k-57 我の損壊は軽微ナリ!
名古屋中央高校夜学の一年A組の教室では、三人の乙女が難しい顔をして悩んでいた。
「ウムムムム……」
ラーナが一枚の用紙を睨みつけている。
「誰か引き受けてくれるかな〜?」
「おら、この学校に来たばっかりだすけ、まだ先生方の顔と名前が一致してねぇんだぉ。……よぐ分からねぇんだげども、顧問してねぇ先生なんて、誰か居るもんだべが?」
「私もカッパも帰宅部だし放課後はすぐに帰っちゃうから、よく知らないんだよねぇ〜」
「担任の京子先生に聞いてみようか? 私は中学の頃も友達いなくて帰宅部だったし、部活の開設なんてカースト上位な人たちがやるようなことには無知なんだよ〜」
発端はラーナだった。
菊も原付を買ったことで、ラーナが「三人で原付の部活を作りたい」と言い出した。
校則では三名以上の部員がいると新規で部活を立ち上げられる。
ただし、顧問となる教師も必要だった。
それが三人にはかなりハードルの高い規約だった。
*
三人の乙女は職員室へ向かい、担任の京子先生に顧問について尋ねた。
「え? 三人で部活を? いったいどんな部活なの?」
「原付の部活です!」
「原付? バイクの?」
「そうだよ。四十九ccだけの部活」
「どうして四十九ccだけなの? 大きなバイクだと入部できないの?」
「そうだよ。速く走りたい人は部活なんてしてないで速く帰ればいいじゃない。でも、原付は速く走れないし、むしろ遅いから楽しいんです。夏休みも私とカッパでゆっくりと北海道まで走りました! 毎日が本当に素敵でした! 先生はヒメマスって魚を知ってますか?」
「ヒメマス? マスの仲間なの?」
「今の日本の湖には結構な数がいるんですよ。東北以北ならどこでも。それに水温が低い山梨とか栃木などにもいます。そのヒメマスは実は日本で生息しているのは阿寒湖とケミチップ湖の二つだけなんですよ。それなのにどうしてこんなに色んな湖で繁殖したのかを京子先生は知ってますか?」
「えぇ。何となくなら……放流よね?」
「はい! そうです、放流なんです! でも、こんな事を私もカッパも原付で走るまで知りませんでした! 十和田湖が明治までは死の湖だった事も知りませんでした。でも、原付でゆっくり走ることで地元の景色と地元の人との出会いがあり、ヒメマスについても触れることが出来ました。これは大きなバイクでビュンビュンと走ってたのでは気づけません! せっかく美しい湖で漁師さんが美味しいヒメマスを採っていても、そのことに気づくことなく走り去るのは勿体ないんです!」
京子先生は何度も頷いて聞き惚れていた。
「それに、京子先生は北海道にある焼きそば弁当って知ってますか? それからそのお隣の青森で売られている焼きそばバゴーンって知ってますか? こんなお隣の県なのに売ってるものがガラッと変わるんです! その土地土地で売り場がガラッと変わるんです! これも原付でしか気づきません! 私が作る部活はそんな日本の面白さを実感できるような部活にしたいと思ってます!」
京子先生がラーナの肩をポンと叩いた。
「良いわね! その部活。私が顧問をやりたくなったわ! 四人で頑張りましょう!」
ラーナがとびきりの笑顔でカッパと菊の方を振り返った。
「ヨンキュウ部、発足だね!」
*
プレハブ小屋の部室に、三人の手作りの「49部」というプレートが掲げられた。
一年生しかいない部活なので、部長は当面の間ラーナが務めることになった。
「ラーナ部長! 最初の活動はどうしましょう! 新入部員を募集しましょうか!」
ラーナが部長らしく『部長』と書かれた腕章を輝かせながら語った。
「来月の学校祭に向けて三人でできることを考えよう!」
「三人でできること?」
「うちの学校の駐輪場を見ても四十九ccのバイクは停まってないし、本年度の新入部員は来ないよね?」
「けんど原付、持ってねぐたって、機械いじりだの入部したいってだわらしだば、いねぇべがな? ほら、あの本田の旦那だって、自分で乗るよりも、油っこくなって機械いじってら方が、よっぽど好きだったんだべぇ?」
「あ! そうだよね。バイクって乗るだけじゃないもんね。弄るのが好きな人もいるし、ただ、好きじゃないのに仕事で乗ってるって人もいるもんね」
「確かにそうだね。本田さんはずっと弄ってる方が好きそうだったよね……それじゃ、随時募集って事でポスターでも作ろうか!」
「私がヨンキュウ部のブログを立ち上げようか!」
「うん! カッパの変なブログなら逆に目立つかも!」
「え〜、私のブログってそんな変かな〜? ウチのオーナーは土佐日記みたいだって褒めてくれたのに……」
「「それ、褒めてねーよ!」」
「だばって、あのカッパの変てこなブログがあったはんで、私も八十年も経ってから、カッパだの、アハロだののこと見つけらさったんだぁ。 『土佐日記』みでな、あのだらだら書いでらブログの方が、カッパらしくて、愛嬌あっていいんでねぇべがな」
「ところで土佐日記って何?」
「確か紀貫之って人が書いた旅日記だよ。一〇〇〇年前の土佐から京都までの日記だったかな?」
「え? 私のブログって一〇〇〇年前の人みたいなブログなの!?」
「「うん」」
二人が同時に頷いた。
こうして、カッパはヨンキュウ部の書記に任命された。
*
カッパ著・ヨンキュウ部日記
【G-001 四十九部から大切なお知らせ】
男もすなるブログといふものを、カッパもしてみむとてするなり。
それ、中央高校にて「原付一種」の部活動といふもの、あやしくも発足せり。
世に四十九シーシーの「鉄の馬」を持ちて、その行く末を案じをる御仁あらば、是が非でもなし。集ひて、共に油にまみれむ。
思へば、我らが実績はいと尊し。
かつて「モレ」と「モルフェ」といふ名の小さき馬を駆りて、はるけき北の地、夏の北海道へと走りけり。
諸君らの四十九シーシーにも、北の大地の土を踏ませ、そのマフラーより北国の風を吐かせむと思ふ御仁あらば、我が部室の門を叩くも、またをかしからずや。
集へよ、若きメカニックらよ。
共にシリンダーをひっくり返し、タイヤに無数の穴を穿たむ。
なほ、我が部室の損壊は、軽微ナリ!
*
こうして、中央高校に新たな部活が誕生した。
しかし、カッパのブログをまともに読める高校生は一人もいなかった。
それでも三人の乙女には、高校生活が充実していく実感が確かに湧いていた。
友達が一人もいなかったカッパは、もうそんな過去のことを、思い出せなくなってきていた。
プレハブ小屋の部室に、秋の夕暮れが差し込んでいた。
「49部」のプレートが、傾いた夕日を受けてひっそりと光っていた。




