えるもんね」


 カッパが感心したように呟いた。


「キーコンがキックを踏む姿、本田さんにちょっと似てるよ」


 キーコンが首を傾げた。


「本田さんって誰ですか?」


 カッパとラーナと菊が顔を見合わせた。


「……いつか話すね」


 三人が同時に答えた。


 キーコンはよくわからなかったが、この三人はいつも自分たちだけが知っている何かを持っているようだと感じていた。

 それが面白くて、ヨンキュウ部が気に入り始めていた。


 *


 部室にはエンジンのかからない原付たちが、プレハブの部室の中でひっそりと並んでいた。


 キーコンが工具ケースを開いて、静かにモンキーの前に膝をついた。


 その手つきはメコン川で鍛えられた、迷いのない動きだった。


 カッパとラーナが身を乗り出して見ていた。


 菊がお茶を配りながら満足そうに眺めていた。


 京子先生が少しだけ呆れた顔でガラス越しに四人を見守っていた。


 プレハブの部室に、工具の音が静かに響き始めた。


 ヨンキュウ部の、ようやく本物の活動が始まった。



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