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k-54 いい友達

 高射砲の前で動かない二人に困り果てたジリーノが、店内のモト子に声をかけた。


「店長さん、おはようございます。うちの娘とオタクのカッパさんがどうにも様子が変なのよ……」


 モト子が外の様子を見ると、カッパとラーナが高射砲を見つめて泣いていた。


「あら? どうしたのかしら……」


 そこへ、メイド姿の菊が二人に声をかけた。


「店長さん、おらさ任せでけ。あの二人のことは、おらさしか分がらねぇんだからね」


 菊は外へ歩き出した。


 高射砲の前に立って、二人に笑顔で声をかけた。


「カッパ! ラーナ! あんたたち、雪の中から突然いなくなっちまったから……あと、みんなで雪っかきして、ずーっと、ずーっと探したんだよ!……こんなとこまで飛んできてたんなら、いくら探したって見つかるわけねぇべさ!……とにかく、おかえり! 二人とも、本当によく戻ってきたねぇ……」


 カッパとラーナがハッと顔を見合わせた。


 高射砲の前に立っている一人の老人を、ゆっくりと見上げた。


「「菊ちゃん!?」」


「んだ、八十年ぶりだなぁ! カッパどラーナだば、さっきぶりだべが?」


「ど、どうして菊ちゃんがアハロにいるの? どうやって、ここを見つけたの?」


「喋れば長げぐなるはんで、まずは店さ入りな。ラテだば飲んで、落ぢ着ごう。カッパどラーナには、八十年分の話しになるはんでなぁ」


   *


 テーブル席に座ると、モト子がラテを運んできた。

 厨房から花も出てきた。


「おばあちゃん、この二人のこと知ってるの? 初対面だよね?」


「いや、初めて会ったわけじゃねぇんだ。おらの大切な親友なんだよ。花にも、いつも言ってるべ? 『いい友達作るのど、いい旦那見つけるの、どっちが難しいがって言ったら、友達を作る方だ』ってさ。この二人だば、おらにとって命がけの親友なんだよ」


「え? おばあちゃん? おばあちゃんがこの二人の事を知ってるわけないでしょ? どうゆう事?」


 モト子もクレアおばさんもジリーノも、興味津々に耳を傾けた。


 カッパが重い口を開いた。


「花さん、私とラーナは菊ちゃんと本当に親友なんです。昔からの……えっと……信じてもらえないと思うから言いたくないんだけど……私とラーナはついさっきまで昭和にタイムスリップしていたんです……」


 花が真剣な顔で答えた。


「うん。私は信じるよ。だって私も幕末にタイムスリップしたことがあるんだもん」


「「え?」」


 花もテーブル席に座った。


「カッパちゃん、菊おばあちゃん。聞かせてよ」


   *


「菊ちゃんはどうやって私がアハロで働いてることを知ってたの? 花さんから聞いたの?」


「いや、私はおばあちゃんにカッパのことなんて話したことないよ? おばあちゃんはどうして突然、アハロに来たの? 偶然?」


 菊がニヤニヤしながら答えた。


「おらがここさ来たのは、カッパのブログだべ! あの時、カッパどラーナが喋ってたべ? 『カッパの書ぐ文章は硬てぇ』ってさ。それに、モレの事も書いてあったはんでなぁ。すぐに『これだばカッパのブログだ!』って分がったんだよ。毎回の題名の『K-』っていう頭文字も、すぐカッパの『K』だって気づいだんだ。それでカッパが夏休みに北海道さ旅してるの見で、『あぁ、きっと過去がらこの時代さ帰ってきてるんだべなぁ』って思って、待ってたのよ」


「「あ! そういえば!」」


 カッパとラーナはようやく全体像が見えてきた。


 ゴールデンウィーク明けから書き始めたブログ。

 あの土佐日記調の文体で書いていた、はてな?日記。


 菊はあの頃から、ずっとカッパを見つけていたのだ。


「菊、あの後! あの後の陸雄はどうなったの!?」


 菊がドヤ顔で左手の薬指のリングを見せた。


「戦後すぐ、祝言挙げたんだよ。陸雄だば、とっくの昔に死んじまったばって、大往生だったんだ。……いっつも二人で、カッパどラーナの事ばっかり喋ってたんだよ。……そいれで、陸雄だば『焼きそばバコーン』ばっかり食ってたんだ。朝も昼も晩も、毎日毎日、バコーンばっかり食ってたんだよぉ」


 カッパとラーナと菊が、三人同時に笑い出した。


 八十年ぶりの親友同士の笑いだった。


 モト子も花もジリーノも、意味はわからなかったが、三人の笑顔を見ていると何かが伝わってきた。


   *


 笑いが落ち着くと、菊が真剣な顔でカッパとラーナを見つめた。


「カッパ、ラーナ。あんたたち、あの日、陸雄ど約束したごど、覚えでるべが?……あの百式で飛び立つ前の、約束だぉ」


 カッパとラーナは首を傾げた。


「カッパ、モレだばどうしたんだぉ? ラーナ、モルフェだばどうしたんだぉ?」


「過去に置き去りにしちゃったよ……」


「モルフェを置き去りにしちゃった……きっとあの日の爆弾で粉々だよ……」


 菊がドヤ顔で言った。


「カッパ、ラーナ。やっぱりあんたたち、陸雄どした約束、忘れでまったんだね。……もう一つ、よぉーぐ考えでみな。あの日、飛び立つ前に、陸雄だばなんて喋った? カッパどラーナさ、なんて言ったぉ?」


 カッパとラーナは顔を見合わせた。


 あの日の格納庫が浮かんだ。

 傾斜の上から見た高射砲が浮かんだ。

 陸雄が叫んだ言葉が浮かんだ。


『モレとモルフェの事は俺に任せとけ! 必ず、綺麗なまま残してやる!』


「「あ!」」


 二人が同時に立ち上がった。


 アハロの地下室へ向かって走り出した。

 菊も花もモト子もクレアおばさんもジリーノも、ついていった。


   *


 地下二階へ降りると、そこにあるはずの一〇〇式司令部偵察機が跡形もなく消えていた。


 代わりに、そこには二台のバイクが並んでいた。


 SUZUKIモレ。

 YAMAHAビーノモルフェ。


 ピカピカに磨き上げられて、時が止まったかのようにそこに立っていた。


 その傍らには、陸雄が乗っていた陸王の側車も、あの日のまま静かに並んでいた。


「モレ!」


「モルフェ!」


「「なんで!?」」


 二人が菊の顔を見た。


「あの日、陸雄だばカッパどラーナどの約束守って、モレどモルフェばここさ封印したんだぉ。カッパどラーナがら『ここは二〇二六年まで残こる』って聞いでだはんでなぁ。……でも、本当にここがそのまんま残ってるって、おらだば半信半疑だったばって……。ようやくここを、こうして見らるっことがでぎで、本当によがったぁ。……これで陸雄も浮かばれる! よがったなぁ! カッパ! ラーナ!」


 モト子も花もクレアおばさんも、百式が消えてバイクに置き換わっていることに唖然としていた。


 でも、カッパとラーナと菊だけは、目の前の光景を素直に受け入れることができた。


 カッパがモレのキックを踏み込んだ。


 ガチャコ! ブン! ポポポポポ……


 八十年ぶりに、モレのエンジンが目を覚ました。


 ラーナがモルフェのセルボタンを押した。


 キュルキュルボン! トトトトトト……


 二人は顔を見合わせた。


 この夏一番の笑顔になった。


   *


 大人たちが首を傾げる中、カッパとラーナと菊だけが笑い合っていた。


 八十年と、さっきぶり。


 その二つが、地下二階のモレとモルフェの排気音の中で、一つになっていた。


 花がぽつりと呟いた。


「おばあちゃんが言ってた通りだね。いい友達を作る方が、いい旦那を見つけるより難しいって」


 菊がニッコリと笑って答えた。


「んだ。でも、おらだばこの二人に会えたはんでなぁ。もう、何も言うことはねぇんだよ」


 地下二階にポポポポポとキュルキュルボンが重なって、二つのエンジン音が響いていた。


 これが、カッパとラーナの不思議な夏休みの、青春の一ページだった。



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