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k-56 銀狐

 お盆休み直前のアハロでは、花と菊が口論となっていた。


「おばあちゃん! ふざけないで! そんな事したら私がお母さんとお父さんに言いつけるよ!」


「おら、試験だけでも受けさせてけぇ! 今度の試験で落ぢだらよ、未練も残さねぇで、スッパリと諦めるっけ。頼むぉ、この通りだべさ!」


 菊は半ば強引に名古屋中央高校夜間学校の編入試験を受けた。


 奇しくも今年の八期の試験日は八月十九日、バイクの日だった。


 バイクの日だったからなのか、菊は奇跡的に合格して編入が認められた。


   *


 夏休みが終わった。


 カッパとラーナにとっては、本当に長かった夏休みだった。

 一九四四年では約五十日を過ごしていたのだから、身体の感覚としては二つの夏を経験したようなものだった。


 二学期初日のホームルームで、美人の担任である京子先生が明るく告げた。


「今日は編入生がいま〜す! それじゃ入ってきて〜!」


 ガラガラ……


 教室の扉が開いた。


 そこにはピシッとした真新しいブレザー姿に身を包んだ菊が、悠々と入ってきた。


「「は?」」


 教壇に立った菊が元気よく自己紹介を始めた。


「この度、青森からやってきた菊って言うんだ。……ちっとばかし言葉が訛ってるけんど、皆、どーぞ仲良ぐしてけろ! ……あ、年齢は十六歳だぉ! バゴーンとよろしく頼むべさ!」


「「絶対嘘だ!!」」


 クラス全員が一斉にツッコんだ。


「……そ、それじゃ菊さんはあの窓際のカッパさんの席の前に座ってください」


 菊はスタスタと歩いてカッパの前の席に座り、後ろを振り返ってニコッと笑った。


「ビックリしたべ!」


「菊、本当に編入したの!?」


「ビックリしたよ! タイムスリップした時よりもビックリだよ! 人生最大のビックリだよ!」


 こうして、三人の乙女が同級生になった。


   *


 放課後。


「菊ちゃんは陸王で来たの?」


「んだよ。陸王でやってきたんだぉ。明日は学校休みだすけ、もし良がったら、明日はシルバーカー買いに行ぎてぇんだ。……どっか、良え店、知ってれば教えてけろ。……陸王だのムーブラテだのに乗ってると、花がうるさくてよぉ。……それに、おらも前からシルバーカーには乗ってみたかったんだぉ」


「それなら、私のモルフェを買ったお店にシルバーカーが売ってたよ。でも、結構高かったよ?」


「んだんだ。シルバーカーっつーもな、結構いい値段するんだぉ。……だどもよ、笠寺のあたりだば、車だの陸王だの乗ってれば、道が狭くて大変だべさ。……シルバーカーの一台でもあれば、スイスイ行けて便利だぉ! ……バゴーンと小回り利かせて、コンビニさ買い物行きてぇんだぉ!」


   *


 翌日。


 三人の乙女は「バイク&サイクル ミズノ」にやってきた。


「あった! あった! ほら? 菊! ここ! ここにシルバーカーがあったよ!」


「黄色で目立つから安全だね! 菊ちゃん。でも、やっぱり高いんだね〜。シルバーカーって。二十八万円だって〜」


「いんや、二十八万だば良心的だぉ。シルバーカーっつーもな、高えもんだば五十万はするんだすけ。二十八万だば安すい、安すい! これに決めるべさ」


 菊は即決した。


 手続き等はバイク屋に丸投げして、週明けにアハロまで運んでもらうことになった。


 モレとモルフェと陸王は「バイク&サイクル ミズノ」を出て、東海道を走り去った。


   *


 週明けのアハロのガレージ。


 三人の乙女は「バイク&サイクル ミズノ」の店主からシルバーカーの説明を受けていた。


「これがキーと自賠責保険の証書ですよ。おばあちゃん」


「「「自賠責保険?」」」


「はい。自賠責保険ですよ」


「自賠責保険って、このシルバーカーは公道を走れるんですか?」


「ん? シルバーカー? これはシルバーカーではないですよ」


「いや、これはどう見てもシルバーカーでしょ?」


「え? 違いますよ。これはHONDAのロードフォックスというスクーターですよ?」


「「「スクーター!?」」」


「アハハ! おらら、間違ってスクーター買っちまったのかい! ……ま、いいさ! 陸王の側車よりはちっこくて乗りやすえべさ? これなら笠寺の細え道だってスイスイ走れるっけ。……それに、おらにはまだシルバーカーだば早かったんだべなぁ!」


 三人の乙女は腹を抱えて笑い転げた。


 「バイク&サイクル ミズノ」の店主もニコッと笑って帰っていった。


   *


 夕方のアハロのガレージに、四台が並んだ。


 カッパのモレ。

 ラーナのモルフェ。

 陸雄の陸王。

 そして、菊のロードフォックス。


 菊がロードフォックスのシートを撫でて、満足そうに言った。


「ロードフォックスだば『路上の銀狐』って意味だな。おらにはピッタリな名前だぉ! これに乗れば笠寺中をバゴーンと駆け回れるべさ!」


「菊ちゃんがバゴーンって言うと、なんか陸雄みたいだよ」


「んだべ? おらも人の事ばかり言えねぇんだよぉ」


 三人がまた笑った。


 夏の終わりのガレージに、モレとモルフェとロードフォックスと陸王のエンジン音が静かに重なっていた。


 夜間学校の一年生が、三人になった。


 アハロのお盆明けの、穏やかな夕暮れだった。


 三人の乙女の青春は、ここからまた始まっていた。








HONDA ロードフォックス


型式 A-TB10

最高出力 4.0ps / 6,000rpm



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